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「バッテラと源内」原案:酒と味醂

【原案】
節分になると恵方巻きが注目されるがその陰に隠れた「バッテラ寿司」が
タイムマシンに乗り平賀源内に会いに行く


 俺が入っていた木箱がタイムマシンであることは知っていたが、使うのは初めてである。
 
 空前の「恵方巻き」ブーム。うちの寿司屋は押寿司(おしずし)を扱う店のため、主人とくれば節分が近くなるたびに、恵方に向かって呪詛を唱える始末。時折スマホで「バッテラ、語源」と検索し「ポルトガル語の小舟バッテイラに形が似ていることが由来」と読み上げると「こんな地味な由来じゃ売れるわけねえだろ」と嘆息する。
 
 生みの親ながら、失礼なやつである。とはいえ、親が精神的に参っている状況を放ってはおけない。バッテラとして、ひと肌脱ぐ時がきたようだ。
 
 「ということで、平賀源内さん。以前、うなぎのコピーを考えたでしょう。丑の日に「う」のつくものを食べよう、とかなんとか。ここはひとつ、バッテラが節分に流行するような、そんな由緒ある物語を拵えてはくれないですかね、ん?源内さん?」
 
 時空の裂け目から鯖寿司が出現すれば、いくら天才・平賀源内であっても気を失うらしい。手元にあった妙な箱より火花が散って、ようやく気がつく。目の前には喋る鯖寿司。再び気を失いそうになる。なんとか引き止め、事情を話す。
 
 「いいでしょう、最近、このエレキを発生させる木箱の凄さを誰も理解してくれず少しイラついていたところです。私の頭脳で鯖寿司を流行らせてあげようじゃありませんか」
 
 ところで、源内は俺が出てきた箇所あたりを眺めると、
 
 「しかし、あなたが乗ってきた木箱は焼けてしまっている。私が仮にあなたを流行させることができたとして、どうやって戻るのです?」
 
 そうなのだ。タイムマシンの箱は半分以上、時空の摩擦で焼け焦げてしまった。元の時代に戻れないのはバッテラなりに困る。
 
 源内は暫く焼けた木箱を手に取り、仔細に眺める。仕組みを理解したとみえ「あとはエレキの力を貯める蓄電池さえあれば…」と辺りを見渡す。俺と目があう。源内は何か閃いたらしく、俺をむずと掴むと、火花の出る箱に無理やり詰め込み、取っ手をぐるぐる回す。
 
 果たして「エレキテル」は俺自身をエネルギーに使うタイムマシンとなり、現代に戻された。
 
 未来が変わっていた。
 店は活気にあふれ、主人もホクホク。客が次々に俺の兄弟たちを買っていく。無論、中身は変わらず「バッテラ」である。何がどう変わったのか。こっそり、主人のスマホで「バッテラ、語源」と検索。
 
 「平賀源内が訪ねてきた鯖寿司をエレキテルの中に押し込み、鯖寿司自体をバッテリーにして元の時代に返した、という伝説から。バッテラ、とはバッテリーが訛ったもの」
 
 なるほど、確かに派手な由来だ。
 売れていく兄弟たちを眺めながら、「普通に鯖の巻き寿司を売った方が早いのでは」とバッテラなりに思った。

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