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サボテンの缶が転がったから



 サボテンの缶が転がった。


 いつだったか、久々に立ち寄ったロフトで見かけた、サボテンの栽培キット。
 手のひらサイズで種が同梱されている、ワンコインくらいの缶。

 ちまっこいものが好きで、多肉植物にも興味があったけれど猫がいるからな…と躊躇していたのに、なぜか疲れた頭で衝動買いしてしまった。


 夜寝る前、そういえばとバッグからいそいそ缶を取り出し、ふたを開けてみる。思った以上に土土しい匂いのする土を缶の内側のカップにあけ、はたしてこれが写真のような多肉になるのかと首を捻りながら、ほんのちっっこい5粒ほどの種を均等に土に押し込んだ。


 いままであまり育てた経験もないから、パッケージ裏の <育て方> みたいな欄にも一通り目を通し、なるほど最初の芽が出るまでは水もそれなりにやらねばならんのか、人間みたいだなあなどと適当なことを思いながら、ひとまず作業を終え、もう種がどこにあるのかもわからなくなった缶は、ベランダの窓からすぐのところにそっと置かれた。




 翌日は台風だった。


 ごうごうと窓にたたきつける風の音。
 外の視界がほとんど見えなくなるほどの雨。

 窓を開けてみるまでもない。サボテンの缶は転がって端の方に追いやられていた。

 もともと土と同化していた種がどこへいったのかなんて見当もつかない。流されてどこかの土に芽吹いていでもしたら面白いのだけれど(多分実際はめちゃめちゃ迷惑行為なので本当は良くない)。


 台風が過ぎ去り、晴れ上がった空の下ぽつんと転がった缶に、どこか自分の未来が見えた。


 とにかく今は日々新しいことに触れ続け、いうなれば種をまいている状態。どこにどのような種が植えられているのか、一度まいてしまえばもうわからない。本当に種をまいたのかも怪しい。芽吹くのかなんてもっと怪しい。それでもその時までは、水を与え続けなければならない。


 多分今は待つときなんだろう。いつどこに芽がひょっこりと顔を見せてもすっと対応できるように、とりあえず缶が転がらないように、筋トレでもしてどっしりと構えておかなくちゃなあ。


鈴木洛

翻訳とデザインを勉強中のしがない学生。文化的なことは大抵何でも好きなザ・中途半端人間ですが、何卒お手柔らかにどうぞ。
あと猫も好き。NO CAT, NO LIFE.

ことばのZINE「ザイン?」共同制作者

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