海の家一年振り返り_181201_0207

僕が大切にしていること

こんばんはraizouです。前回の続きで、僕が大切にしていることについて書こうと思います。


僕が大切にしていること「仲間」

いろいろ悩みまくってる僕ですが、そんな僕にも一つ大切にしていることがあります。
それは「仲間」です。

僕が今までの人生で心から楽しかったと言えるものが二つあります。
それは、小学校から高校まで続けた「野球」、大学で自分で企画し、立ち上げた「海の家」です。
これらに照らし合わせ、なぜ仲間が大切なのか?について書いていきます。


周りに合わせてた小学生時代

これから、仲間が大切だと思うに至った原体験について書いていきますが、1つ誤解してほしくないことがあります。この経験はあくまで自分の心にすごく残っているってだけで、決して悲劇のヒロインみたいに同情を求めようとかは全く思ってないです!そこらへんご理解して読んでいただけると嬉しいです。

前置きが長くなりましたが、
まずは小学校時代の自分について。

小学校時代の僕はどんな人間だったかというと、
人の顔色ばかりを見る性格
家が離れていたため、なかなか友達と遊べない環境
という感じでした。

親から人に迷惑をかけることはするなと常に言われてきた影響もあり、常に周りからどう思われてるんだろうとビクビク生きていました。
相手を不快な思いをさせないようにとずっと考えていたため、言いたいことも言えないし、我慢ばかりがたまる日々でした。
さらに友達と遊ぶにも移動に時間がかかる環境だったため、
(学校の授業終わる→1時間弱かけて帰宅→宿題→1時間弱かけて友達の家に)
友達と遊ぶ時間も30分くらいしかなかったです。
そんな僕の当時の夢は、「友達がたくさんいる住宅街に住むこと」
我慢と寂しさがかなり溜まってた小学校時代でした。


自分を偽っていた中学生時代

続いて、中学生時代の話です。
今思うと、この時期はもう本当に最悪でした。
自分を偽りまくって感覚がマヒしてたと思います。

まず僕は、小学校から続けていた野球部に入ることにします。
だが、入部するやいなや、バカでかい問題が発生…
小学校から抱えていた肘のケガの影響で中学3年間野球ができないという事態に…
詳しく言うと時間が経てば治ると言われ続け、治療を続けていたが、結果手術しないと治らないことが野球引退してから判明…
手術しないと治らないことを知ってたら、たぶん野球続けてません。

野球ができないのに野球部に所属している。せめてもとできることを探し、マネージャーや走り込み、逆手投げなどはやっていましたが、
みんなと同じようにプレーができなかったので、どこか孤独感を感じながら野球部員をしていました。

その問題は学校生活にも影響してきました。
小学校から親の教えで勉強だけはしてきたので、少しばかり勉強は得意でした。でも野球部のみんなからすると、野球は全然やってないのに、勉強はできるということで、すごく白い目を向けられていました。

僕はそれがすごくつらかったので、今まで5教科で480点くらいとれていたテストをわざと点数を下げるようにし、250点くらいまで下げるようなことをしていました。
みんなに仲良くしてもらいたいという想いで、わざとバカなふりをするようになってたんです。さらにエスカレートし、授業中に勝手に外でボケまくったり、学校の壁に文字を彫ったりして、ほんと悲惨な状況でした。

当時の僕は、自分をバカに見せることで、みんなが笑ってくれて、みんなが僕を認めてくれたので、嬉しかったんです。
でも、本当の自分じゃない、ピエロになった自分をみんなに認めてもらったので、心にずっと違和感を感じて生きていました。


素の自分で全力で生きた高校生時代

そんな感じでなあなあに生きてた自分も高校に進学します。
この高校時代は僕の人生の中で一つの大きな転機でした。

肘のケガも治り、もう一度野球に挑戦しようと、硬式野球部に入部しました。中学3年間まともに野球をやっていなかったので、始めは不安だらけでした。
でもやっぱり野球ができるのが楽しくて、中学の頃とは打って変わって真剣に野球にのめりこんでいきました。全力で体を動かせるってことで、起きてから寝るまで、野球漬けの日々でした。

僕がこの高校時代のエピソードで一番伝えたいことは全力でプレーできた楽しさではなく、
素の自分を受け入れてくれた仲間の存在です。

自分の高校は決して強い高校ではありません。だけど、野球部の仲間は、みんな本気で甲子園を目指し、全力で野球に取り組んでいました。
そんな仲間がいてくれたからこそ、自分も全力で野球をしていたと思います。意見の食い違いでケンカすることもあったし、夜遅くまで練習しすぎて学校に怒られたこともありましたw
結果、甲子園に出場できなかったけど、全力の自分を受け入れてくれ、一緒に全力で野球に励んだ仲間は一生の存在です。

中学時代の自分を偽り、みんなに合わせてた自分とは全く違い、本当に心からイキイキと生きていました。


海の家を立ち上げた大学時代

そして大学に進学します。
紆余曲折あり、志望校ではありませんでしたが、入学当初から
「いずれ社会に出るから、たくさんのことを経験しよう」とボランティアや学生団体、地域団体での活動、他大学との連携活動など積極的に動きまわってました。

そんな中、大学3年のある日、高校の野球部で同期だった友達が、「海の家を開いてみない?」と誘ってくれ、即答で「やる!!」と返事。
高校野球部の同期三人で海の家を立ち上げました。
(うちの海の家はちょっと変わってて従来のうぇい~って感じではなく、過疎地で地域貢献を目的にやってます。)

今年で2年目を迎えた海の家ですが、めちゃくちゃ楽しいです。
それは、「素の自分を受け入れてくれる仲間がいる」からです。
もう小・中学生の時のように自分を偽ることなく、全力で向き合えるからです。
自分の未熟さゆえ仲間に迷惑をかけることも多々ありますが、それでもついてきてくれる仲間がいることはとても幸せなことだと改めて感じます。


まとめ

僕は小さい時から、偽った自分でいる時間が多かった。
それが苦しかったから、ありのままの自分でいたかった。
でも人の目を気にする性格だから、それを受け入れてくれる仲間の存在はとても大きかった。

だから、「仲間の存在」が大切なんだと思います。

これからは、ありのままの自分について、自分が本当に好きなことや大切ににしたいことをより考えていこうかと思います。
長文になってしまいましたが、最後までお読み頂き、ありがとうございました!!

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