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『カラー・オブ・ハート』 隠れた傑作、これいかに? 第12回

『カラー・オブ・ハート』  1998年/アメリカ
 監督:ゲイリー・ロス  出演:トビー・マグワイア、リース・ウィザースプーン

「高校生デイヴィッドは、昔のテレビドラマ『プレザントヴィル』の大ファン。
善良な人々だけが住み、喜びの感情しか存在しないドラマの中の街に憧れる彼は、
謎の電器屋が置いていった新しいリモコンによって、妹ジェニファーとテレビに吸い込まれてしまう。

一方、脚本で決められた行動しかできなかったプレザントヴィルの人々は、
現実世界からやってきた2人の影響で、
様々な感情や行動様式、自分自身の意志を身につけ、モノクロの街にはぽつりぽつりと色が付いてゆく」

『デーヴ』や『ビッグ』で注目された脚本家ゲイリー・ロスの監督デビュー作で、
意外にも『オーシャンズ12』シリーズのスティーヴン・ソダーバーグ監督が製作を務めています。

B級ファンタジーみたいなプロットだし、白黒映像に色が付いてゆく特殊効果が見どころの作品でもありますが、内容は実にシリアス。

コミカルな演出なども多少はあるものの、作品全体のトーンはほのかな哀愁を帯び、むしろ内向的でさえあります。

映像もポップというより詩的な傾向で、古典を思わせる美しいモノクロ画面が彩色されてゆく過程には幻想味さえ漂います。

単一の感情しか存在しない虚構の街がモノクロの世界で、
現実の価値観が浸透するに従って彩色されてゆくという約束事は、
あくまでも順当だし、素直に受け入れられるものです。

そして、古き良き理想のアメリカをデフォルメしたようなテレビドラマの世界は、現代リアル世界の縮図へと変化してゆく。

ところが、です。
この、世界が色彩に乗っ取られてゆく、
つまり、古い価値観が新しいものに移行してゆく事が、
一概に悪い事、つまり危機として描かれているかというと、全然そうじゃありません。
むしろ、それが精神の自由、人間性の解放であるような展開になってゆく。

それでいて、この映画は最後に、やはりこの現実世界を画面に映し出すわけですが、
その光景は正に、新しい価値観が生む世界が、必ずしもバラ色一色になるわけではないという事実も、容赦なく示しています。

逆説はこれに留まりません。

大体、普通なら、特殊な世界に捕われてしまったともなれば、
何とか脱出して現実の世界に戻る事がミッションになり、
そこから様々なドラマやサスペンスが派生してくるものです。

ところが、本作はそうなりません。

早々に帰る方法が提示されるにも関わらず、主人公は「帰りたくない」といってそれを拒否してしまう。

つまり、テレビの世界に入ってしまうという荒唐無稽なプロットでありながら、そこから帰還する事を作劇の主眼に置いていないわけです。

さらに逆説は続き、
現実世界では冴えない内気な少年だったデイヴィッドが、プレザントヴィルではどんどんリーダーシップを発揮し、
ファッションや恋にしか興味のなかったジェニファーは、読書や勉強にのめりこむようになる。

かくして、
新旧それぞれの価値観の間で、人々は戸惑い、悩み、
受け入れる者と拒否する者に二分化してゆく。

これは、私たちが生きる現実世界でかつて起こってきた、そして、これからも起こってゆくであろう状況そのままですね。

色付いた母親をモノクロに化粧し直すプレザントヴィルのデイヴィッドと、
現実世界で母親の涙を拭くデイヴィッド、
はっきりと相似形を描く双方の仕草は、
2つの世界の在り方、
その相違点と共通点を実に象徴的に視覚化しています。

後に人気スターとなったトビー・マグワイアとリース・ウィザースプーンの若々しい演技も見ものですが、
エンド・クレジットに献辞が出ているJ・T・ウォルシュや、父親役のウィリアム・H・メイシーなど、脇役に名バイプレイヤーをキャスティング。

ジェフ・ダニエルズが繊細に演じた食堂の主人ビルがまた素晴らしく、
最初は戸惑っていた彼が、自主的に行動する喜びに目覚め、絵描きの才能を開花させてゆく過程は、胸のすくような解放感を与えてくれます。

裏方では、本作のクオリティに貢献しているアーティストの筆頭が、音楽のランディ・ニューマン。

甘美な中にほろ苦さが際立つ、いかにも彼らしいリリカルな作曲ですが、
よく聴くとそこに、何か大切な物が少しずつ失われてゆくような、哀切な感情が底流している事に気づいて、思わず胸を衝かれます。

ハリウッドでも、彼ほどアメリカ的色彩を前景化しながら、
清冽な抒情と類い稀なポエジーによって華美な虚飾から遠ざかった作曲家は稀有だと思います。

母国アメリカへの複雑な愛憎を歌い続けてきた彼の芸歴を思い返せば、それも当然の帰結なのですが、
映画産業の巨大なシステムの中でその姿勢を保ち続けている事は尊敬に値します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。(見出しの写真はイメージで、映画本編の画像ではありません)

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