暴力団事務所の撤去について

本部事務所撤去の潮流

 暴力団事務所の撤去が続いている。暴力団事務所の撤去は近年に限った現象ではない。社会的にも注目を集めた「一力一家事務所撤去問題(1980年代)」のように、昭和期より暴力団事務所の撤去・進出阻止は行われてきた。近年の特徴として、撤去の対象となった暴力団の”格”が上がっている。2010年代より以下の暴力団本部事務所が撤去されている。

2013年 道仁会(福岡県久留米市)
2019年 工藤會(福岡県北九州市)
2021年 会津小鉄会(京都市)・浪川会(福岡県大牟田市)

 撤去の結果、本部機能は傘下団体の事務所に移転せざるをえず建物規模が縮小している。(※浪川会の移転先は記事作成時点では不明)。本部事務所の移転が組織運営に与える影響は大きい。組織の中でも建物規模の大きい事務所を失う事は、組織結束に必要な大規模会合や慶弔の機会を失うことになり、組織の弱体化につながるからだ。

撤去事例

撤去の具体的事例をみていく。

事例① 道仁会
 2006年に内部対立を原因として道仁会と九州誠道会の抗争が勃発。本部事務所に銃弾が撃ち込まれるなど抗争事件が頻発。2009年に周辺住民が原告となり本部事務所の使用差し止めを求めて提訴し使用禁止命令が下る。裁判や協議を経て2013年に和解。実質的に久留米市が道仁会から土地を買い取ることで決着し和解に至った。
 その後、本部事務所を新たに設ける動きが見られたが、佐賀県みやこ町に代表されるような住民反対運動が起き頓挫。既存の系列組事務所に本部機能を移した。

事例② 工藤會
 2012年、民間事業者への襲撃事件を理由に特定危険指定暴力団に指定。集中取締を受け、2014年に本部事務所が使用制限命令を受ける。本部事務所として機能喪失し2018年には固定資産税の滞納により北九州市が差し押さえた。2019年、福岡県暴力追放運動推進センターが民間企業への転売を前提に土地を買い取った。
 その後、系列の矢坂組に本部機能が移ったと警察に認定され、そこも同様に使用制限命令を受け自主的に売却された。現在の本部機能は系列の田中(十)組事務所に移ったと認定されている。

事例③ 会津小鉄会
 2017年、内部対立を原因に組織が分裂。本部事務所で乱闘が発生した。京都市が原告となり本部事務所の使用差し止めを求めて提訴し使用禁止命令が下る。2021年に会津小鉄会が自主的に民間企業に売却した。

事例④ 浪川会
 2020年、周辺住民から委託を受けた福岡県暴追センターが原告となり本部事務所の使用差し止めを求めて提訴し使用禁止命令が下る。2021年に浪川会が自主的に解体工事に着手した(解体後の活用法は不明)。

本部事務所撤去動向

法背景

 暴力団と対峙し事務所の撤去に至らしめる主体は、以下の三つに分けられると考えられる。

①住民による追放運動
②自治体による訴訟
③公安委員会による直接的規制

 ①住民および②自治体が主体となる場合、その殆どが裁判所への訴訟に持ち込まれる。裁判所に対して事務所の使用差し止めを求め使用禁止命令が下ることで事務所機能は喪失する。組員や関係者は事務所に立ち入ることが出来なくなる。禁止命令を破った場合、制裁金として1日当たり100万円の支払いを命ぜられるケースもある(間接強制)。退去以外に使用禁止命令が解除されるケースは確認されておらず、事実上無期限といえる。

 訴訟においては差し止めの根拠として、周辺住民の人格権(=憲法が保障する平穏な生活を営む権利)が侵害されていることが主張される。暴力団事務所追放運動においてはこのロジックが確立されており、訴訟の場では住民サイドの主張が認められることが殆どである。このような事情を背景に、近年では早々に暴力団サイドが退去に応じるケースもみられる。

 一方で裁判で勝訴するとしても暴力団と対峙することに強い負担を感じ、訴訟に至らない問題があった。それを回避するため暴力団対策法が改正され、各県に存在する暴力追放運動推進センターが周辺住民に代わって訴訟することが可能になった(代理訴訟制度)。上述では浪川会のケースがそれに該当する。

 ③公安委員会による直接的規制とは、暴力団対策法に基づく使用制限命令をさす。暴力団対策法では抗争時に、事務所の使用制限命令を科すことが出来る。また特定抗争指定暴力団・特定危険指定暴力団に該当した場合も、必要性がある場合に公安委員会が事務所の使用制限命令を科すことが出来る。期限は3ヶ月以内で定められ、期限の切れる都度更新されていく。

 抗争時及び特定抗争指定時の使用制限に関しては、抗争事件が終結すれば使用制限を続ける根拠が無くなるため解除される。ただしこの場合、抗争事件を起こしたことが問題視され、周辺住民・自治体による訴訟に繋がり事実上無期限の使用禁止命令が下ることになる。上述では道仁会・浪川会のケースがこれに該当する。

 特定危険指定に関しては2021年現在、工藤會のみが該当する。特定危険指定が解除される根拠は組織の解散以外考えにくく、現状では事実上無期限の使用禁止命令と考えてよい。

暴力団側の対応

 裁判所から事務所の使用禁止命令を受けたとしても、退去や取壊しを強制されることはない。しかし無期限で利用が出来ない事務所を保有し続けるメリットは暴力団サイドにはない。事務所が所有物件の場合、固定資産税が継続して課される。工藤會のケースでは最終的に800万円の固定資産税を滞納したことで、差し押さえを受けている。使えない事務所を保有し続けることは金銭的に負担が大きく、暴力団からすれば売却しか選択肢は残っていない。

 暴力団事務所であった物件を購入することは民間事業者にとってはハードルが高い。工藤會のケースでは、北九州市と暴追センターが仲介に入ることで売却をスムーズに実行した。これは今後のモデルケースになると考えられる。

まとめ

 反社会的勢力である暴力団が公然と事務所を構えることを問題視する意見は以前より根強い。日本では仮に暴力団であっても結社の自由が尊重され、暴力団であることを理由に解散を命じることや事務所などの財産を没収することはしていない。結果、それ以外の手段を用いて暴力団と対峙する方策を探ってきた経緯がある。そして事務所撤去については上述の方法論が確立されるようになった。

 現在、暴力団事務所の新設は暴力団排除条例により立地や物件取引が制限され特に都市部では相当に困難である。周辺住民がいないような田舎であれば、追放運動の動きから逃れうるかもしれないが、そもそもそのような立地に事務所を設ける動機を暴力団サイドとしても持ちにくい。

 暴力団に残された選択肢としては、既存の暴力団事務所を守り続けることしかない。しかし暴力団勢力は年々縮小しており、事務所を維持することですら人的面、金銭面から苦しんでいる現状がある。また抗争事件を起こした場合はもちろん、そうでなくても周辺住民や自治体の追放運動を受けて退去に追い込まれるケースは増えていく。表立った暴力団事務所というのは将来的には存在しなくなり、マンションの一室など秘匿された拠点を使って活動していくことが予想される。その時、社会はまた新しく暴力団と対峙する方法を探ることになるだろう。

                                以上



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