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読書感想:文庫版三体1巻〜葉文潔にドライアイスの剣を見た

 かねてから「場所を取らないように文庫版が出たら買おう」と、「なかなか文庫も出ないしいっそ電子書籍で読むかな」という相反するふたつの判断で揺らいでた三体ですが、結果は文庫版シリーズが出るのでこちらで買うことになりました。粘り勝ちってところかな。

 そんなこんなで初体験となった三体原作版ですが、テンセント版のドラマを見てるというのはあるにしても、実にスムーズに読めました。具体的には、連休前日に拙宅に届いて、2日目の夜には読み切れちゃうくらいに。
 そのドラマ版の感想でも書きましたが、やはり三は、ハードSFであると同時に「人間ドラマ」だからなんでしょうねえ。

 この三体の世界を文章で読むと、作者の人間観のシビアな鋭さ、科学者たちに代表される都会的なエリートの世界観と相反する田舎に飛び交う虫けらの匂いのする生物的な合理主義、そして何より事象や「三」という数値などのリフレインによって織りなされる文学的な構成の美しさに一気に引き込まれました。

 さて、この物語の中心に立っているのは葉文潔であるわけですが、原作を読むと、彼女が抱いた人類社会全体への絶望と怨恨がより強く伝わってきます。
 そして、自分の属する社会そのものを憎悪し滅亡を強く望み、自力では不可能であると悟ってより強大な他者の存在の尖兵となる。こういう行動をとるキャラクターとして頭に浮かぶのが、銀河英雄伝説の“ドライアイスの剣”ことパウル・フォン・オーベルシュタインです。
 もし銀英世界にも三体世界のように、自らの生存のために他の文明種族を滅ぼして移住しようと考える「くそエイリアン」がいたとして、その存在をオーベルシュタインが運命のいたずらで察知できたらどうしたか。
 おそらく、文潔のように「くそエイリアン」を呼び込むメッセージを送り、ETO同様にその征服活動の土壌となる地下組織を結成したのではないでしょうか。
 もうひとつ言うと、オーベルシュタインは本伝最終盤で、ローエングラム体制が旧帝国体制のように無数の人命と資産を濫用して君主個人の私的感情を満足させるようになっていったことを自覚し、苛烈な論調で批判していました。
 この、「自らが憎悪していたはずの存在に自分自身が成り果てていた」という皮肉は、文潔が文革の中で父を殺し自分を迫害し科学すら貶めた紅衛兵たちと同様の独善的な狂気を原動力とする(そして紅衛兵同様に苛烈な内紛を重ねる)集団の最高権威者になってしまったという点も重なります。

 もしかすると、葉文潔のキャラクターとしてのモチーフは、あの“ドライアイスの剣”だったのかもしれません。

 また、三体世界から発進した星間艦隊も、地球到達まで450年かかるというだけでなく、それまでに事故や障害などで多数の損害が出るであろうことが予測されています。これなんかは、アーレ・ハイネセンたちの長征一万光年を連想します。

 三体をハードカバーで全巻すでに読んだ人からの情報によると、続編では銀英伝のセリフが引用されたりもしてるそうですが、劉慈欣は更に深いレベルで銀英伝を意識してたんじゃないかなと、そんなことを考えます。

 文庫版発売で本棚に入れやすくなった三体ですが、このように大変読み応えある作品でしたし、続巻も今から待ち遠しいです。
 この本のタイトルを色々な形で名前を聞いて気になる方は、今からでも是非買って読みましょう。

 ところで、三体のドラマといえばNetflix版も3月から配信ですが、ダーシーがベネディクト・ウォンなんですよね。MCUでもお馴染みの。

 だもんだから、なんか「老百姓」というより「苦労性の至高の魔術師ソーサラー・サプリーム」って言われた方がしっくり来ちゃうんですよねえ。
 というかこのダーシー、あの悪魔じみた古箏作戦を発案できるんでしょうか



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