見出し画像

FIRE後のロードマップ

1. はじめに 

 日本でも資産運用の機運が高まり最近はFIREを目指す方が一定数を占めます。特に若年層ほど日本の社会構造・未来に期待が持てず、自己防衛的な観点からFIREを目指す傾向にあります。 

 本稿ではFIRE達成後に着目し「FIREライフスタイル・資産の取り崩し」を主眼に汎用的なフレームワークが適用出来ないか整理します。前提として日本居住でのFIREといたします。 

2. FIRE後の模索

 X(旧Twitter)などのSNSの投資アカウントを眺めるとFIRE達成済みの方が様々な情報を発信しており、FIRE生活の一端を垣間見る機会が身近にあります。(発信内容の真偽は自身で判断が必要)

 一口にFIREと言っても資産額によって生活スタイルは様々です。全く労働の必要が無いフルFIREから生活費の一部を副業などで補填するサイドFIREなど様々な派生パターンが存在します。 

 また自身の生活レベルによってFIREに必要な資産額は大きく異なります。独身の場合、FIREの難易度は比較的低い傾向にありますが、子供がいる場合は難易度が一気に上昇します。 

 このように環境や目指す生活スタイルによってFIREに必要な資金額は異なるため、一口にFIREと言っても生活スタイルは異なることが分かります。 

 FIREという概念が流行ってからまだ数年しか経過しておりませんので、ロールモデルとなるFIRE達成者も少なく、その希少なFIRE達成者も現在進行形でFIRE後の生活を模索しているに過ぎず、検証済みのFIRE後のライフスタイルというものが存在しません。 

 過去の統計的なデータに基づく4%ルールはFIRE民には有名ですが、地域・時代・経済サイクル・技術進化・社会構造の変化などの様々な要因を加味し十分な検証が行われたわけではない点に注意が必要です。 

 4%ルール(トリニティ・スタディ)は米国の大学で公表され、検証データは米国となります。インフレ調整後に4%リターンがあれば大丈夫という試算は過去の米国のインフレ率・資産の期待リターン等から計算された数値です。 

 日本でFIREを目指す場合は日本の経済環境・社会保障制度などを前提に検討する必要があります。特に米国と日本では年金制度・医療保険制度に大きな違いがあります。日本は長らく低金利が続いており金利状況も異なります。 

 FIREという概念は世界共通ですが、FIREの実践は居住地域を強く意識する必要があります。結果として〇〇版FIRE(〇〇に国名)というように個々の要素を加味した計画が必要不可欠です。 

 まだ検証可能なサンプルが少なく実際に大規模な検証は実施されておりませんが「FIRE民の生活スタイルに関するアンケート」を実施した場合、相当の地域差が確認出来ると思います。 

 国ごとの経済状況・社会保障制度、民族的な思想の偏りなどの要素が作用し地域毎の特徴が表れるはずです。北米型・欧州型・アジア型など地域毎に共通点が確認できるか、GDPのような経済規模に応じた特徴が発見できるか気になるところです。 

 日本版FIREに関しては現在進行形でFIRE達成済みの先駆者が模索しておりますが、現時点では汎用的な共通解には至っておりません。とはいえ、いくつかのパターンに分類することは出来そうです。 

 人はそれぞれ人生において優先する事柄が異なるため、FIREライフの最適解はそれぞれ異なります。よってベストを定義することは出来ませんが、ベタープラクティスを類型化することは可能ではないかと考えます。 

3. 日本版FIREの類型とベタープラクティス

 FIREは「経済的自立」と「早期退職」が組み合わさった造語です。本来、経済的自立と早期退職はそれぞれ独立した事象ですが、組み合わさりFIREという用語が誕生しました。順序としてはまず経済的自立(FI)が先行し、その後の選択肢とて早期退職(RE)が存在します。 

 本来はそれぞれが独立した事象ですが現代社会における会社員勤めがネガティブな印象を持つことは世界共通であることからFIとREが組み合わさったと推察します。早期退職は選択肢の1つではありますが、全てではありません。 

 人生100年時代と言われるほどに長寿化・高齢化した現在においてキャリアは常に複数考えるべきです。この点はライフシフトでも語られていますが、現在は過去と比較し経済的自立を達成した後に選べる選択肢が格段に増えています。 

 一度リタイアした後に復帰することも考えられますし、経済的自立を維持したまま緩く働き続ける形も考えられます。 

 FIREのベストプラクティスを考えると、経済的自立状態であっても完全に「無職」状態になることはお勧めしません。時間的に精神的に負荷の少ない状態で何らかの仕事(活動)を続ける方が経済的・肉体的・精神的に良い影響を与える可能性が高いです。 

 がっつり働く気がない場合は趣味の延長線で働けば十分です。日本の社会制度は中小企業優遇なのでマイクロ法人(一人社長会社)を1つ設立しておくと何かと便利です。個人と法人の属性を使い分けることのメリットは大きく、年金・健康保険・所得税などの圧縮にも繋がります。 

 経費を自由に使い、最低限の社会保障・税金の支払いに抑え、趣味の延長線上で好きなことだけを仕事として受注するのであれば、精神的な負荷はほとんどありません。また会社員と異なり受注する仕事の量も自分で調整できるので時間的な余裕も確保できます。 

 マイクロ法人は収益を稼ぐことが目的ではない為、売上は拘る必要はありません。売上目途から経費を調整し多少の赤字を作り、数年に一度黒字を発生させ相殺させればよいだけです。 

 この場合、マイクロ法人からの収益は自身への役員報酬となりますがこの金額は厚生年金・健康保険が最低金額となるよう調整すれば問題ありません。もしくは諸々の控除を前提に課税所得がゼロとなる限界ラインに設定し所得税の支払いゼロを目指すのもFIRE民にとってのベタープラクティスの1つなろうかと思います。 

マイクロ法人を活用し社会制度をハックしFIRE生活を謳歌する富裕層の姿

 完全無職となり必要な場合は個人事業主として活動する方法もありますが、予め受け皿としてマイクロ法人を準備することで用途に応じて個人・法人を使い分けすることが出来るのがマイクロ法人を活用したFIREの利点です。 

 日本で生活するうえで最低限発生する経費(税金・年金・健康保険など)を最低限に抑えつつ、個人と法人を使い分け自由に好きなことをして生活するという発想です。この場合、最低限の経費に抑えると給与からの所得が100万円前後になります。 

 これだけでは生活が厳しいので証券口座を活用します。特定口座は分離課税であり、利益の約20%が徴収され完結します。NISA口座は非課税であり利益に課税されません。不足分は証券口座から補うことで所得税・厚生年金・健康保険などの諸経費を最低限に抑えつつ必要な資金を確保できます。 

 以上がマイクロ法人を活用したFIREですがこの方法は日本での居住が前提です。1億年以上10億円未満の資金額の方を想定しております。 

 10億円以上の資金を有するFIRE民の場合、海外移住も視野に入ります。日本FIREと海外FIREでは手間や諸経費が異なることから、海外FIREはある程度の資金額が必要となります。 

 投資家ビザの所得や永住権、税金・治安・物価・食事・気候などを考慮すると選択肢はそれほど多くありません。治安・食事・気候などの条件は日本で問題ありませんが、日本は税金・社会保障関連費が致命的であるため、資産額が大きな方ほどデメリットを強く感じる構造となります。 

 日本の問題は税金・社会保障費が高いにも関わらず、北欧とは異なり国民が政府のサービスに一切満足していない点です。高負担・高福祉でバランスを取っている北欧は1つの成功モデルですが、日本は高負担に見合ったサービスの提供が出来ていない点が指摘されています。 

 また社会保障が高齢者に偏り過ぎている点が問題です。社会保障の起源は19世紀のドイツと言われています。本来、社会保障はリスクに備えたセーフティネットです。

 人間は誰もが平等に年を取ります。若者もいずれは高齢者になります。これは自明です。であれば本来は高齢者であることは社会保障を受ける根拠にはなりません。各自が自分で若いうちから備えるべきです。にも関わらず高齢者向けの制度が乱立することで財政を圧迫し、現役層の負担が増加を続けています。 

 高齢者優遇を見直さない限り、富裕層の海外移住は止まりません。社会全体が富裕層・高所得者層にとって不利な構造であるため、富裕層・高所得層が日本に残り続けるメリットがなく、多くの富裕層は脱出のタイミングを伺っています。 

 コロナの時期を除き、富裕層の海外移住は年々増加傾向になります。優秀な若者や資産家が次々と日本を見限り海外に移住を進めています。政治と社会体制が大きく変わらない限りこの流れは不可避です。日本の政治が変わる可能性は限りなくゼロに近いので逆説的に富裕層の海外移住は不可避となります。 

 今後日本は税収を支える担税力のある納税者がどんどんと海外に移住することで、負担するものがいなくなり受益者ばかりとなります。結果として制度の維持が困難となり段々と制度の見直し(改悪)が発生します。 

 この流れは不可避です。よって国内FIREの方はいつか訪れる辛い改革の時代に備える必要があります。場合によっては段階的なFIRE計画が必要です。 

富裕層が理想郷を求め国を捨てる姿

 第一段階は国内FIREで先程紹介したマイクロ法人を活用した諸経費の最適化です。第二段階は日本の財政状況をチェックしつつ危険水域に近づいたタイミングでの海外FIREへのチェンジです。 

 国内FIREの間に海外FIREに向けた情報収集や基盤づくりを進めることで海外FIREがスムーズになります。どちらにしても長期で考えた場合、国内FIREはどこかのタイミングで政府の愚策により詰んでしまうリスクがあるため、10年から20年を目途に危険水域に達したらいつでも海外FIREに切り替えられるよう準備を進めておくことが重要です。 

 日本の衰退は政治の失策によるところが大きく、政治が変われば逆転の可能性はありますが、革命的な何かが起きない限り日本の政治が変わる見込みはゼロなので、個人は日本が今後も衰退を続けるという前提で生き残りに向けたプラン作成が必要です。 

 自身と身近な人が自由に安全に楽しく生活するためには日本を損切りする、という視点が不可欠です。とはいえ現時点で損切りタイミングがいつかは分かりませんので、将来に備えつつ今を楽しむことが重要です。 

 まずはFIを達成し経済的に自由な状態を確保し、やりたいことをして過ごす環境を構築します。同時に将来の来るべき時に備え海外FIREに向けた準備も進めます。 

 国と国民の間には一種の契約関係が成立します。国は様々な国家サービスを提供する代わりに国民から税を徴収します。そこに「忠誠心」は存在しません。存在するのは「損得勘定」です。 

 今後、国は国民に選ばれる存在になるよう努力が求められます。昔は海外移住のハードルが高く多くの国民は生まれた国で一生を過ごしました。しかしながら現代は海外移住のハードルが大きく下がり、国民は負担する税と提供されるサービスを比較し、自身にとって望ましいサービスを提供する国を能動的に選択しつつあります。 

 国民が国を選ぶ時代が到来しつつあります。今後、国は選ばれるよう努力が不可欠になります。その努力の過程において不公平で非効率な税の使い方は修正が不可欠です。

 日本政府にそれが出来るか不明ですが、どちらにせよグローバルで国同士が比較され他国と国家サービスの良し悪しを競う時代がやってくることは確実です。 

 そのような時代において尚、現役層を軽視した社会保障・税制を維持できるか疑問です。問題は自明でも既得権益というものは厄介なものであり解決できない可能性が大いにあります。

 自民党・経団連・財務省などの既得権益を見る限り、日本が自主的に建て直しが進むとは考えられませんのでFIRE民は上記を念頭にリスクヘッジに向けた計画作りが必要となります。   

4. 己を知ることとライフプランニング

 「FIREはゴールではなくスタート」というコメントがFIRE達成済の方から聞こえます。これは経済的自由を獲得して漸く人生のスタート地点に立ったことを比喩しています。 

 人は自由を求めつつ、いざ自由を手に入れるとその扱いに戸惑う場面がしばしばあります。会社員の頃は他者によって決められたルーティンがたくさんありましたが、FIRE後は他者から強要されるルーティンは存在しません。 

 自由がゆえに不自由を感じる方は会社員に戻る場合もありますが、予め自分自身を理解することでFIRE後の生活がスムーズに運ぶことになります。人は社会的な生き物ですが、どの程度社会(他者)と接点を求めるかは個人差が存在します。 

 他者とほとんど触れ合わなくても問題ない方がいる一方で、毎日誰かしら他者との会話を求める方もいます。自身の意義を他者に求めるか、自己で完結するかの違いですがこれがFIRE生活において大きな判断要素となります。 

 自身がどのような人間かを知ることはFIRE後の生活設計に必要不可欠な要素です。他者に答えを求めると自己の生来の在り方と矛盾が生じ、せっかくFIREを達成しても思っていた生活と違う、と感じてしまうことがあります。 

 従ってFIRE生活の前に自己を深く理解し、自身の性格・思想に合ったライフプランニングが必要です。経済的自由という基盤をベースに何を実現したいのかを自身に問う必要があります。 

 結果として、自身が求めるものはFIREとは関係なく実現可能な場合もあります。そのような場合、FIREは選択肢の1つではありますが、無理にでも目指すものではありません。 

 まずは稚拙でも構わないので人生のグランドデザインを描いてみることが大切です。そして定期的に見直すことで、その時々の自身の人生観を反映させることが必要です。人生における価値観は年を経るごとに、経験を積むごとに変化します。 

 20代の価値観と50代の価値観は大きく変化しているはずです。節目ごとにその時々の価値観を反映させたグランドデザインを描くことが重要です。人は自身が持っていないものを欲する生き物です。 

 若いうちは金銭を求め、次いで時間を求め、次第に健康を求めるようになります。これはライフステージによって希少資源が異なることが原因です。どのような人生を過ごす場合でも人生は一度きりであり、リソースは有限です。 

 出来ることが限られている以上、計画は必須であり優先順位に応じた取捨選択が求められます。ここで必要となるのが「己を知ること」です。FIREを実現する膨大な自由な時間が手元に舞い込んできます。 

 人生は何かを成すには短いですが、何もせず無為に過ごすにはあまりに長いです。FIRE後に何をするか考えるのではなく、先にグランドデザインを描き、FIREはゴールへの中間地点として位置付けるのが良さそうです。 

 ここ数十年で「老後」の捉え方が大きく変化しました。昭和の時代の老後と令和の老後では位置付けが大きく異なります。昭和の時代の老後は少ない余生をのんびり過ごすという価値観でしたが、寿命が大きく伸び働き方が多様化した現在は老後は画一的なものではなく個々人の設計次第です。 

 現役で長く働き老後が数年の方もいれば、FIREのように早々にリタイアし、自己実現に向け第二の人生を歩む方もいます。厳密にはFIRE後の第二の人生は老後とは言えませんが、黙って定年まで働くというロールモデルが崩壊した以上、多様な老後の道が開かれています。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?