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第4球 「みどりのパスポート」

「君らには、ちょっと他の学生と違ってちょっと特別にしてもらわなあかんことがあるんや。」

修学旅行を三ヶ月後に控えた高校二年生の夏、俺らは職員室の応接室で担任の先鋭からこう言われた。

「君たちは在日やから、ハワイに行くには再入国許可書というパスポートみたいなのが必要らしくてなぁ。それをまず自分達で作ってきてほしいねん。」

そう、俺はなんとあの憧れのハワイへ修学旅行で行くことになっていたのだ。

エルヴィスの映画「ブルーハワイ」で有名なあのハワイ!

カメハメハ大王で有名なあのハワイ!!

キン肉マンが48の殺人技を身に付けたあのハワイ!!

妖艶なフラガールで有名なあのハワイ!!!

高校生のくせに海外旅行とは豪勢だな思われるのだけど、実際は国内旅行するよりも団体割引やら何やらで安くなるらしかった。

でも、そんな大人の都合なんて俺にはどうでも良かった。

俺は生まれて初めての海外旅行に興奮を抑えられなかった。

本屋ではハワイ関連の本を立ち読みし、夢にまであの透き通った海が出てくる。とにかく楽しみでしょうがなかった。

ところが今、職員室で何やら小難しいそうな手続きを課せられることになったようだ。

しかも、この応接室には俺を含め三人の「朝鮮籍」の学生が座っている。韓国籍の学生は手続きが俺らと違うらしく、別の部屋に呼ばれているようだった。

部屋にいる学生の一人は野球部の奴で、大学からも注目されている将来有望な奴だった。

「まさか、こいつも俺と同じ在日やったとはなぁ」

お互い存在を認識はしていたが、こんなところで「親密」になるとは夢にも思わなかった。

もう一人は俺の従兄弟で、中級部まで民族学校に通っていて、俺と同時期にこの高校へ入学してきた。

しかも彼は本名で入学してきて、通名の俺はそれだけで驚いたものだった。

また、それと同時に同級生たちから「キム君!」とそのまま呼ばれ、自分が朝鮮人であることを隠していない姿に、ある種のジェラシーすら感じていたのだった。

ある時、世界史の授業があったが、そこで歴史好きな俺を試すべく教師が質問してきた。

「確か朝鮮の神話で檀君という人物が出てくるが、その母親は人間ではなくてとある動物でした?さて、その動物が分かるかな?」

俺が朝鮮人だと知って朝鮮歴史に関して質問してきたのではなく、単なる偶然だった。

おそらく教科書ではなかなか載っていないマニアックな質問として出してきたのだろう。

「え、、、あ、、、虎?」

俺は全く分からず、とりあえず強そうな動物を出した。

「あーおしいなぁっ!実は虎も出てくるんやけど違う!ほか誰かわかるかぁ?」

すると従兄弟のキムが手をあげた。

「熊じゃないですか?」

「おぉ!正解!良く分かったな!」

クラスメイトから賞賛の嵐となり、俺はえらく落ち込んだ記憶がある。

「俺だって最近学生会行ってるし、朝鮮語だってちょっと分かるし、民族楽器もできるもんね」という変な強がりでなんとかそれを払拭しようとした。

しかし、朝鮮人なのに朝鮮の歴史について答えられなかったという事実はなかなかボディブローのように今でも効いている。

「じゃぁ、この用紙に必要な書類と手続きが書いてあるから、できれば今週中にでも入国管理局へ行ってきてくれ。それができたら旅行社の人が領事館まで代理でビザを取ってきてくれるみたいやからな(※現在は本人申請のみ)。ほなよろしくな。」

そう言われ、俺達は書類をもらい職員室を出た。

その後、俺は入国管理局へ行き、めんどくさい手続きを済ませ、その「緑のパスポート」を初めてもらった。

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おもむろに開いてみると、1ページ目にこう書かれていた。

〈この許可書は、(略)所持人の再入国許可のために交付するものであり、所持人の国籍を証するものではなく、また、その国籍に何ら影響を及ぼすものではない。〉

「はぁっ?国籍を証するものではない?確か、俺はこれ一通でハワイへ行くんやったよなぁ?

おいおいおいっ!
となると俺は自分の国籍を証明するものを何も持たずに海外旅行するんかい!
無国籍やんっ!!
まぁ、でもここにビザがあれば問題ないんやろうけど・・・。

しかし、それはいいとしても、なんで自分が生まれ住んでいる国に帰ってくるのにわざわざ日本政府の「許可」をもらわないとアカンのやろ・・・
海外旅行者が日本に入ってくるならまだ分かるけど・・・。
うーーん、なんかひっかかるよなぁ。」

何かもやもやしたものがあったが、所詮高校生なのであまり深く考えるのはやめることにした。


<物語の途中ですが、ここで少し「深く考え」させてください。日本への再入国について、それを権利として認めるのではなく法務省の裁量、つまり胸先三寸で決められること自体、僕は人権侵害であると思っています。
このことは国連・自由権規約委員会でも「日本で出生した在日朝鮮人の人々のような永住者に関して、出国前に再入国の許可を得る必要性をその法律から除去することを強く要請する」という勧告が日本政府に出されています(1998年)。

自国に帰る権利をその国の国民が保障されるのと同じように、その国に永住している人は永住国に帰る権利があるというのが自由権規約の考え方なんですね。
さらに、この再入国制度については最近毎年のように、駐日欧州委員会代表部からも勧告が出されています。

「すでに在留ビザを取得して日本に居住する外国人に対しては、日本の入国管理法は、どのような理由であっても、日本を一時的に離れるときは、本人が出発前に手数料を払って行うことを求めている。EUは、この制度は余計な負担を強いるもので、他のほとんどの国では見られない特異なものと考えるため、速やかに廃止されることを要求する」(2005年)。

「この在留資格の喪失が、なぜ永住資格を持った外国人に適用されるのか、また外国人の入国管理を有効に行うために、既存の数次ビザ制度でなぜ十分でないのか明らかでない。多くの外国人居住者にとって、頻繁な出張は仕事には不可欠な要素であり、再入国制度が迅速に廃止されることをEUは提案する」(2006年)。

「EUは、この特異な制度は不必要な負担と、何よりも重複を意味すると考える」(2007年)。

実際、世界的に見ても韓国や米国などでは、永住者が1年以内に再入国するなら出国時の再入国許可は必要なく、カナダでは永住者の「入国権」が認められています。

また2012年7月から「みなし再入国制度」が採用されていますが、これも朝鮮表示者は対象外となっており不合理な差別的制度といえます。
やはり「深く考え」てみても、僕が思ってたようにおかしいものはおかしいんですね。余談が過ぎました。では続きをどうぞ。>


担任に再入国許可書を渡して二ヶ月余りが過ぎた頃、「なんとかビザ間に合ったから、これで安心してハワイへ行けるぞ」と言われ、ビザ付きの許可書を返してもらった。

さぁ、とうとう準備は整った!憧れのハワイへレッツゴーだ!!アロハオエ~♪

そして旅行当日、俺は関空で力士の武蔵丸っぽいのと遭遇しながらも、みんなで飛行機に乗り、8時間近くかけてとうとうホノルル空港に着いた!

降車からその地に足をつけた途端、南国独特な香りと温風が俺を抱きしめてくれたようだった。

「とうとう来たぜ、エルヴィス!俺もウクレレ弾きながら、南国のビーチガールと戯(たわむ)れるぜ!!」

有頂天になりながらも、友人たちとバカ騒ぎしながら入国手続きの場所へと向かった。

白人の入国管理官に再入国許可書を出すと、少し顔を曇らせたが、「サイト・シーイング(観光)?」と笑顔で訊いて来たので、「オー!イエスッ!」とノリノリで返答した。

ただ、他の学生らは1分ぐらいでチェックが終わるのに、なぜか俺だけ5分ぐらいかかった。

その時にも、「やっぱこの許可書には何かあるな?」と思わずにはいられなかった。

無事に入国も終え、ターミナルの広場で学生達が組別に集められた。

前では主任の先生が何やら旅行中の注意を事細かに説明しているけど、俺の頭の中は今まで計画していたバカンスの事で一杯だった。

そして、長い話がやっと終わり、次に担任が自分のクラスの学生に向けて話し始めた。

「じゃぁ、みんなが持っているパスポートを預かるんで、後ろから前に回してきてくれ。」

その言葉を聞き、手に持ったままの再入国許可書を渡そうとしたその時、俺は気付いた。

(えっ?俺は列の一番後ろやぞっ!!そんなことしたら、俺のこの「緑のパスポート」がクラスの男子全員に見られることになるやんけっ!!)

こう考えたのは実はもっと後だったかもしれない。

とにかく俺はその言葉を聞くとすぐに立ち上がり、猛スピードで一番前まで走り出し、自分の「緑のパスポート」を直接担任に渡してしまった。本当に無意識の行動だった・・・。

担任や同級生達の表情が、疑問符に塗りつぶされていたことは言うまでもない。

(なにしてんねん・・・俺・・・・。

あれだけ自分が朝鮮人ということを意識して、新しい生き方として目指していこうとしてたんじゃないんかっ!

結局、俺は隠してるだけやんけっ!!

自分が在日朝鮮人やって意識してるだけじゃやっぱアカンのか!?

「中身」だけではなく、俺のあの従兄弟みたいに「外見」でも自然に自分の出自を出していかないと、本当に自分らしく生きていることにならへのかっ!?

もう、こんな思いは嫌やっ!

でも、だからと言って俺はカミングアウトできるのか?

くっそっ・・・俺の人生はこれからこんな悩みの繰り返しなんかっ!?)

その後修学旅行はそれなりに楽しめたものの、今回の出来事が俺にとってその間ずっと胸にひっかかっていたのだった・・・


そんな苦悩の中にある俺に、この後、新たな苦悩が襲ってくることになる。

その新たな苦悩とは・・・・・受験という名の「戦争」だった・・・。

今日もコリアンボールを探し求める・・・

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