見出し画像

第5話

ジェットコースターは楽しかった。お化け屋敷は怖かった。観覧車は2人がすっごく楽しそうだった。

君はこんなデートをするんだね。



週末が終わる。週末が終われば、僕らの繋がりは嘘かのように無くなる。

今日は木曜日。夏休み前の期末テストを来週に控え、自然とクラスは勉強ムードに包まれる。


「○○、今日の予定は?」


「今日は大人しく勉強するよ。夏休みに補習させられるの嫌だし」

俺もこいつも部活に所属していない。夏休みはいつもダラダラ過ごして、気づいたら終わっている。


「頑張ろうな。じゃあ」


昼飯を一緒に食べる、それ以上のことはない。それでも、俺は満足している。

弁当を片付ける。少し寝ようかと思っていた矢先、珍しい来客がやって来た。

「なんで寝てんのよ」


「昼休みをどう使おうと僕の自由じゃないか」


珍しい来客は母親みたいなことを言う。僕には響かないけど。


「まぁ良いや。はい、これ」


渡されたのは4つ折りになったルーズリーフだった。


「何これ?」


「さくらから。ラブレターだってよ」


相変わらずその分野ではさくらに舐められている気がする。


「なら送り返してくれ。そんな安い紙じゃ響かないって」


「生意気言うな!ほい」


遥香が投げた紙は僕まで届かない。僕は仕方なくそれを拾った。


「じゃあね!」


嵐のように去っていった。僕の昼休みはいつもの様子を取り戻す。

机の上の紙を見る。開く気がしなかった。

でも、開かなくて後から言われるのも嫌だ。

開くも地獄、開かぬも地獄。僕は前者を取った。


『今日の預言
君は放課後に図書館に来る。必ず!  』


薄々、僕は気づいていることがあった。

さくらの預言は的中する訳ではない。僕が的中させてあげているんだ。

この手紙だって、預言に見えて命令されているだけだ。しかも念押しで。


「はぁ…」


一息つくと僕は机に突っ伏した。それと同時に昼休みを終えるチャイムが鳴った。

午後の授業中、僕はあることをずっと考えていた。


(僕が預言を叶えなければ、僕がさくらを殺すことはない?)


ずっと迷っていた答えが出た気もする。

言葉の真意は分からなくても、世の中には理解する必要が無いものもある。

少し気が楽になった僕は、放課後、図書館に顔を出すことにした。



7月の図書館は、外の暑さが嘘のように涼しかった。

ひんやりとした室内を奥へ進む。さすがに今日は人が多い。

奥の指定席にはしっかりとさくらの姿があった。


「お、預言的中だね」


「預言は外れたら預言じゃないんだよ。インチキ預言者さん」


直ぐにさくらはムッとした顔を見せた。


「でも、私の預言は外れたことないでしょ?」


「今のところはね。で、要件はなんだい?」


今日はさくらに長々と構ってあげる時間はない。


「じゃあ早速、君の家に行こっか」


さくらはカバンを持って立ち上がる。本人である僕の理解を差し置いて。

「来週、何があるか知ってる?」

「テストでしょ。そんなの知ってますぅ〜」


知っているなら尚更意味がわからない。


「君は頭の病気なのかな?」


「残念。君は預言者には向いていないね」


こうなったさくらは止まらない。僕もさくらの扱い方を少し覚えてきた。

こうして僕は不服ながらも、また、さくらの預言を一つ叶えてしまった。


「え〜、意外と綺麗なんだね」


「どんな想像をしていたのかは聞かないようにするよ」


子供のような煌びやかな目で僕の部屋を眺めるさくら。


「あ!この本、持っててくれてるんだね」


2週間前に貰った一冊の文庫本。題名は…なんだったっけな?


「僕は約束は守るよ。ってか、何してるの?」


さくらはベッドの下を覗いている。


「エッチな本探してるの」


「君の頭の中のテンプレートは古いね」


さくらはつまらなさそうな顔を浮かべる。


「で、さくらは何しに来たの?」


早く用事を済まさせて、さくらを追い出したい。そんな計画は脆くも崩れる。


「テスト勉強だよ。来週のテスト忘れてるの?」


僕の言葉を返された気がして腹が立つ。


「テスト勉強は一人でする派なんだ」


余談だが、僕はテストはまずまずの点数を維持している。

「私が赤点取って、補習になって、夏休み遊べなくなってもいいの?」


前までの僕なら一蹴していただろう。でも、今は少し迷っている。


「旅行する予定もあるんだから、何としても補習は避けたい!」


今不穏な言葉が聞こえた気がする。そこに僕が含まれていないことを切に願う。


「…好きなところ座って良いから」


僕は諦めた。無論、それはテストのことではない。


「分かれば宜しい。あ、私は水で良いよ!」


ここをカフェか何かと勘違いしているのかな?


「コーヒー?」


「水!」


「コーヒー?」


「水!!!」


僕は扉を閉めてキッチンに向かった。



一つ、僕がさくらを見くびっていたことがある。さくらはとても真剣に勉強を始めた。


「ここ分かんない」


「そこはこの数を…」


いつもと違う雰囲気に僕は驚く。

僕の知っているさくらと、僕がまだ知らないさくら。

人付き合いを避けていた僕には、この気持ちを代弁する言葉を知らなかった。


「いやぁ〜、疲れた」


空はすっかり暗くなり、コップの水は共に空になっていた。


「ご両親は心配しないの?」


「まだ帰ってないんじゃないかなぁ」


身の上話は聞いたことが無かった。でも、僕と似ているみたいだ。


「まだやる?」


「もう少しだけ」


僕たちは再び、数学の世界へと没頭した。


「今日で頭が良くなった気がするよ」


「君の頭は単純でいいね」


「えへへ、ありがとう」


皮肉のつもりで言ったが、嬉しいならそれで良い。


「君は先生になれるね」


「生徒がみんな、さくらくらい単純ならね」


また、えへへと笑っている。糠に釘とはこのことだろう。



「今日も送ってくれてありがとね!」


見覚えのある大きな家。自分の家と比べるだけでも烏滸がましい。

さくらはチャイムを鳴らす。しかし、返事はない。


「ね、言ったでしょ?」


「ご両親、忙しいんだね」


「まぁね〜。上がってく?」


残念ながら、その元気も勇気もない。

家の大きさが違っても、僕らはどこか似た者同士。いや、それは僕の思い過ごしだろう。


「今日は預言ないの?」


いつもは少し悩んで答えるさくらだが、今日は間髪入れずにスラリと答えた。


「来週のテストで、私は絶対赤点を取らない。

それが今日の預言」

いつもと変わった預言。そして、いつになく真剣なさくらの表情。


「自分のことは預言って言わないんじゃないかな」


「うるさい!絶対に補習にならないから、旅行楽しみにしててね!」


僕に手を振ると、さくらは扉の向こうに入った。ただいま、という大きな声が僕のところまで漏れ聞こえる。

さくらがやる気になっていることは単純に応援したい。でも…


「旅行ってなんだよ…」


唐突に告げられたもう一つの預言。どうやら、僕はさくらと旅行に行くことになりそうだった。

足早に家路を急ぐ。僕の両親もまだ、家には帰っていないだろう。




「はぁ…」


全学生が無駄だと感じる時間。窓から射し込む光すら、うっとおしく感じる

よくもまぁこんなに長々と話すもんだ。残念なことに、生徒にはほとんど響いていないというのに。

見た感じ、話はいよいよ佳境と言ったところかな。聞いていない僕には確かめる術はないけれど。

長時間の拷問に耐えると、すぐに終業式は幕を閉じる。

大人が作った区切りに付き合わされるのは苦痛だ。さくらも遥香もそう思いながら時間を潰しているに違いない。

いや、この後のビックイベントの方が気になるか。

そんなことを考えながら階段を登る。湿っぽい夏風は僕の足取りを軽くした。

「それじゃあ、テスト返すぞ〜」


先生の一声で教室内に緊張が走る。僕は大体の点数は予想出来ているから、楽しみでも、恐怖でもない。


「賀喜〜」


遥香が呼ばれる。点数表を受け取ると自席ではなく、僕の方へやって来る。

無言で机の上に点数表を置く。が、その顔はどこか誇らしげだ。


「褒めるとかないの?!」


痺れを切らした遥香が口を開く。と、同時に僕の名前が呼ばれる。


「はい」


遥香の隣に僕の点数表を置く。さっきまでのドヤ顔が徐々に歪む。


「なんでよ!」


肩を叩かれる。なんでって言われても、僕は悪くない。


ピロン


僕らのいがみ合いの横で携帯に通知が入る。


『放課後、図書室に集合!』


せっかくの半日授業だというのに、少し、いや、かなり不服だ。


「一緒に勉強したんでしょ。結果くらい聞いてあげなさいよ」


「さくらから聞いたの?」


遥香はすごくニヤニヤしていた。

「とっても嬉しそうだったよ」


喜ばれるのは悪いことではない。友達付き合いが希薄な僕には初めての経験だった。


「ほら、ホームルームやるぞぉー」


遥香が席に戻って行く。顔はずっとニヤついていた。僕に負けた癖に。

ホームルームの内容は大して入ってこなかった。


ホームルームを終えると、夏休みの扉が開く。

夏休みに浮かれた学生たちは、もう学校には残っていなかった。

僕は遥香と2人で図書室に向かう。その道すがら、すれ違った人はいない。


「○○は夏休み何か予定でもあるの?」


無いよ、と言い切りたかった。でも、僕は予定を知っている。

「旅行に行くんだ。もちろん、遥香もね」


「えっ?」


戸惑うのは当たり前だ。僕もまだ、理解が追いついていない。


「まぁそれもこれも、さくら次第だけどね」


遥香はまだ戸惑っている。僕は気にせず、図書室の扉を開けた。

「やぁ!」


さくらはいつもの机に座っていた。僕は慣れな手つきで椅子を2脚移動させた。


「よく来てくれたね2人とも」


上から目線が鼻につく。言い返したところでどうにもならないのは知っている。


「これを見たまえ!」


さくらは机の上に点数表を置いた。自信満々に。

僕と遥香はそれを覗き込む。僕は特に感想はない。遥香も特に何も言わなかった。


「もう!何か言ってよ!」


さくらの点数は決して褒められたものではない。でも、どの教科も赤点を絶妙なラインで回避していた。


「頑張ったね、さく」


さくらは嬉しそうに笑う。

「僕のおかげかな?」


「半分はそういうことにしてあげる。でも、まずは私を褒めなさい!」


「よく頑張ったね」


「あ、思ってないなぁ?」


残念ながら、これは本心だった。でも、恥ずかしいから2回目は言わない。

「夏休み遊べそうで良かったね!」


遥香と2人でキャッキャしていた。僕はこの中に割って入る気はない。


「じゃあ早速、2人とも明日6時に駅ね!」


「6時って…夕方?」


さくらは首を横に振る。まさか、こんなに迅速に決行されるとは思ってもいなかった。

「もちろん、朝だよ〜」


「そんなに早くから何するの?」


さすがの遥香も置いてけぼりをくらっていた。


「新幹線に乗るの!だって…」


さくらは言葉を溜めた。

「明日から福岡だからね!」


驚き過ぎると無意識に声が漏れる。誰もいない図書室に僕と遥香の声が響いた。


……To be continued

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?