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第9球 「失格」

「ごめん、、、今は誰とも付き合いたくないねん。」

大学生活が始まったばかりの頃、名前を本名にして朝鮮人をさらけ出して生きてやる!と決めた俺だったが、念願の彼女だけは未だにできていなかった。


恋愛に関して自分が朝鮮人であることを悩むのはもうあの丸坊主事件(「第2球」参照)で懲り懲りだ。

俺は同じ同胞女子と付き合いたいのだ!

そんな熱い「下心」を抱きながら留学同(日本の大学及び専門学校に通う在日同胞学生団体)で活動し始めた。

そして、入って最初に気に入った女の子に早くもアプローチしたのだが、

またふられた。

チキショー!!

と夜空に叫ぶもその声は虚しく空回り。

その後、なかなか恋愛につながりそうな事もなく、俺は留学同活動に没頭していった。

留学同活動にも慣れ、その意義も理解し始めた年末、ある同回生の女の子から連絡が来た。

「ちょっと悩みがあって、相談に乗ってくれるかな?」

その子は俺と同じ日本学校出身者で留学同にも最近顔を出し始めていた。

支部も違いあまり絡みがなく、まだ二回ほど食事会の場などであった程度だった。

ただ、めちゃくちゃ可愛かったのだけは覚えていた!

そう、可愛いのだ!

芸能人にいてもおかしくないぐらいの可愛さなのだ!!

「あ、いいよ!じゃ、今度飯でも食べながら聞くよ!」

俺はそう言って、彼女と会う日程を決めた。

(えっ!相談って何やろう!?

ていうかこれってデートちゃうん!?

やばい告白されんのかなっ!

とうとうおれにも春が来たのかしら!!

きゃーきゃー!!)

心の中で一人でウキウキウォッチングを踊りまくっていた。

約束の日、俺は緊張しながら待ち合わせ場所に早めに着いた。

待っていると、小走りに彼女が向かってきた。

(うわっ!髪切ってる!ショートやっ!ていうかやっぱ可愛い!なにこの可愛さ!!悶絶っ!)

「遅れてごめんね。あと今日はごめんね、急に相談持ちかけて。じゃ、行こっか。」

俺は目がハートになりつつも、一気に緊張が高まってきた自分を落ち着かせるのに必死だった。

イタリアンなお店に入り、注文を済ませ、彼女の「相談」を聞く事にした。

簡単に言うと内容はこういったものだった。

・留学同は楽しいけど、それだけじゃなくて同盟員としてやらなければならないこともあって正直戸惑っている。

・日本学校出身だから、なかな朝高卒業生たちと打ち解けにくい。

・名前が通名である事を指摘され、本名にしてみたらと先輩から言われて悩んでいる。

なるほど、確かに一回生の時は新鮮な体験ばかりだし、先輩たちもチヤホヤしてくれるから正直楽しい事ばかりだ。

ただ、二回生になってくるとそれは薄れ、むしろ後輩たちにいかにして朝鮮人としての生き方や考え方に共感してもらうかに四苦八苦するようになる。

早い話が、働きかける側という活動主体になるのだ。

彼女はそれに薄々気づき始め、自分がこのまま留学同にいても居場所がなくなるのではないか?通名の自分が後輩に本名を薦めるようなことができるのか?と不安になるのも無理はなかった。

「同じ日本学校の同回生なら分かってもらえるかなと思ってん・・・」

「なるほどねぇ。確かにそういった不安はあるよな。

俺は一回生の夏から役員になってバリバリやってるからお客さん気分はもう無いけど、君の不安は分からなくも無いよ。」

「ほんまにっ!やっぱり分かってくれると思っててん!」

彼女はずっと誰かに聞いてもらいたかったのだろう。

安堵の表情が満ち溢れていた。

(あ、これはヤバイ!可愛すぎるぞ!惚れてまうぞ!どうすんの俺!?)

とうとう俺に春が訪れる予感がした。


これを機に、俺は彼女とちょくちょく会うようになり、お互い付き合うのも時間の問題のような感じになってきた。

しかし、俺は大きな悩みを抱えていたのだった。

それは、彼女が日本名で生きている、ということだった。

入学と同時に本名宣言し、その解放感に浸り、清涼感に気づき、同回生や上回生にまで本名で生きる事の重要性と意義を説き続けていた俺としては、自分の彼女も本名で生きてもらいたいと思っている。

ましてや、後輩ができ「本名で生きるのって大事やぞ!」とか偉そうに説いているくせに、自分の彼女が日本名だったら説得力も全く無いだろう。

自分が大事だと思っている事を、自分が大事だと思っている人に薦められなければ、やはりそれはウソになる。

彼女と付き合いたい。

でも、必ず俺は本名の話をし続けるだろう。果たして彼女はそれに耐えられるのか?

そんな悩みが俺の中で日々渦巻いていたのだが、

「俺と付き合ってくれない?」

「う、うん。いいよ。」

そう、付き合ってしまった!

理性よりも感情が上回ってしまったのだ。

初めて付き合うチャンスを逃してなるものか!

そんな悩みなんて愛で埋めていくぜ!

付き合っている中で彼女も分かってくれるはずだ!

そう自分を言い聞かせながら、俺はとうとう彼女を作ることができた。

二回生になり、俺がますます留学同活動で忙しくなる中、それでも月に一度は必ずデートした。

映画見たり、食事したり、家に遊びに行ったり、そして念願の鴨川の河川敷で並んで座ったりと、順風満帆な学生生活を送っていた。

しかし、俺の心の奥底では常にあの悩みが潜んでいた。


「彼女は日本名である。」


一ヶ月ぶりのデートで彼女がテンション上がっている時でも、時折「なぁ、名前なんやけど、やっぱり本名にするのは抵抗ある?」といつも聞いてしまう自分がいた。

また留学同活動をしていく内に、自分が朝鮮半島情勢や社会時事に興味を持つようになり、彼女が「聞いてぇ、今日なぁ、親にウォーターベッド買ってもらってん!」などの何気ない会話に対して「ふーん、そうなんやぁ。あ、それよりさぁ、朝鮮学校卒業生って国立大学の受験資格ないって知ってた?」と返してしまうぐらい、彼女の話に共感したり興味を持ってあげることができなくなっていた。

そんな場面が付き合っていく内に多くなり、俺はその度に苦笑いしかできなくなる彼女の顔を見るのがだんだん辛くなってきた。

そして、付き合い始めて半年になろうかとしていた夏、俺は決断した。

別れようと。

このままではお互いしんどいだけやし、今の俺は彼女だけに対して妥協することはできない!

俺は彼女と会う約束をし、平然を装いながらも話を切り出した。

「あの、俺ら付き合ってもう半年になるやん?で、ちょっと真面目な話をしたいんやけど。」

そう言うと、彼女は怪訝な顔をしつつも、俺が何を言いだそうとするのか察したように真剣な顔つきで話を聞き始めた。

「あの、色々考えることがあってな。ほら、俺、この間ずっと君に対して本名にしたら?とか留学同活動を一緒にやろう!とか会うたびに言い続けてたやんか。最初は付き合っていく内に理解し合えるかもとかゆっくり時間かけて話し合えればいいとか考えてたんやけど、やっぱりなかなか妥協できなくて。君も俺に会うたびにそんなこと言われるの正直辛かったやろうし。」

「うん、頭では理解できるし正しいとは思うんやけど、やっぱりなんかいざ行動に移せと言われても私なかなか踏み出せなくて。」

そう言うと、彼女はそれまで抑えていたのか涙を流し始めた。

「怖いねん!まだ、私、あんたみたいに強くなれへんねん!!」

おそらくいつか言いたいと思っていたのであろう。歯がゆい気持ちを真正面から僕にぶつけてきた。

「あ、やっぱりそうやったんやなぁ。君の気持ちをしっかりそこまで知ってあげることができなくて申し訳なく思ってる。」

そして、俺は一呼吸置いて彼女に告げた。

「それで、俺から告白しておいてあれなんやけど、やっぱり俺ら別れた方がいいかなと思ってるねん!前の友達の関係に戻れたらいいかなと。」

少し間があったが、彼女も近々来ると思っていたのであろう。さほど驚きの表情をしていなかった。

「う、うん。やっぱりその方がいいんやろうね。私と会ってる時よりも、後輩と会って語り合ってる時の方が顔がイキイキしてるもん。くやしいけど。留学同活動頑張ってね。」

あれだけ憧れていた「付き合う」ということ。外見も好みの事付き合うということ。

それが「本名で生きるか否か」という価値観によってあっさりと終わることとなった。

自分が朝鮮人ということを言えずに付き合えず、やっと臨んでいた同胞女子と付き合えることになったのに、今度は「価値観の違い」でそれも上手くいかなかった。

もはや、俺の彼女は同胞でかつ本名で留学同活動を理解してくれる女性しかいないな!もうめちゃくちゃマイノリティな存在になるけどな!涙

もう本名で生きて行く意義を説きまくる「本名原理主義者」として生きてやる!

俺はそう覚悟し、初めての彼女と別れることになった。

一年後、間接的にだが、その彼女が日本語読みではあったが本名で学校を通い始めているということを知った。相変わらず、留学同の行事には参加するが活動側に立つことはなかった彼女だが、最終的に学校へは本名で通うことになったのだ。

俺は彼氏としてはあきらかに失格だった。もっと彼女のそばにより添い、ゆっくりともに考えて行くべきだったのだろう。

でも、同じ在日同胞青年としては間違っていなかったのだ。

もちろん、俺だけの影響ではないのだろうけど、俺とのやり取りが少しでも彼女の行動へ繋がっていたのならそれは本望だ。



俺は自分の抱く「本名で生きることの意義」を自分だけにとどまらずもっとたくさんの人に知ってほしい、この清涼感をたくさん人と共有したい、という感情が一気に膨張し始めた。

そして、俺はそれを実践すべくペンを手に取り、その感情を一気に原稿用紙に書き上げた。

それが、まさか日本の教育全体を巻き込む大ごとになろうとは、この時は想像もしていなかった。

今日もコリアンボールを探し求める…

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