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15 隣人案件:ほろりと来た

昨日の朝の出来事

点滴の薬を引っ掛けるスタンドには、薬剤のコントロールをする箱のような装置がついていることがあって、何ミリリットルを何時間で落とすという設定が表示され、点滴が終了したときや、予定通り薬が落ちてないなどの問題があるとき、ピーピーとなってお知らせしてくれる「おりこうさん」なのである。

入院初日の夜、消灯の後しばらくしてから、隣の人のベッドから大きなピーピー音がして(なんだこれは?携帯電話が鳴ってるのか?)と思った。お隣さんは、すやすや眠っていて全然気づかない。それで、人生初の「ナースコール」をして人を呼んで止めてもらった。

そのころは前に書いたように同室の隣の人に対して警戒心がいっぱいだったので、それが点滴のアラームとは思わず、点滴途中で寝ちゃって自分の携帯電話が鳴っているのに気づかない迷惑な人だと決めつけていたのだが、自分の点滴装置が初めて大きな音で鳴った時に、ああこれだったのか。と分かった。

このあいだ日記に書いた私の向かいの女の子(?)の患者さんは、その後、安定しているようでよかった。夜もほとんど静かに寝ていた。昼間はお母さんと一緒にテレビをみながら小鳥のような声で話している。(でもずっと禁食、、、信じられない!)

彼女が入った二日目の朝、彼女のベッドから点滴のアラームが鳴った。
すると、なぜか私のお隣さんが
「あ、点滴が鳴ってる。お知らせしまーす。」と言ってナースコールをした。不思議に思っていたら、隣から私を呼ぶ声がして、
「ねえねえ、彼女ね、耳が聞こえないんだって。だから、点滴が鳴ったらお知らせすることになりました。」と教えてくれた。
「そうですか。了解しました。お知らせしてくれてありがとうございます。」と答えた。患者さん同士の小さな連携ですな。

お隣さんの話でまさかの落涙

その日私はイヤホンをしていなくて、点滴のお知らせの後、朝ごはんの前の時間が少しあったので、そのままお隣さんとおしゃべりすることになった。

初めに話したときより、お隣さんの病状は落ち着いているのか、怖くなかった。普通にお話できてよかった。
お隣さんは、10年以上前に、難しい謎の病気を突然発症し、それからずっと患っていて、当時は何の病気か厚生省も把握しておらず、医師もどうしていいかわからずの状態だった。何年か経って、やっと診断がつき、薬ができ、現代医療の進歩のおかげで治療ができた、と思ったら、なんと、その薬が原因となって、ほかの難病を発症してしまったという。なんという巡り合わせなのだろう。

今は、年中どこかに痛みがあったり、腸の調子が悪かったり、下血したりするのだそうだ。様々の科で様々の検査や手術を体験している病院生活のベテランさんだった。以前、血液内科におり、今は本当は消化器内科なのだと言っていた。この病院とは長い付き合いらしい。前からいるスタッフとは時々軽口をたたいている。

この病院は今年5月に新築されて、私にとってはラッキーこの上ないのだが、お隣さんは少し寂しそうでもあった。血液内科の人達は何か月かに一回入院して、抗がん剤や何かの治療を受けるので、みんないつの間にか顔見知りになり、相部屋がにぎやかで仲間意識があったんだそうだ。今は小さなシャワーだけど、病院内には広めのお風呂があって、退院するおばあちゃんと記念だからと言って一緒にお風呂に入って背中を流したこともあったと話してくれた。

「自分の病気は苦しいけれど、見送ってきたから・・・」

自分の病気について、なぜ自分がこんな目に合うのかとか、生きていてもしょうがないなんてこととか、考えたこともあったそうだ。このまま生きていても、みんなに迷惑かけるだけだしって。そして、次にポツリと

「でも、わたしはさ、血液内科で一緒だったみんなを見送ってきたんだよね・・・」といった。

はっとした。

カーテン越しに淡々と明るく語ってる隣の人の声を、その時ほんとうにキャッチした感じがした。
「みんなさ、すごく大変なのにえらい人たちなんだよね。『そんな風に考えちゃいけないよ』って、『こうしているのは何か意味があるんだ』って、それで明るくてさ、生きてるんだよね。そういう人たちに、私はいろいろ教えてもらってね、、、。」
「だから、もうなったものは仕方ないし、こうして何とかやってるの。いやになっちゃうけど。やっぱり自分は何してんだろう?って思う。家事も何にもできなくなっちゃって。もういいや、そんなに長く生きてもしょうがないしね・・・とか。」

娘さんとお孫さんと旦那さんの話

そして、I さんは娘さんの話とか、お孫さんの話とか、旦那さんの話なんかをしてくれた。娘さんは反抗的だったから心配したけど、いつの間にか孫もできてうれしいびっくりだ。まさかあの子が家庭持てるなんて思わなかったけど、まあよくやっていて、実家にいるときは家事なんかしなかったのに、家の中をきちんとしている。信じられないって。今になってお母さんがすごいってわかったって言われた、なんて話。

「自分が娘をもつとはおもってなかったけど、娘っていうのはほんとに、なんていうのかな、お嫁に行っても切れない一生のつながりだなーって思う。どこにいても、つながってる。これは一生ずっと抱えていかなければならないものだなって。」

泣ける、、、とてもいい家族のようだった。だから、
「素敵な家族じゃないですか。。。」と言った。
「そうね、私ね、生きててもしょうがないなって思うこともあるけど、唯一理由があるとしたらそれは「夫」だと思うの。病気になってね、ほんとに夫とのつながりが深まった。ほんとに私のこと考えてくれる優しい人で、夫婦関係とかは病気でなくなったけど、それは外で遊んでくれればいいと思ってるの。でも、それからの方がほんとに信頼関係ができた。あ、スキンシップはあるのよ。ハグとかするし。笑」

この後も、I さんは、ご主人のことを生きてる理由だと何度も言っていた。
もうこの時点で、私の涙腺は崩壊。
「もしも下の世話とかされるんだったら、娘にはしてもらいたくない。夫なら任せる。ほんとは嫌だけどね、いや、実際、そういうことにはならないと思うけど、そんな風に思うの。」
「I さん、泣かせる・・・」
私は二枚目のティッシュで目を抑えている。

神様っているよね

少し自分の話をした。私も病気になってしまったけれど、これは絶対自分にとって意味があることだと感じたし、変な話、神様はいるっていうか、いくつも不思議なことがあったんですよ。だから守られてるって思うんです。

「それはあるわね。私ね、いつか家で動けなくなってすごくつらかった時、夫が隣に寄り添ってくれてたんだけど、反対側に他の誰かがいて、腰のあたりがすごく暖かく感じて、なんだろう?って思ったことがあった。夫に知らせようとしたけど全然気づいてくれないの。

「それからね、すごくつらくて入院した時に、担当の看護師さんが見に来て、居なくなって、またすぐ戻ってきて、腰をポンポンって二回たたいたのね。「大丈夫だよ」って言ってるみたいに。

それで、その看護師さんが次に来た時に「さっき腰をたたいてくれたでしょ?」って言ったら、そんなことしてないっていうのよ。それで「ああ、そうか」って思った。「お母さんが来てくれたんだ!」って思ったの。

「親っていうのはさ、どういうのかなぁ、ほんとにね、この年になっても、親にあいたい、なんて思うんだもんね、、、」

私は入院したことを伝えていない親のことを思い出してまたしても落涙。
このあたりで朝ごはんが来て、鼻をぐすぐすしながら朝ごはんを食べた。

「いつも、すごい速さでなんか打ってますよね。翻訳家さん?」と聞かれた
「いえいえ、これはまあ日記みたいなもんです。病気のこととか書いてるの。」
「そーなんだー。私はパソコンとか全然だめだから。」
「Iさんのこと、書いていいですか。」
「いやいや、あたしの生活なんか書かれるような意味のあることはないわよー。」


いや、こんな話を聞いて、私、書かずにはいられませんから!
はじめ全身の毛が逆立つような恐ろしい人かと思ったIさんとは、最近はそんな感じで、ぽつぽつお話しする関係になった。私がイメトレしてるときは話しかけても知らん顔するし、突然カーテンを開けられるようなこともない。Iさんがテレビ見ているときや、面会しているときもある。
でも、時々ぽつぽつと会話したりする。ちょっとホッとする。

つづき

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