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第12球「中学の同級生」

「長い間借りてて悪かったなぁ。なんとか返せそうやし今から会えへん?」

中学の同級生Aから3年ぶりに連絡がきた。そう、俺はAに貸していた。お金を。

話は俺が大学に入って間もない頃にさかのぼる。

中学を卒業して以来全く会ってなかったAは俺の家を訪ねてきた。

「久しぶりやなぁ。元気にしてた?」

「おお!あんまり変わってないなぁ!俺、中学卒業してからすぐに引っ越したからみんなと連絡とれてなかったけど、よく俺の住んでるところが分かったなぁ。」

Aは小学6年のころに転校してきた。優等生とはいいがたい奴だった。髪の毛も茶髪だったし、普段からなめられてたまるかという気持ちが全面に出ていた。当然友達作りも苦労していた。俺も当初は顔面に唾を吐きかけられたり一触即発なことがあった。

しかし、中学生になり仲良くなり始めた。というのも、あまりにも共通点が多かったからだ。
当時、俺は市営団地に住んでいたが、Aが住んでいたのも同じ市営団地だった。
他には、母子家庭という点、そして何より母親同士が朝高の同級生だということ、つまり俺と同じ在日朝鮮人だったということが何よりもお互いを引き付けたのかもしれない。
お互い深い話まではしなかったが、不思議と一緒に過ごす時が多かった。

ただ、中学を卒業し、しばらくしてから俺は引っ越したのだが、その後は全く会うことはなかった。

共通の知り合いから「Aが高校へは入学したが、途中で教師を殴って退学になったらしい」ということは聞いていた。

そのAが俺を探して、わざわざ会いに来てくれたのだった。

中学の時の思い出話で盛り上がったり、あいつは今こうしてるなどの近況を聞いたり、対戦ゲームしたりと、俺たちは楽しい時間を過ごした。

そして、夕食時間になった頃、Aはそれまでのくつろいだ表情とは打って変わってやけに真剣な表情で俺を見つめた。

「あのさぁ、、、」

「なに?」

「金、貸してくれへん?」

俺は意外すぎるAの言葉に戸惑った。同時に、彼がわざわざ俺を探してまで訪ねてきてくれたというそれまでの「喜び」が瞬時に消えていくのを感じた。

「実は、俺、退学してから仕事を転々としててな。で、さらにおかんが今まで勤めてた所をクビになるし、家にお金入れてた姉ちゃんは一人暮らしするって言ってるし、今めちゃくちゃ大変やねん。

で、こんなん相談できるのお前しかいなくてな…。次の仕事見つけるまでの足しにしたいねん!ほんまに悪いけど貸してほしい!」

Aはうつむきながら懇願した。

まじか?めっちゃ大変やんけっ!!これは貸してやらねば!と良心がうごめいたが、一方で疑いの気持ちも生じた。
俺が貸しただけでやり過ごせるのか?
もっと他に相談できるところあるのではないか?
っていうかちゃんと返してくれるのか?
俺は返事に窮した。

その時、突如として俺の頭の中にひとつの事実が浮かんできた。

「Aは俺と同じ在日朝鮮人だ。」

そう、Aは俺と似た状況にあった在日朝鮮人なのだ。
俺がただの友人ではないのだ。
お人よしと思われてもいい、浅はかだと思われてもいい。
彼は俺を頼るしかなかったのだ。
嘘かもしれない。
でも、ここで彼を突き放すにはいかない。

「そっか、それはめちゃくちゃ大変やなぁ。分かった。ちょっと待っといて。」

俺はそういうと、部屋の奥にある机の引き出しを開け、その中にある封筒から10万円を取り出した。

「これ、貸すわ。実は入学して学校通うのに自転車ではきつかったから原チャリ買おうと思って貯めてたやつやねん。
とりあえずこれだけやけど渡すわ。」

「おお!ほんまに!ありがとうなっ!!
ありがとう!!絶対に返すしなっ!」

Aはそれを受け取ると、安堵した表情を浮かべて帰っていった。

あれから3年経った今日、Aから連絡があったのだ。

この3年間一切連絡もなかった。当初はいつか連絡来るだろうと思っていたが、Aの事情が事情だっただけに催促するわけにもいかず、結局月日だけが流れてしまい半場あきらめかけていた。

そんな状況での連絡である。正直嬉しかったし、信じてよかったと思った。

「今から家にもっていこうと思うんやけど、ひょっとしてお母さん居てる?居るんならちょっと恥ずかしいから外へ出てきてほしいんやけど。」

受話器越しのAの声は少しこもりがちだった。まぁ無理もない。
3年前にお金を借りて返しに来たということは二人だけしか知らないし、当然見られたくもないだろう。

「今、おかんは家に居るから俺が外へ行くわ。じゃぁ大きい通りで待ってて。」

「分かった。では10分後に出といて」

俺は「少し出てくる」と母親に告げ、服を着替え家を出た。大きい通りへ出ると一台の白いワゴンカーが停まっていた。

仕事用とかではなく、テレビのCMで出てきそうな立派な車だった。

運転席をのぞき込むと、Aが笑顔で手を挙げた。

そして、Aは腕を伸ばし、助手席のドアを開けた。

「おう、久しぶり!長い事悪かったな。ちょっと乗ってや。」

「おお!めちゃくちゃ待ったぞ!!
3年分の利子付きでもらったろかっ!ははは!」

俺はそう冗談言いながら助手席に乗り込んだ。
Aは外見自体はさほど変わっていなかったが、雰囲気が少し堅い感じがした。
この3年の間にこいつも苦労したんやろうな、大人になったんやろうか。
嬉しさと同時に彼の成長ぶりに感慨深くなった。

「ま、久しぶりやしちょっとドライブしないか?
金返してすぐにバイバイってのも味気ないし」

「え?あ、まぁいいけど。別にこの後用事あるわけでもないし。」

唐突な彼の提案に戸惑ったが、話もしたかったので了承した。

車が走り始めた。

しかし、5分経っても彼が話してこないので、俺から話すことにした。

「この車ってお前の?えらいええやつ乗ってるんやなぁ。」

「おお、そうやねん。半年前に買ってん。」

Aはそれだけ答えて再び黙ってしまった。

この時少し疑念が生じた。

半年前に車を買った、にもかかわらず俺への返済はそれよりもっと後か。

逆の立場ならお金がそろった段階ですぐに持っていこうとするのだが。

しかし、それはたいした疑念ではない。

すこし順番が逆になっただけだろう。

いずれにしても返してもらえるのだからこだわるまい。

そうこう考えていると、Aがやっと話し始めた。

「そうそう、中学の時の同級生やったYって覚えてる?」

「Y?あぁ、覚えてるよ。住んでるの俺らの団地と近かったもんな。
ただ、中3ぐらいから学校へあんまり来なくなったけど。」

「実はな、あいつ、今やばいらしいねん。」

「え?やばいってどういうこと?」

急にYの話を持ってきたのも意外だったが、久しぶりに聞いたYの話にも興味が出てきた。

「Yな、いまヤクザやってるらしいんやけど、そこでなんか大きい失敗して組に300万ぐらいお金を払わなあかんらしいねん。
それを今月中に払わな命ないとか言われてるらしくて…。」

「マジで!?あいつ今ヤクザやってるの?」

半信半疑だった。
Yはもともと喧嘩が強いほうではなかったし、ちょっと不良に憧れてる程度の奴だった。
そんなあいつがヤクザなんてやるはずがない。

「で、その話をNが詳しく知ってるから今からNのところへ行かへん?」

「N?Nって同級生のあのN?俺と部活一緒やったけど。」

「そう。あいつも高校中退したんやけど、Yとは卒業後もちょっとだけつながりあったらしくて、今回の事も結構詳しく知ってるねん。
俺もNからYがやばいって聞いたから。」

Aはそう言うとNの家へと車を向かわせた。

Nの家に着くと、Aは携帯で呼び出した。
玄関から茶髪で長髪のNが出てきた。
俺自身は9年ぶりに会うのでその変わりように驚いた。
一緒にバスケしてた時はもう少し爽やかだったのだが。

「おお!ひさしぶりやなぁ!元気にしてたっ!」

「Nもだいぶ変わったなぁ。元気そうで何よりやわ。今何してるの?」

「今は家の工場を手伝ってるわ。それよりYの事聞いてる?」

「ああ、今、Aから聞いた。あいつがヤクザやってるってほんまなん?」

久しぶりの再会にもかかわらずNがすぐにYの話を振ってきたことに少し驚いたが、とりあえず話を聞くことにした。

「なんか、最近ヤクザの組に入ったらしいんやけど、そこで兄貴か誰かの女に手を出してしまって、けじめとして300万払うか殺されるか選べみたいなことを言われてるみたいやねん。ほんまエグイ話やろ?」

そして、その話を補足するようにAも話し始めた。

「Nが言うように、もうヤクザの主張がめちゃくちゃやねん。
正直Yが手を出したかどうかさえ分からんのに、言いがかりつけて300万払えとかいわれてさ。ほんまあいつかわいそうやわ。
な?N?」

「そうやねん、ほんまにツイてないというか、かわいそうというか…。
あいつそんなに悪くない奴やし。
なんとかしてやりたいねんなぁ。」

二人の話を聞き、俺は冷静に考えた。

確かに事実だとしたらかわいそうだし、理不尽な話だ。

ただ、それをなぜ俺に話すのだろう?

「あのさ、それが本当ならなぜYは警察へ行かないんやろうか?
そんな金払う必要もないし、そんな組さっさと辞めたらええやん。
っていうか逃げれば?」

「いやいやいや!お前はあの組のこわさ知らんからそんなん言えるねん。
そんな簡単に済むような事と違うぞ!
ほんまに殺すし、逃げても一生追いかけてくるようなところやねん!」

Aは俺の返答が意外だったのか少し動揺しながら答えた。

「うーん、そうかぁ。
となるとその300万をどうにかしなあかんことになるなぁ。」

俺がそう言うや否や、Aは興奮気味に俺の方へ体を向けた。

「そうやねん!で、実は今俺とNで中学の時の同級生に呼びかけてYを助けるために金を集めてるねん!!
で、お前にも協力してほしいと思って!!
なんとかYを助けてやりたいっ!」

俺は、この時すでにAやNに対しての疑念が膨張し、いまや破裂しそうになっていた。

こんな話ありえない。

Yはそもそもヤクザに入るような奴ではない。

さらに、AやNはYとそんなに仲が良かったわけではない。

いやむしろバカにしていたような奴らだ。

それが今こうやって「あいつを助けてやらねば!」となるはずがない。

話自体もテレビや映画で聞いたことあるようなありきたりな内容だ。

「それでな、お前には悪いんやけど、返そうと思っていたお金をそっちへまわしたいねん。」

俺はAの言葉を聞きながら、助手席から見える景色をじっと見つめていた。

「ほんなら俺、そろそろ家に戻るわ。じゃ、またな。」

気まずい雰囲気を察したのか、Nはそう言うと車を降りて小走りに家に入っていった。

車は再び走り出し、俺の家の方へ向かった。

流れる景色をずっと眺めながら俺はひたすら黙っていた。

おそらくNを同乗させたのはAの作戦だったのだろう。

自分の話に信ぴょう性を持たせ、俺を信じさせようとしたに違いない。

自分の話が嘘であるがゆえの行動だったのだろう。

Nと共同で俺を騙しにかかってきたのだ。

俺は怒りを通り越して少し放心状態になっていた。

少しでも期待していた俺は何だったのだろう?

この3年間、俺はAを信じ続けた。

そしてやっと連絡がきたかと思えばこれだ。

同じ在日朝鮮人として俺は信じたのに、こんなに空しくなるものなのか。

「あのさぁ、本当にYは今そんな状況にあるんやな?嘘じゃないよな?」

俺は、自分にけじめをつける意味でも最後に念を押してAに尋ねた。

「お、おう。ほんまやで。今月までに揃えなあかんから俺も今必死やねん。お前に借りてた分はまた持ってくるし。」

「いつ持ってくるの?
俺、3年待ってたんやけど?
こんな高い車を買う前に返せたんちゃうの?」

「いや、まぁそうなんやけど、仕事でとりあえず必要やったし。
ごめんな。」

車はとうとう最初に待ち合わせた場所へ戻ってきた。

俺は正直彼にたいしてどう接すればいいのか分からなくなっていた。

嘘だとわかっている。

しかし、こいつは友人だ。
しかも同じ在日朝鮮人だ。

嘘であることを証明していくことはなんぼでもできる。
当のYに確認すればいいのだ。
というかそもそもこういった内容を頼みに来るのはY自身であるべきだろう。
Aが来る理由が全くない。
3年前のように信じてやるべきなのか?否か?

俺は、助手席で悩んでいた。

「で、とりあえず今回は借りてた金とは別で、その、なんぼかまた出してくれへん?」

耳を疑った。

それと同時に俺の中のAが音もなく崩れていった。

中学時代に楽しく過ごしたAが俺の中から消えていった。

おれは意を決して口を開いた。

「あんなA。悪いけど、正直、今回の話だけは信じられへんわ。
そんな話全部嘘やろ?
Nと話し合わせて、俺から3年前みたいにお金をもらって山分けでもしようとか思ってるんやろうけどな、俺はもう騙されへんぞ。
あの頃は久しぶりに訪ねてきてくれて嬉しかったし、お前と俺が同じ在日やっていうのもあって俺は貸した。
原チャ買うために貯めてた金をな。
で、そのあとなんの連絡もなしに3年が過ぎて、ほんでまた金出せってか?
それはないやろ!?」

俺はそれまで黙っていたことを吐き出し始めた。

「いや、ほんまやって!Yは今やばいねんて?同級生を助けてやろうや!」

Aは計算が狂ったのか、ものすごく焦り始めた。

「いや、信じられへんわ!
じゃぁなんでYは自分で直接頼みに来ないねん?
なんでNが途中から乗ってきてわざわざ俺に説明だけして帰るねん?
おかしいことだらけやわ!」

「いや、それは、今Yは身を隠してるから動けへんねんて。
それに、お前知ってるかどうか知らんけど、Yも俺らとおんなじ在日やぞ!!」

俺は一瞬詰まった。

Yが同じ在日朝鮮人であることは知っていた。

ただ、その事実をこの状況で使うAに対してただただ驚いた。

「だからなんやねん!
同じ在日やからってなんでもかんでも通ると思うなよ!
朝鮮人であることをそんな安っぽい嘘に使うなや!
3年前の俺とは違うぞ!」

俺はそういうと、財布から1万円を出し、Aに手渡した。

「ええか?このお金は返さなくていい。
3年前に貸した10万ももういらん。
計11万そのままお前にやるわ。
その代わり、もう二度と俺の前に現れんといてくれ。
手切れ金と思ってくれていい。
今はあんまり分からへんかもしれんけど、きっとこの11万円を受け取ったことをとてつもなく後悔する時が来ると思うわ。
じゃあな!」

俺はそう彼に言い残し車を降りた。

Aがどんな表情をしていたのかは分からない。

俺は後ろを振り向くことなく、友情や民族の負の部分を痛感しながら家に向かった。

こんなにも辛いものなのかと歯を食いしばったまま。



しかし、数か月後、そんな沈痛な気持ちにあった俺を歓喜にいざなう出来事が起こる。

それは世界を揺るがすとてつもない出来事だった。

今日もコリアンボールを探し求める。

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