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第19球「笑えれば」

「俺、M-1 に出たいんやけど相方になってくれへん?」

俺は緊張しながらも、Sに話した。

「え?え?ええぇぇっ!!?」

そりゃ驚くだろう。なんせあの日本一の漫才師を決めるM-1グランプリに一緒に出ようという唐突すぎるにもほどがある誘いなのだから。

Sとは高校生の時に出会った。高校はお互い別だったが、在日コリアン学生が集まる学生会で俺が会長をしていた3年生の時に彼がやって来た。

秋ごろだったので学生会活動はそんなにしていないが、同年齢ということで仲良くなり、卒業後も会える時は会っていた。

ただ、今回は俺がいてもたってもいられなくなり、彼に電話して付近の喫茶店へ呼び出したというわけだ。

「いや、実はもともと芸人になりたいとか漫才したいという思いはあったんやけど、ここ数年M-1見るたびにそれが膨らんできてさ。もちろん芸人になるとかいう思いはないんやけど、漫才はやっぱりちゃんと一回ぐらいやってみたいなぁと思ってな。アマチュアも出れるし、もう今しかない!と思ったわけやねん。」

ずっと秘めていた思いを口から放っていく俺の姿を、彼は少し苦笑いしながら見ていた。

ただ、この動機には補足説明が必要だろう。もちろん「漫才がしたい!」という欲望もある。しかしながら、一方で「現実逃避」という要素も実はあった。

半年前、俺は司法試験の5度目の挑戦に敗れた。

一次試験である択一試験には受かったものの、二次試験である論文試験でまたもや敗れた。

振り返れば努力不足なのだろうが、自分では限界に近い勉強をしたつもりだった。

しかし、敗れた。

奇しくも、来年から法科大学院制度が始まるということで、旧試験は合格者が一気に減り、今後は法科大学院を卒業しないと試験を受けることすらできなくなるという。

さらに、その法科大学院が年間200万円前後かかるということで、実質無職状態の俺には到底不可能であった。

あきらめて就職するか、旧試験を受け続けるか、俺はこの間ずっとこの選択に悩んでいた。

そういった不安定な時に年末に放映されたM-1グランプリを見てしまい、青春時代に抱いていた野望がむっくりと起き上がってきたのだ。

その悩みから逃げてしまいたいという気持ちも合わさって、

「M-1に出て漫才したい!」

と決意するに至った。

「予選の受付が6月から始まって、9月から一次予選が開始する。で、10月、11月と予選があって、12月の決勝を迎えるという流れやねん。今は4月やから一次予選まで約5か月ある。この間にネタ作って練習すれば形にはなると思うんやけど。」

「なるほど。お前が本気なのはよく分かった。ただなぁ、確かに俺も定職についてないフリーターとはいえいきなり相方になってくれっていうのはちょっと抵抗あるというか悩むというか。そもそもなんで俺なの?ほかにいないの?」

「理由はいくつかある。時間の調整がしやすいフリーターやし、笑いに関して見るだけじゃなくてやるほうも嫌いではなさそう。あと、やっぱり同じ在日朝鮮人っていうのも理由にあるかな?」

「いや、まぁ正直漫才とかお笑いは好きやし、やってみたいなぁという気持ちもないわけじゃないけど。ただ、その最後の理由はどういう意味なんかな?」

俺はよくぞ聞いてくれたと思った。

「一般には、ただ単におもしろい漫才をするっていうのが目的なんやろうけど、俺はそこになにか意志というかメッセージ的なものを加えたいと思ってるねん。風刺というか学びというか。」

「え?それは漫才を見ている人に対してってこと?」

「そう!どうせやるなら面白いだけじゃなくて、なにかこう考えさせるというか笑えるんやけど、実は笑えないっていうような少し深みがある内容で勝負してみたいと考えてる。笑わせながらも何かをぶつける感じで。」

「それはそれで何か面白そうやな。うーん、どうしようかなぁ。」

Sは興味を示しつつも、やはりまだ迷っているようだった。

俺はここで時間をおいて返事を後ほどもらおうかと考えたが、一刻も早く準備に取り掛かりたいという思いが強くやはり今日中に返事をもらおうと考えた。

「一緒にやろうや!一回だけでいいし!それにもうコンビ名を決めてるねん!笑いで社会にパッチギするという意味でパッチギーズ!!どう!?」

「パッチギーズ!?そこまで決めてんの!?分かったわ!やるわ!お前の野望に付き合うわ!俺の彼女これ知ったらビックリするやろうなぁ、ははは。」

Sは俺の勢いに押されたのか、同情してくれたのかはわからないが、この途方もない依頼を引き受けてくれた。

「うぉ!コマッソ!お前ならそう言ってくれると思ってたわ!頑張ろうな!彼女も頑張れって言ってくれるって!」

ここにパッチギーズが誕生した。

「で、肝心のネタはどうするの?俺はそんなん作れへんで。」

「大丈夫や!それは俺が作る。ただ、あくまでたたき台やけどな。二人でやる以上は一緒に話し合いながら、ネタを改善しながら作っていこう!」

俺とSは今後の大まかな予定を決め、その日は別れた。

俺は自転車に乗りながら、嬉しさを爆発させて家路についた。


それからというもの俺はPCとにらめっこの日々が続いた。

最低でもネタは二つ必要だった。

さらに、一次予選では2分、二次・三次予選では3分、最終予選では4分と予選の段階に応じてネタの時間を変えなければならなかった。

しかし、ど素人がそんな調整ができるはずもなく、とりあえずいったん時間を気にせず二つ作ってみようと心掛けた。

形式もしゃべくり漫才かコント漫才かで迷った。

ダブルボケは笑い飯のパクリになるからやめようと思っていたが、この二つの形式で悩んだ。

が、練習がしやすく覚えやすいのはコント形式だったし、ネタとしてそちらのほうが作りやすかったので後者にすることにした。

自分の好きなテーマを基に俺はネタを書き上げていった。そして、1か月ぐらいで三つのネタがたたき台として出来上がった。

数日後、俺はSと打ち合わせするべく彼の家に向かった。彼は玄関で出迎えてくれた。

ただ、いつもの陽気さが全くなく、むしろ体調が悪いのか暗い表情をしていた。

「おい、なんかあったんか?体調悪そうやな。今日やめておくか?」

「あ、いや、まぁ大丈夫や。とりあえずネタできたんやろ?始めようや。」

Sはおそらく寝不足だったのだろう。

目が真っ赤になっており、声も少し絞るように出していた。

今から漫才のネタを合わせていくには最悪の状況であった。

「そうか、お前がそう言うならやろうか。この紙を見てほしいんやけど。」

俺はネタが三本書いてある用紙を彼に渡した。

「ではとりあえず読み上げていくし、聞いてみて。で、あとから面白いとか面白くないとか、こうしたら面白いとか言ってもらえればと思う。」

「ああ。分かった。」

そして俺は一つ目のネタを読み上げ始めた。

すると急にすすり泣く声が聞こえ始めた。

俺は驚いてSに目を向けると、なんと彼は泣いているではないか。

「おい!どうしてん!?ここは笑うとこやぞ!!」

「いや、ごめん。やっぱちょっと今日は無理やわ。気持ちがあかんねん。ほんまごめん。」

「なにかあったんやな。ちょっと俺に話してくれや。その気持ちのままやったら俺も今後やりにくいし。」

俺はネタの書かれた用紙をひとまず床に置き、Sの話を聞くことにした。

「いや、その、実はなぁ。俺、昨日、彼女と別れてん。」

「え!?そうなん!?あの日本人の年上の彼女やんな?何回か見たことはあるけど。なんで?」

「別れたっていうか、別れざるを得なかったって言うか。昨日彼女に電話したんやけど、その時に横に彼女の母親がいたらしくてな。で、彼女は母親に在日韓国人の彼氏と付き合ってるっていうのは前から言ってたらしいねん。その度に、韓国人はやめておけ、と彼女に言ってたらしく面白く思ってなかったみたいやわ。」

Sは声と体を少し震わせながら話し続けた。

「で、いきなり彼女の電話を取り上げて俺に向かって『うちの娘は韓国人とは結婚させません!付き合うのやめてもらえますか!』って言ってきてな。俺もう怒りとかそんなん通り越して胸が痛くてな。そのあとすぐに彼女が変わったんやけど、彼女も『ごめん。やっぱり付き合っていくの無理やわ』って言ってそのまま電話切られてさ。こんな別れ方ってあるか?もう昨日から悔しいのと辛いのが合わさってひたすら泣いてたわ。」

俺は聞き終えた後、しばらくどういった言葉をかけたらいいのか分からなかった。

Sのショックが大きすぎて、何を言っても当分は立ち直れなさそうだったからだ。また同時に、こんな分かりやすい差別が身近にまだあるんやという衝撃も受けていた。

「ごめんな。さすがに直近すぎて気持ちが切り替えられへんわ。」

彼の震える声を聞きながら、俺は同情しつつもなんとか切替をしてやれないかと考えた。

「あの、それはめちゃくちゃ辛かったやろうし、今日はさすがに無理やろうと思う。ただ、これは俺の極端な考えかもしれないけど、それ、笑いに変えてしまわないか?」

Sは涙目ながらも唐突な俺の言葉に戸惑っていた。

「不謹慎なんかもしれんけど、辛いことや苦しいことを全部は無理でも多少は笑いに変えることで乗り越えられると俺は思ってるねん。だから、その体験した話をネタにして笑ってしまえばなんとか気持ちも切り替えられるんじゃないかなぁと思って。」

「笑いに、、、変える?」

「そうそう!まぁ、とりあえず今日は帰るわ。ただ、今度それも踏まえたうえでネタ作ってくるしまた見てくれ!辛いと思うけど、最後は笑えれば俺はOKやと思ってるし!じゃ!」

俺はそういうや否や、すぐに家に向かった。いち早く家に帰りネタを書きたくてウズウズしていた。

パッチギーズここにあり!というネタが書けるとワクワクしていた。

その後、俺とSはお互いの家を往復しながらネタを詰めていき、本番に向けて練習を開始した。

時には神社で虫にかまれながら、時には公園で練習中に喧嘩してると思われ警察呼ばれたり、時には時間が合わず携帯電話越しに練習したりした。


そして、9月9日。一次予選の日を迎えた。

「これがあの憧れのなんばグランド花月か!NGKかっ!!」

俺たちは難波まで電車乗り継ぎやってきた。

伝説の漫才師たちの写真を眺めながら会場へと入っていき、受付を済ませた後、自分たちの順番を待った。

会場ではすでに予選が始まっており、出場者が続々と登壇し漫才を披露していた。正直、面白いものはあまりなく、また会場も出場者が観客席に座ってたりもしたので「他のネタで笑うものか!」という変な雰囲気で充満していた。

俺は極度の緊張からやたらと喉が乾くのを覚えたが、Sの変に余裕ぶってる姿に緊張をなんとかほぐすことができた。

「では、Dグループのパッチギーズ!どうぞー!!」

司会の紹介と共に俺たちは舞台に駆け上がった。

二人「どうもー、パッチギーズでーす!」

俺「どうもよろしくお願いします。僕ら実は在日朝鮮人なんですけども、<差別を笑いとばそう!>というのをモットーにがんばっていきたいと思います。ところでS君?ちょっと頼みがあるんやけど?」

S「なんでしょう?」

俺「実はな、俺は今、彼女いいひんねんけどな、一応彼女ができて、その彼女の家に電話して親が出た時の練習したいねん。ほら、あの状況って結構緊張するやんか?事前に練習しといたほうがいいかなと思って。」

S「そんなもん携帯で電話して直接彼女と話したらいいやんけ!」

俺「まぁそうなんやけど、ちょっとせっかくやしやらしてや。俺、今から電話かけるし、君は彼女のオカンやってくれ」

S「しゃあない、分かったわ」

俺「プルルル、プルルル・・・」

S「はい、もしもし?」

俺「あっ!もしもし、僕は・」

S「韓国人はダメです!ガチャン!」

俺「おい!それ思いっきり差別やんけ!しかもなんですぐに韓国人とかって分かんねん!!」

S「いや、なんかキムチの臭いがしたから・・・」

俺「うそつけ!電話でニオイまで伝わるわけないやろ! なんやねんお前は!もうええわ!ところでな電話で思い出したんやけどな、お前「夜回り先生」って知ってる?」

S「あー、あの夜に繁華街とか回って子供らに「このクスリ買わへん?」とか言う人やろ?」

俺「ちゃうわボケ!!逆じゃ逆!お前怒られるぞ!あんなぁ、水谷修っていう人で、深夜の繁華街の誘惑から子供らを守ってはる、凄い人なんじゃ!(ここでパッチギ!)」

S「痛った~!パチキすんなや!」

俺「うっさい!先生を侮辱するな!でな、あの人は夜回りだけじゃなくて、深夜に子供らからの悩みにも電話で丁寧に受け答えをしてはんねん。それで、俺はあの人に憧れてな、一回先生の役をやらしてほしいねん!」

S「お前、夜とかはよ寝るやんけ!」

俺「うっさい!関係ないやろ!とりあえずやらせろ!ほんなら、俺が先生やるから、君が悩める子供の役をやって電話をかけてこい!」

S「分かったわ、やりゃいいんやろ!いくで、プルルル、プルルル・・・」
俺「はい、もしもしパクですけど?」

S「先生・・・俺もうだめだよ、(泣き声で)俺、母子家庭で一人っ子だったのに、昨日オカンが事故で死んじゃってさ、もう生きたくないよ・・・」

俺「そうかぁ。でもな、生きることにあきらめちゃだめだ!生きてりゃ・・・」

S「テレビの音うるさいねん!オカン!!」

俺「オカン生きとるやないか!!なんやねんお前は!おちょくっとんのか先生を!ちょ、もうええわ!代われ!交代じゃ!」

S「ええんかいな!お前さっき先生やりたいって言ってたやんけ!」

俺「うっさい!お前がちゃんとやらへんからじゃ!俺が子供やるから、お前が次先生やれ! いくぞ!プルルル、プルルル」

S「はい、もしもし?」

俺「あっ、先生?俺、もうだめだよ!学校でさ、朝鮮人帰れ!っていじめられるんだよ!俺もう耐えられないよ!俺、死ぬよ!」

S「死んじゃダメだ!いいか、虹はいろんな色があるから美しいんだ!人間だって色んな人がいるから綺麗だし、いらない人なんていないんだよ。分かるか?」

俺「先生!ありがとう!俺、生きるよ!!(半泣き)」

S「よかった。じゃあもう電話切るよ。キムチ臭いから!」

俺「説得力ゼロやんけ!やめさしてもらうわ!(とどめにパッチギ)」

二人「どうもありがとうございました〜。」

拍手はなかった。

途中でネタを飛ばしてしまいそうだったがとりあえずやりきった。

差別ネタをやり抜いてやった。

基本的にスベっていたように思ったが、笑い声も何個かは聞こえた。

終了後、とりあえず達成感に満ち溢れていた。

正直一次通過しているとかはどうでもよくなっていた。

合格かどうかはその日のうちにネットで公開されるということだったので、夕方に二人で梅田の喫茶店に入り時間をつぶした。

「たぶん、落ちてると思うわ。俺も噛んだし、ネタ飛びかけてちょっと動揺したとこあったし。でもここまで付き合ってくれてありがとうな。感謝してる。」

俺はここまで付き合ってくれたSに感謝を述べた。

「いや、俺も楽しかったわ。やってる最中もめちゃくちゃ楽しかったもん。お前が俺の体験をネタにして作り直してきた時は正直驚いたけど、何回も練習するうちにほんまに笑えるようになってきたし、軽く思えるようになってきたわ。こちらこそありがとうな。

結局、人って悲しいことに慣れて笑えるようになれば、それを乗り越えることできるよな!」

「そうやねん!笑いってほんまに偉大やねん!!お!そろそろ合格発表されてるんじゃないか?一応確認してみようか?」

俺たちはSの携帯を開き、おそるおそるM−1のサイトを閲覧した。

<Dグループ、パッチギーズ。敗退。>

「やっぱりな〜!あんなネタを放送できるはずもないし!ははは!」

俺たちは声を合わせて大笑いした。


結局、M−1グランプリには敗退した。

けれど、


なぜか俺たち二人は清々しい気分に浸っていた。


今日もコリアンボールを探し求める。


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