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第8球 「月に咲く花」

「サマースクールの動員、今年も手伝ってくれへんか?」

大学一回生の7月初旬、留学同という場所に慣れ、ルーキーでありながらドラクエの「ガンガンいこうぜ!」並みに活動していた俺に、朝青支部委員長から携帯へ連絡があった。

「大丈夫ですよ。行きます!!」

朝青も留学同も対象が異なるだけでその底流に流れているものは同じだと確信していたので、俺は即時に承諾した。

留学同を頑張っているから、朝青は遠慮させてもらおうという発想はなかった。

サマースクールとは、日本の中学高校に通う在日同胞青年を対象とした朝青の目玉事業だ。

日本の学校では自分が朝鮮人であることを意識する、また考える機会が全くない。

そのまま過ごしていくと、消極的な民族性、つまり

「自分は日本人ではないのだけれど、でも朝鮮人とも言えない。自分は何者なんだ!?」

という葛藤が肥大化し、最終的に考えるのをやめ「妥協」として日本人として生きていく選択をしていく。

そんな彼ら彼女らに、短期間ではあるが、民族性に触れてもらい、また普段考えないルーツについて考えてもらう機会を提供するのがこの「サマースクール」だ。

俺は、そんなサマースクールの重要性と希少性を何よりも理解しているし、自分だけでなくもっとたくさんの同胞青年たちに触れてほしいと思っている。

「民族」を独り占めしたくないのだ!


夜7:00に支部へ着くと、そこには支部委員長をはじめとして数名の朝青たちが既に名簿を手に住宅地図を開き「作戦会議」をしていた。

「この子、二年前にサマス行ったから今年も可能性あるぞ!」

「あー、ここはいつも民団ですからとかで断られるんやねえ。でも行こう!」

「ここの子、母子家庭で学校にほとんど行ってないらしいぞ。オモニからサマスだけでも行かせてほしい!って頼まれてるし頑張って押そう!」

一人一人の具体的な参加歴や家庭状況などを確認し、また効率よく動員を回れるように地域ごとのルートを作成し、それを動員担当へと振り分けていった。

動員エリアは全部で4つとなった。

それぞれ自転車で行くには少々遠く、またその日は雨も降っていたので、使用できる乗り物は車二台、そして俺と支部委員長の原チャリのみだった。

この日の活動人数は、支部委員長、他朝青員4名、そして俺の計6名だった。

「うーん、となると俺とお前が原チャリに乗って一人で回って、後は車で二手に別れてくれるか?」

「え…マジですか!?」

一人で動員をすることが初めてだったことと、雨の中をカッパ着て原チャリで回る煩わしさに少し戸惑った。

「頼むわ!初めて行くとこもあるし、可能性があるところは早めに行っておきたいねん。俺も頑張るし頑張ろう!」

そうだ、支部委員長も同じような状況で動員に回るのだ。

そして、雨がぱらつく中、サマースクールのビラと申込書をカバンに入れ、相棒の「YAMAHAアプリオ」別名「赤い彗星」とともに一人で出発した。

俺が回るのは全部で5軒だ。

遠いところから先に行こうと思い、15分ほど走って1軒目についた。

表札を確認し、インターホンを押した。

「夜分にすいませーん。僕は日校生サマースクール実行委員会の朴といいます。◯◯君いますか?」と訊ねた。

「まだ帰ってきてへんわ!何の用かな?」とインターホン越しに応答があり、

「実は8月11日から13日にかけて日本の学校に通う在日の学生たちが、、、」と言い慣れた説明をすると、

「あー、たぶんその日はあの子部活やわ。ごめんな。」と聞き慣れた無味乾燥な返答。

「そうですか、、、。では一応ビラだけでも入れとくんでまた聞いといてくださいね」とこちらもおきまりのフレーズで訪問を終えた。

うーん、今回はなんとか本人に会いたいなぁ。会いさえすればこの俺のベシャリで参加確定をゲットできるんやけどなぁ。

1軒目は空振りに終わり、続いて2軒目。

「あの子そんなん行かへんと思うわ!部活忙しいし、そんなん興味ないしねぇ。」

またも留守で本人に会えず、しかも親が勝手に判断。

行くかどうかは本人に決めさせて欲しいなぁ。

続いて3軒目。

「今、お風呂はいってるわ」

「もう出てくる感じですか?」

なんとか粘ろうとするも、

「あ、、、さっき入ったばかりやしなぁ。ごめんね。」

といってあしらわれることに。

ところがドアを閉めた後、ドア越しに「あんた、早くお風呂入りや〜」という声が漏れ聞こえ、一瞬凹むも、なんとか気を取り直して4軒目へ向かった。

「あー、それねぇ、毎年来てくれるんやけどうちはもう帰化したから関係ないし。もう誘いに来てもらってもなぁ。」

「いや!でも日本国籍とか関係なく朝鮮半島出身というルーツさえあれば全然来れますよ!それに最近はタブルの子もいますし!」

「うーん、でもいいわ。ごめんねぇ。」

またや!

また本人に会えずに親の段階で断られた!しかも帰化したからとか俺からしたら全然理由にならへんし!

本人がそのルーツ持ってるんなら、今は興味なくてもいつか考えざるを得ない日が来るはず。

その時に絶対にサマースクールなどの体験が考える材料になるはずやのに!

一人で動員していると訪問先で嘘つかれたり、体よく断られた時の凹みを一人で味わうのでなかなか辛い。

しかも雨とか降ってたらそれはかなり強烈だ。


最後の5軒目。

どうやら団地のようだが、あまり希望を持てないままバイクを走らせた。

目的地に着き、カッパを脱ぎ、エレベータで最上階へ。

そしてインターホンを押した。

するとドアが開き、メガネをかけた女性が顔を出した。

「あ!夜分にすいません。僕はサマースクール実行委員会の朴と申します。実は、、、」と自己紹介。

「へー。そんなのやってるんやねぇ。実は息子が中1になったばかりで、そろそろそういう自分のルーツとかしっかり知って欲しかったから、もし本人が行くっていうなら行かせてみようかしら?」

「ほんまですかっ!?」

それまで本人に会えず、しかも嘘までつかれ凹みまくっていった俺の心は一気に踊り始めた!

そして、とうとう念願の本人との対面!

まだ小学生さを残しつつも、これからいろんなものを知っていきたいという好奇心が溢れている顔付きだ。

俺は、今までの気持ちを爆発させるかのごとくサマースクールの内容とその意義を熱く語った。

さながらミニ講演会とも言えるものだった。

「てな感じのキャンプなんやけど、どう?参加してみない?」

おれは、おそるおそるその子の返事を待った。

すると、

「うん!行きたい!面白そう!」

来たーー!

快心の一言!!

「うおー!ありがとう!じゃ、早速申込書に名前書いてな!」

そして、母親も呼び手続きを進めようとしたその時、

「ちなみにこれってどこが企画してるんですか?」

と母親が尋ねてきた。

俺は何もためらうことなく答えた。

「はい。これは京都の朝鮮総連の青年同盟というところが企画しているものです!」

すると、母親の表情が一瞬曇った。そして怪訝な表情で、

「え!そうなんですか!?

・・・この話はなかったことにしておいてください。息子もちょっと参加させるのやめさせておきます。」

母親はそう言い、俺は結局、外へ追い出されてしまった。

へ?…

どういうこと?…

何があかんかったの?…

ドアの前で今起こったことが理解できなかった。

1階へ降りて行くエレベーターに乗った時、俺は溢れる涙をとめることができなかった。

本人がサマスに行きたがっているにもかかわらず、なんで親の段階で勝手に判断するんや!

子どもたちがルーツに触れ、自己肯定感を得てもらおうと企画しているだけなのに、どうしてそれが総連というだけで一蹴されんねんっ!!

くやしいっ!

ただただくやしいっ!

あの子の目は、「希望」を抱いた目だった!

それが急な母親の態度の変化により、わけも分からず参加できなくなり、その「希望」が奪われた!

興味を示してくれていたあの子の玄関での最後の表情に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり、くやしさとやるせなさが一気に涙となって出て来た。

組織の違い、祖国の分断がこんなにも悔しい思いを俺にさせるのか!

そして、まだ祖国の分断ということすらよく分からない「あの子」の未来までも奪ってしまっているんか!

俺ら在日朝鮮人は、「祖国の分断」や「民族組織の対立」を、単なる事象のようにとらえほぼ生活に無関係だと思ってしまうけど、そうではなかったのだ!


帰り道、俺は原チャを走らせながら、泣いた。

祖国の分断がどれほど在日同胞社会に影響を及ぼしているのかを痛感しながら、ただただ泣いた。

バイクで走る俺の背中を、月の光がずっと照らしていた。



今日もコリアンボールを探し求める。

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