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【自作小説】クロッカスの舞う夜に。#5

 デートらしい夜を過ごした昨日から一夜が明け、何も変わらない休日の土曜。次回彼と会うまでにしておきたい事が二つあった。一つは彼が好きだと言っていたように髪を短くすること。二つ目は自分でも好きな香水を見つけること。香水に関しては、彼と全く同じ、金木犀の香りのするものにすると明からさまに寄せにいってしまっているので、それに近しい香りを探そうと思っている。今日はまず髪を切ることにした。東京の有名スタイリストに施術してもらっている訳ではないので、予約が数ヶ月後先まで埋まっているなんてことは無いだろうけれど、ダメ元でいつもの美容室へ電話をしてみた。

 3ヶ月に一度しか美容室へ行かないので、電話帳から電話番号を探しだし、電話をかける。いつも担当してくれている女性のスタイリストさんが電話に出てくれた。

 軽い世間話も挟みながら5分程度話し、今日の午後からであれば可能だということだったので予約をした。

 今日は普段より体感温度が低く、尚且つゆとりのある服が好みの私はフード付きのパーカーを来て外に出たいと思っていた。しかし以前美容室にその格好で行ったとき、相手にもこちらにも、良いことは無かった事を思い出した(後ろ髪が切りづらいのと、髪の毛が服の中に入りがち)のでフードの付いていない服を選んだ。世の中の男性は、女はいつでも完璧だと思っていることが少なく無い気がするが、意外と大雑把だ。意外というよりもちろん。

 会社とは反対方向の電車に乗り、銀川線東栗山ひがしくりやま駅に到着した。駅からすぐのところにお店があるのだが、予約した時間まで40分ほどあるので回り道をしながら歩いて向かった。駅から美容室までの道すがら小腹が空いてしまったので、ファストフード店でハンバーガーを食べてしまったのは、休日なので良しとした。

 行き慣れた美容室だが、入り口の扉を開けるときは毎回少し緊張する。エレベーターの中にある大鏡で前髪と服を整え、ドアノブを持つ一歩前で一呼吸置き、扉を開ける。

 出迎えてくれたのがいつものスタイリストさんで、幾分気持ちが楽になった。

 席に案内され、「今日はどうしますかー?」と、定番の質問をされる。

 普段なら、いつもと同じ感じでと答えるところなのだが、今日はイメージチェンジをするために来たのだ。

「今日は結構短くしようかなって」私が少し恥ずかしげに言ったからなのか、女の子の勘なのか、ニヤリと意地悪そうな顔で彼女は鏡越しに笑っているのが見えた。

「珍しいですねー。もしかして好きな人でもできました?」

 やはり見破られていたので、隠す必要も無いなと話すことにした。

「実はね・・・。で、その人が昨日ショートカット好きだって言ってたから。そうなったらやっぱり短くしちゃうじゃん?」

 カットクロスを私の腕に通しながら、大きく頷き共感してくれている。こうなると今日は女子トークとやらに華が咲きそうだ。

 あとは彼女の怒涛の質問に答えていくだけで会話が成り立つ。

「好きなひと、どんな人なんですか?」

「雑誌の取材の相手だったんだけどね、会うまで顔すらしらなくて。けど会った瞬間に一目惚れしちゃって」

「いいですねぇ、一目惚れ!けど田島さんが一目惚れなんてしないと思ってましたよー」

 やはり私が恋愛を拗らせていることを知っているからか、一目惚れは相当意外だったようで、目を丸くしている。

「やっぱりそうだよね。一目惚れとかある訳ないと思ってたのに、まさか自分がしちゃうなんてね」

「脈はありそうなんですか?」

 この質問で若干現実に戻ったが、考えてみれば彼女の言う通りだ。私だけ浮かれていても駄目なのだ。

「どうなんだろうなー。でも、話とか空気感はお互いに合ってると思うんだよねー」

「いいじゃないですか!応援してます、頑張ってくださいね!」

 人に自分の恋愛を話すとどうにも、さらに熱が上がってくるようだ。今日こうして髪を短く切りに来たことも大正解なのかもしれない。

「それじゃあ、本当に切りますね?」普段のカットとはお互いに気持ちの持ちようのそれが違う。話に一旦区切りがついたところで、改めて確認をされた。私は迷いなく了承し、髪が短くなった。

 大胆なイメージチェンジを図ったカットを終え、そしてシャンプーとブローも終了した。二つ折り鏡を頭の後ろにセットして貰い、首を左右に振りながら仕上がりを確認する。うなじから下にかけて首が見え、ゆるい内巻きで、お願いした通りの仕上がりに私はとても満足した。

「お似合いですね。これで彼も落ちちゃうと思いますよ」

 スタイリストに褒めてもらい、心を踊らせながらお礼をし、お店を出た。

 外は少し肌寒くなっていて、短くなって開いている首元が冷える。


 会うまでにしておきたいことの一つを完了させたので、その足で香水探しもする事にした。東栗山駅の駅ビルに行けば食べ物、ファッション大体のものは揃っているので、ひとまずそこに向かう。お店の窓に映る、まだショートカットに慣れない自分が、新鮮で小恥ずかしい気持ちになった。

 香水などが売られているお店に到着し、自分で探してみたものの、横文字ばかりで分かりづらかったので、潔く店員さんに聞いた。その上で似たような香りのする香水を三つ提案してもらい、その中の一つを購入した。

 一日で髪を切る事と香水の購入をした充実感のまま、帰宅した。その夜、星川さんから前日のお礼と次回会う日にちの提案の連絡が来た。

『昨日は映画に付き合ってくれてありがとうございました。また一緒に出掛けたいなって思うんですけど、来月の八日って空いてますか?』

『こちらこそありがとうございました。楽しかったです。8日空いてます、ぜひ出掛けましょう』11月8日は予定がない事を確認し、返信する。一応、翌日の12日も予定が無いことも確認した。

『誘っておきながらごめんなさいなんですけど、日中予定があって夕方からでもいいですか?』

『はい、私は一日空いているので何時からでも大丈夫ですよ』休日なので少し遠出できるかなと思ったが会えるだけで嬉しいので問題はない。会うまでの2週間程度、楽しみができたので仕事もなんとか頑張れそうだ。待ち合わせる時間と場所を決め、携帯電話を閉じた。

#6へ続く


自作小説「クロッカスの舞う夜に。」の連載
眠れない夜のお供に、是非。

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