ちひろ

十姉妹(じゅうしまつ)読書会主催。鼻歌唄って、ご機嫌でいることにすべてを注ぎます。読書…

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十姉妹(じゅうしまつ)読書会主催。鼻歌唄って、ご機嫌でいることにすべてを注ぎます。読書会レポートや働きながら思ったことを徒然に。

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  • 読書会レポート

    読書会のレポートです。

最近の記事

読書会レポ 4月17日(日)テーマ:「新しい」

今回の読書会のテーマは「新しい」。 仕事でも私生活でも、特に代わり映えの無い毎日を送っている私ですが、この4月という季節はなんとなくそわそわしてしまいます。 電車に乗っていても、真新しく少し大きなサイズの制服を着た学生さんや、汚れ一つない靴やカバンを身に着けた若いスーツ姿の方々を見かけると、「ああそうだ。今ってそういう季節だよな。」と気づかされますね。 「自分の中にも新しい風を!」と思い今回はこのテーマに設定しました。(笑) 今回の読書会では、皆さんそれぞれの解釈で「新

    • 生きていることの意味も、価値も何も分からないまま大人になってしまったけど、これが人生だという事は分かる。

      最近、twitterのspaceが大好きです。知っている人の声を聴きながら作業をすると、なんだか気分が良いのです。そんでもって、参加して自分が発言するのも楽しい。 ついこの間も、読書仲間たちとspaceをしていたのですが、 「なぜ本を読むのか」という話題が出ました。spaceが終わった後もぐずぐずと物事の『意味』や『価値』を考えていました。(この「なぜ本を読むのか」というテーマについては、また来週8月5日spaceで皆さんと語ることにしたので掘り下げるのは置いておきます。

      • あなたの中に私を見る。私の中にあなたを見る。

        最近youtubeでこのショートフィルムを見てすごく考えさせられました。 露出狂の多肉植物を愛している男と、ワニを飼うヤク中の女のラブストーリー。 短い短いラブストーリーなんです。 男が女に一目ぼれし、どこか欠けていて、満たされない部分を持つ二人はあっという間に惹かれ会います。けど、女は、家でワニを飼っているのをばれたくなくて男に必死で隠すんですね。が、のちに、それがばれ、男はワニを見てしまいます。 そうして二人は、なんとなく離れてしまい、またいつもの日常に戻っていく

        • 失敗した時は「いいよいいよ。大丈夫。大変だったね。」って言うだけでいい。反省も後悔も寝てからでいい。

          何も失敗しないで生きてる人っていないです。けど、誰しも「自分ばかりが失敗してる」と思って生きているもんでもありますね。 仕事でやらかしたり、恋愛が失敗続きだったり。ただ生活しているだけでも、もう、いろんなことがあります。 そして、なにか失敗してしまったとき。 「いいよ、いいよ。大丈夫。大変だったね。」 という以外に言葉ってなにも必要ないと思うのです。反省とか、後悔とか、改善策を考えるとか一旦寝てからでいいんです。大体、失敗した時って、誰に何を言われるでもなく、人は動揺

        読書会レポ 4月17日(日)テーマ:「新しい」

        • 生きていることの意味も、価値も何も分からないまま大人になってしまったけど、これが人生だという事は分かる。

        • あなたの中に私を見る。私の中にあなたを見る。

        • 失敗した時は「いいよいいよ。大丈夫。大変だったね。」って言うだけでいい。反省も後悔も寝てからでいい。

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          1本

        記事

          あなたは休んでいいんですよ。

          今日はいい加減な話をしますね。金曜の夜ですから、頭がゆるくなるような話を。 私は精神科看護師として働いているのですが、働いていて本当によく思うことがあります。 「休むことを何故みんなこんなにも恐れているのだろう」。 ということです。 「休息」を取る事に対する罪悪感。これは、確実に心を蝕みます。 たとえ、横になってごろごろしてたって、一日中youtubeを見ていたって、この思いがあるとちっとも休まりません。むしろどんどん疲弊していきます。 人はずっと走り続けることは

          あなたは休んでいいんですよ。

          どうしたって後悔の残るこの人生だから。

          最近この本を読んでいます。 「どうしても生きてる」朝井リョウ 本書の中で、こんなフレーズがあります。 「どこに向かって進んだって後ろめたさの残る歴史を歩み続ける以外に、この人生に選択肢はない」どうしても生きてるp108より 私たちは日常において、何か選択することを絶えず行っています。それは、「どこに住むか」「どの会社で働くか」「どの学校に通うか」というような分かりやすい大きなことから、「どのスーパーで買い物をするか」「ビールにするか、ハイボールにするか」「入浴剤は何の

          どうしたって後悔の残るこの人生だから。

          銭湯は心のシェルターだ。

          根っからの銭湯好きです。家の近くに銭湯があるんで、休みになると銭湯に行くことがほぼ日課となっています。 そして、今日も今日とて、銭湯に行ってきたわけなんですが、お風呂に入りながら、ふとこんなことを考えていました。 「銭湯って心のシェルターだ」 と、いうのも、そこは女性しかいない閉ざされた空間な訳です。そして、持ち物と言えば自前のシャンプーリンスくらい。何も持ち合わせていません。流行りの服も、新作の口紅も、全部そこには持って入れません。なんなら、髪の毛だってぺたんこです。

          銭湯は心のシェルターだ。

          なぜ、本を読むのか?考えてみた。

          「趣味はなんですか?」 と聞かれたら「読書」と答えます。私の趣味は読書です。なんか、中学生英語の翻訳みたいになりましたけど、本当です。 でも、そもそも私は何で本を読んでいるのだろう?と、ふと考えました。 「本を読む」というのは、文字を目線で追い、ページをめくる。というとても単純な作業です。体はびくとも動きません。けど、そのぴくりとも動かない体の中で、上がったり下がったり忙しく心は動いているのです。 考えてみれば不思議なものです。誰に頼まれたわけでもなく、好き好んでこん

          なぜ、本を読むのか?考えてみた。

          時に感情にのまれそうになりながら、何とか理性を絞り出し物事を決める事。これが成長なのだろう。

          人間関係において、どれだけ人との接し方を勉強してみても、「他人」というのは、往々にして良く分からないものです。 私は仕事柄、昔から「人の心」や「コミュニケーション」に関する本などを読んできました。けど、「自分が人との接し方が上手くなったなあ」なんて思った事がありません。(笑)そもそも、人と接するのが苦手だから、こういう本を読んでいるわけで、他の人は違うのかもしれないんですが。だいたい、「感情」ってのが邪魔して、全然思い通りに行動できないもんだな、と日々痛感します。 人と人

          時に感情にのまれそうになりながら、何とか理性を絞り出し物事を決める事。これが成長なのだろう。

          「寂しい」時の応急処置10。

          先日、知人のオンライン読書会に参加してきました。その際、同じ参加者の方が 「コロナ禍で意識的にこういったオンラインでの交流を作るようにしてる。孤独は本当にとメンタルによくない。」 と、話されているのを聞いて、思わず「本当だよ…」つぶやいてしましました。 人によっては(私の近しい友人)、 「コロナ前と後と、何も生活変わらない。家サイコ―!!」 と、いう孤独に対して耐性がある人もいますね。特別どこかに行かなくても、誰かに合わなくても、淡々と日々を過ごしていけるタイプの人

          「寂しい」時の応急処置10。

          ただ、話を聴いてもらうこと。それが「愛」という心の薬になるのだ。

          ぼちぼち、バレンタインデーですね。 「愛」について。なんて、日々生きてて考える事ありませんが、これだけ街にハートマークをしたチョコが溢れていると、ふと、そんなことを考えてみたりします。 と、いうのも、読書会の次回テーマが「愛」というお題だから、というのもあるんですが。 「愛」と聞いて、思い出すのはこの本です。 「ラブという薬」。 いとうせいこう氏と、星野概念氏の対談なのですが、この二人は、患者・主治医。という関係性でもあるのです。星野概念氏は、精神科医であり、いとう

          ただ、話を聴いてもらうこと。それが「愛」という心の薬になるのだ。

          看護師を辞めようと、思ったときの話。

          私が看護師として働きだして6年ほどが経とうとしています。 こんなタイトルなんですが、一応看護師として今も働いています。(笑) 私は、高校卒業の年に専門学校に入り、そのままストレートで看護師になりました。もう、18歳からこの業界なんで、友達の多くが同業者です。 そんな、看護師仲間同士で話しているとよく出てくる鉄板ワードが 「まじでもう無理。仕事辞めたい。」 ですね。看護師の皆さんならあるあるかと思うんですが。 私も本当にそれ思っていました。今日は、私が「看護師やめよ

          看護師を辞めようと、思ったときの話。

          とりあえず、「これでいいのだ」と自分に言い聞かせれば、よく眠れて自然と明日がくるでしょうよ。という話。

          今日はゆるい話をしたいと思います。 というのも、自分自身に疑問を持つことってありませんか。 「このままでいいのか?」という類の、自分にクエスチョンマーク出しちゃうやつです。 それは、何かに没頭していると引っ込んでいるんですが、ふと、暇になったとき、頭の中にこの考えが広がります。 仕事のこと、自分自身のこと、人間関係のこと、お金のこと…。本当、日々悩みの種は尽きません。放っておけば、心はすぐ、悲観的なことを考えだします。 「このままではだめだ」 という、自分自身にダ

          とりあえず、「これでいいのだ」と自分に言い聞かせれば、よく眠れて自然と明日がくるでしょうよ。という話。

          もし、「神様」がいるなら、なぜこんなにも訳の分からない事ばかりを起こして、人生を複雑にするのか?と問いたいと思っていた。

          私は看護師をしているのですが、「病院」という場所は様々な人の人生の節目で織りなされた不思議な空間だなと思う時があります。 そして、そこには答えのない、理解の出来ない事が多くありました。 というか、そもそも、生活の中には、とても理解できないような「エラー」が発生することがあります。病気や事故、犯罪、災害・・・。何の悪いこともしていない善良な人が、一瞬にして人生を変えられてしまう。そんな「エラー」が起きますね。この、コロナだってその一つのように思います。 人は、そこに意味や

          もし、「神様」がいるなら、なぜこんなにも訳の分からない事ばかりを起こして、人生を複雑にするのか?と問いたいと思っていた。

          憂鬱な人は「遠くをみろ」という話。

          最近、アランの「幸福論」にハマって、いろんな訳のバージョンを読んでいます。今はこちら↓の幸福論(村井章子訳 日経BP)を読んでいます。こちらなかなか、分かりやすくて一番お気に入りです。もし、アランの幸福論入門されるかたはこちらおすすめです。 それでもって、最近気に入っている言葉がこれです。 「憂鬱になった人に私が言えるのは、一言しかない。「遠くを見なさい」ということだ。(中略)自分のことを考えるのはやめて、遠くをみることである。」アラン 幸福論p322 村井章子訳 日経B

          憂鬱な人は「遠くをみろ」という話。

          「自分がされて嬉しいことを、人にもしてあげなさい。」が、男女のすれ違いを生み出している気がする。

          もうすぐバレンタインデーですね。今日はちょっと、柄にもなく恋愛のことを。 「自分がされて嬉しいことを、人にもしてあげなさい」 これ、子供の時に、よく言われた言葉でした。 優しさ、親切、思いやり・・・とか、そんなのが続いていたと思うんですが、忘れました。 けど、最近思うんです。この考えって、男女のすれ違いの原因なんではないかと。 例えば、私は、寿司が大好物です。けど、寿司で魚を釣る事は出来ないように。自分が「欲しいもの」と相手の「欲しいもの」ってのは、全然違うもの。自

          「自分がされて嬉しいことを、人にもしてあげなさい。」が、男女のすれ違いを生み出している気がする。