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Scramble 6 (再創造/六十三)

 十月十四日。夕刻。縹高校近くのラーメン屋。
 平山、水鳥、萩尾の三人はいつだかと同じ最奥のテーブルを囲んでいる。
 休日らしく、人は多い。家族連れらしい子供の声も聞こえた。
 間。
「実はさ、俺、有樹に会いに行くの久々だったんだよねえ」
 注文を終えて、萩尾が口を開く。
「なーんか気まずくなっちゃって……。かかさず毎週行ってたのにさ。一月もサボっちゃった。まあ、ちょうど和田くんにも会えたし良かったかなあ」
「今日は元気そうだったね」
 平山が答える。
「まだ話せてないけどねえ」
「そっか」
「どう折り合いつけるかってとこでさ、まだまだかかりそう」
 水鳥は水を飲んでいる。
 見事に年齢、学年のバラバラなこの三人も、傍から見れば楽しげな若者集団でしかない。店内にひしめく様々な人群れの中、それは実に良く溶け込み、風景の一部と成れる一行である。
 彼らは若き学生であり、街の住人の一人であり、究極には人の一例である。
 あらゆる生活と人生の一端の、とある一部分がこの物語なのであった。
「牧野海司」
 他愛無い会話の最中、萩尾が呟く。
「なんだあいつ、最初からでっかい水槽じゃない。どうして水族館なんて名乗ってたかねえ」
 牧野の本名。それは、今や多くが知る四文字だ。平山にしても知らなかったわけではないが、記憶の隅ではあった。久しく聞く名を耳に馴染ませる。
 彼の名乗る水族館と本来の海。
 不思議な響きがあった。
「僕が思うには……あくまで僕の想像で、牧野に聞いたわけでもなんでもないんだけど、きっとあいつ、枠が欲しかったんじゃないかな」
「枠?」
 平山の言葉に、萩尾が答える。水鳥も向かいから平山を見ていた。
 萩尾と水鳥が隣に、その向かいに平山が一人座っているかたちだ。
「うん。海を切り取ったのが水族館の水槽でしょう? 終わりも始まりもない所に枠とか、囲いとか、印が欲しかったんじゃないかなって。そう思って。まあ、名乗ったところで囲いが落ちて来るわけでもないけど……」
「名前は祈りだよ」
 萩尾が語る。
「なんとなくですが腑に落ちます」
 水鳥が答える。
「まあいいのさこんな話は。こうして本名がバレたところで、あいつは水族館と呼ばないと振り向かないんだろうし。……もう呼ぶ機会も無いけど」
「マッキー、なにやってんだろうねえ」
「相変わらずだろうね」
「案外落ち込んでるかもよ? ここの餃子だってもう食べられないわけだし」
「牧野さん、餃子好きでしたね」
「はい。炒飯餃子セットふたつ、片方はもやしのトッピングね、それからラーメン餃子セットね」
 テーブルにいつもと変わらぬ――と思いきや。
 とうとうラーメンが乗った。最後の最後で満を持しての登場である。
 そんなラーメンを余所に、まずはと餃子の皿を引き寄せる萩尾。
「しばらく餃子断ちしてたんだけどさあ、久々にいっかなって。ここのは美味しいよねえ」
「そんなに有名だったんだ……」
「そうよそうよ。よし。熱いうちに食べよ」
「あっちょっと待って!」
「何さ」
 突如大声を出してまでの平山の制止。萩尾は不満気な声を漏らす。水鳥の目線まで鋭い。
 平山は一人苦境に立たされた。
「えっごめん……。その、えっとさ! なんか色々終わって、やっと落ち着いた感じだし、勢揃いのうちに乾杯でもしとかない? と思いまして……」
「いいですよ」
 水鳥がグラスを持ち上げる。
 中身は冷えた水。
「なんだそれ。そんなことなら来る前に言ってよねえ」
 言いながら、萩尾もグラスを手に取った。途中冷たそうに持ち替える。
 平山は、その光景に微笑む。
 今日もこうして世界は回っている。
「ありがとう。ではでは……」
 平山も同じくグラスを持ち上げる。
「僕らのこれまでとこれからに――」
 全員高く持ち上げて――。
「お疲れ」
「少しの実りを」
「幸福を祈る」
 各々の文句で締め括る。
 彼らの舞台はこれからも続いて行くだろう。

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