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宮古島旅行記

宮古島での体験は、私にとって異様なものだった。常に、草むらや森の暗がりから、何かがこちらを伺っているような、そういう異様さがあった。

旅行の企画をしたのは、妻だった。私は旅行が嫌いなのだが、それでも宮古島には興味があった。元々日本には属さず、それどころか、歴史書によれば、琉球王国とも言葉が通じない、離れた時代があったという。これは、行ってみるしかないと思った。

私には、子供が二人いる。
もうすぐ5歳になる長男と、もうすぐ1歳になる二男だ。
彼らの世話だけで相当苦労したのだが、それはここには書かない。どうせ、子供連れで旅行に行く人たちは、みんな同様の苦労をしているのだから。

私たちが宮古空港に着いたのは、3月5日、夕方の三時を過ぎていた。
すぐにレンタカーを借りて、ホテルに向かう。子連れでいきなり繁華街に向かって遊ぶのは難しい。

街の中心部を過ぎると、一面のサトウキビ畑だ。大人の背丈を超える高さのサトウキビ。太陽はまた空で輝いているのに、なぜか、全てが暗い。
畑の中に、突然異様な建築物が現れる。
お墓、だ。
私が住んでいる、関東地方の墓とは全く違う。沖縄本島でよく見るのと似た、家の形をしたお墓。それが、何基も建っている。
車を運転しているので、はっきりとは分からないが、「ああ、違う文化圏に来たのだな」と思った。
私は、「霊的な何か」はあまり信じてはない。それでも、なお、少しだけ、ひんやりとした何かを感じた。

ホテルに着く。まだ11ヶ月の二男は、よく分からないままおっぱいを求めている。私は、長男を連れて、海岸へ向かった。海岸は美しかった。太陽は西に傾いていたが、まだ夕日ではなかった。
長男は楽しそうに遊んでいたが、ろくなご飯を食べていなかったため、お腹が減って、痛くなってしまった。
部屋に戻り、妻が買ったカップラーメンを食べると、回復した。

次の日、私と妻の母と合流し、平良公設市場に向かう。そこでも色々あったのだが、それはまた別の記事で。
平良公設市場の近くには、宮古神社がある。そして、「仲宗根豊見親(なかそねとゅみや)」の墓所がある。宮古島に行ったら、ぜひ見たいと思っていた場所だ。

仲宗根豊見親は宮古島第一の英雄で、本名は「空広(ソラビー)」という。琉球王国が先島諸島を制圧するときに、その先導役を務めた。その功績により、彼の一族は、代々宮古島の要職についたとのこと。

次の予定があるので、長居はできない。先ずは宮古神社に向かった。宮古神社は、本州でよく見る、普通の神社だった。祀られているのは、熊野三神(どうやら16世紀ごろに日本の神を祀ったようだ)と、豊見親三神である。
豊見親三神は、14世紀から15世紀にかけての有力首長三人のこと。仲宗根豊見親のほかに、与那覇勢頭豊見親(よなはせどとゅみや)、目黒盛豊見親、が祀られている。

与那覇勢頭豊見親は、沖縄本島の中山王国に初めて朝貢した人物で、このとき、言葉は全く通じなかったという。3年間、中山王国に滞在し、言葉を学んだ。目黒盛豊見親は同時代の別の有力者らしい。

息子と私の母を神社に置いて、私だけ、「墓」に向かった。
仲宗根豊見親と、その一門の墓だ。
少し道に迷ったが、何とかたどり着いた。
森の中に、石積みの構造物がある。その手前に、「仲宗根豊見親の墓」と書かれていた。立派な墓である。当時の人々の、崇敬の念がわかった。

その周囲、というか斜面に、屋根付きの墓が、何基も並んでいた。こちらは、沖縄本島で見たような、大きな墓だ。おそらく、仲宗根豊見親一門(子孫)の墓であり、現在も使われているのだ。

長くはいられなかった。
近寄りがたい何かを感じた。
霊的な、何かだ。

宮古神社との位置関係も、異様だ。この斜面を登り切ったところに神社がある。大正時代に建てられた、「国家神道」の神社だ。

これは推測だが…、まるで宮古島の英雄たちを祀り上げ、封じ込めるような位置関係なのだ。
かつて、大和朝廷が、在来の神を神道の神に取り込んでいった(日本書紀、古事記にはそのような神が沢山いると聞いたことがある)のと同じことを、明治大正期の政府もやろうとしていたのではないか。
少なくとも、「豊見親」たちは、神道とは縁もゆかりもない人たちだ。本州とは全く交流もなく、違う言語を話していたのだから。それが、「神社の神様」として祀られていることに、異様さを感じるのは、私だけではないだろう。

私が宮古島に着いたときに感じた異様さの正体も、少し分かってきた。ガイドブックではキラキラと輝く部分だけが紹介されているが。
この島では、私のような「都市」に住む人間が見ないようにしている「闇」とか「霊」とか「精霊」とかそういう部分が、剥き出しになっている…少なくとも垣間見ることができるのだ。

そして、私が宮古島に、また、沖縄県に惹かれる理由は、その薄暗がりのような、霊的な、異様な何かにあるのだ、そう思った。

さて、書くべきことはまだまだあるが、今日はここまでとしておく。
それでは、またね。

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