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前略草々 ニッポン経済の視野 4

前略

 今日もニッポン経済の視野について考察していく。

 ここまで「Aさんとニッポンの五人の創作と価格設定について表した思考模型」を使って考察してきた。Aさんが価格を設定する時には「未来経費」が上乗せされているし、ニッポンの五人が価格を設定する時には「消費者に手が届く範囲」が考慮されている。前者は創作者を重んじ、後者は消費者に優しいと言える。

 このAさんとニッポンの五人の思考模型を使ってもっと様々なケースを考えることはできる。

 たとえば、ニッポンの五人が模倣カスタマイズして製作したものをAさんの国で売ったらどうなるか。それも価格を10万円のままにするか、あるいは100万円にするかによって結果は異なるだろう。
 次に、ニッポンの五人が模倣カスタマイズして製作したものをさらに別のニッポンの五人が模倣カスタマイズして製作した場合についても考察することができる。この場合、価格設定は最初のニッポンの五人が「消費者に手が届く範囲」を考慮したのに対して、恐らく「最初のニッポンの五人の設定よりも安い値段」にチャレンジするだろう。あるいは、何かよりよいものを商品に付加して同じ価格にするか、少しだけ高めに設定することもあり得るだろう。いずれにしても基準は最初のニッポンの五人が設定した価格となる。

 つまり、どのようなバリエーションがあろうとも、AさんはAさん自身が次に別の100万円程度のものを創作するために必要な「未来経費」を加味して創作者にとって必要な分が基準になっているのに対して、最初のニッポンの五人や次のニッポンの五人は「消費者に手が届く範囲」と「価格競争」が価格設定における基準となっていることがわかる。ここには「未来経費」は含まれていない。「模倣カスタマイズするための経費」と「創造のための経費」は桁違いであり、模倣カスタマイズするための経費は相対的に考えれば会計上ゴミのようなものなのだ。
 そこでAさんの国では防衛の為にありとあらゆるものに対して特許を主張し始めた。模倣カスタマイズするためには高いライセンス料を支払わなければいけない。あまりに厳しいと考えたくなるが、実際に創造のためにかかる経費を考慮するならば仕方がないだろう。
 そうなると、ニッポンの五人は国内にAさんのような創造者を探そうとし始める。まだライセンスの設定が甘いエリアで創造物を探し出し、それを模倣カスタマイズして製作し、100万円ではなく、これまでの習慣となっている「消費者に手が届く範囲」と「価格競争」を基準に、「だいたい10万かな」と設定してしまう。創造したことがないので、そこにかけておくべき「未来経費」の存在がわからないからだ。実際、「未来経費」を掛けたところで、創造するために必要な時間の過ごし方がわからなければ、酒場で酒を一気飲みして使い果たすのではないか。

 これでは当然物価は上がらないばかりか、創造する人を徹底的に潰し、全体に賃金は下がり、他国との競争に敗れて原料も新しい情報も取れなくなり、ニッポンは衰退する。

 どうしてこのようなことになったのか。
 それは、最初に仮説を立てたように、日本のメディアで時々語られる「日本人の劣等性」の為なのか、あるいは私自身が考えた「グレインサイズの忘却」の為なのか。
 グレインサイズは苫米地英人さんがコンピュータサイエンスの用語から抽出して認識のフレームを表す概念として再定義されたものだ。かつてフレームやゲシュタルトと呼ばれたものを改めてグレインサイズと定義し直したと仰っている。これは素晴らしい再定義だと私は思った。というのは、「サイズ」という言葉が入っている。「今、あなたが認識しているフレームはどのサイズのものですか」と考えさせるネーミングなのだ。

 価格設定において「消費者に手が届く範囲」を考えるのは優しいことのようだが、これではニッポンの消費者しか見ていないし(グレインサイズの小ささ問題)、新しいニッポンの五人が最初のニッポンの五人との価格競争に勝つために価格設定しようとするのは、横並びの隣の店に勝つことしか見ていないことになる。視野が低い状態(グレインサイズの低階層問題)になっている。いずれニッポン全体の価値を引き下げ、いずれ海外でものを買うことができなくなるだろうとの見通しが含まれていない。
 もちろん「牛丼がやすい」のは話が分かる。牛丼はニッポンが創造したものだから、他国にあるオリジナルと比較することができない。単に「消費者に優しい」だけで、易さ(easy)と言ってもいい。しかし、どこか他国にあるものを模倣カスタマイズして製作したものが、他国に比べて安価である場合、ニッポンは相対的に安い(low)ことになるし、たとえ国内で狩りをして自己模倣したとしても、相対的に安い価格を基準にし続ければ創造力を養うための資本は作られない。価格だけ上げても狩りで創造者を潰し続ければ国としての創造力がなくなることは上にも記した。

 ということで、今日はここまでにしよう。話題がようやくグレインサイズ問題へと向かい始めた。続きはまた明日。

草々

(米田素子)


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