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『僕の好きな女の子』が、好き。

「おすすめの映画は?」と聞かれると、うまく答えられない。
すすめたその時から、すすめられたその人の作品体験は始まってしまうと思うから。その作品に、すすめた私の言葉と思いが、乗っかってしまうから。それが、ちょっと怖い。

「好きな映画は?」と聞かれれば、はっきりと言える。
ほかの誰がなんと言おうと、私は好きで、気持ちは揺るがない。
私にとってのそんな作品、『僕の好きな女の子』。

どこのどなたの目に触れるか分からないけれど、誰かの作品体験に結びつくことも臆せず、私が「好きだ」と言ってしまいたいから、言う。
そう、そもそも「好き」というのは、それくらい乱暴で身勝手で、わがままな感情だと思う。
受け手なんて知らない(あわよくば、同じ気持ちで受けとめてほしい下心はありながら)。
相手の気持ちを置いてけぼりにして、現状を変えたくて、こっちがすっきりしたくて表明する。

突き詰めていくと、相手にじぶんの気持ちを押し付ける「告白」という行為って、自己完結で、ほんとうの意味で相手との関係性や現状を肯定していない、ひとりよがりな行為なのでは? と思えてくる。

安易に告白して自分だけ気持ちよくなるのって、今の関係性を軽んじていない? ほんとうに相手を大切に思っているなら、今の関係を大事に育てていくべきなんじゃない?

そんな面倒くさいまでの「好き」に寄り添って、でも傷口をぐじゅぐじゅにえぐって、最後には突きはなして、笑ってくれる作品に出会ってしまった。

私は、映画に造詣が深くもないし、演技や脚本について批評するほどの能力もないけれど、この作品を誰にも何にも臆することなく「好き」と言える。

脚本家の加藤(28歳)は、友達以上恋人未満な美帆に最後まで「好き」を伝えられない。そんなお話。

会うと些細なことで笑い合ってる。
バカなことをしてツッコんだりするけど、本当はエルボーとかキックとかじゃなくて君に触れてみたい。
友人たちにはキミの魅力も、この煮え切らない関係も全く理解されないけど、それでも一歩踏み出してこの関係が壊れてしまうなら、今のままの君との関係で十分幸せだ。
きっと僕が好きな人は永遠に僕のことを好きにならないから―
※映画『僕の好きな女の子』公式HP内、作品情報より。2020年9月25日閲覧。


「好き」のたった二文字も言えないのに、美帆と接する加藤の全身は、その二文字に満ち満ちていて。
言葉にしないだけで、加藤の細胞一つひとつが彼女を求めていて、何気ないやりとりの先にある甘い未来を期待していて。
言えないから、言わないから、「優しい」人間性ゆえの言動なのだと誤魔化せてしまう。だから、ちょっと踏み込んだやりとりも許される。
そんな、加藤の我慢と美帆の(時には意図的な)無頓着で成り立っている、びみょうな関係をひたすらに見つめる作品。

今のやりとり以上を求めるなら、恋人になりたいのなら、「好き」という感情を抱えてあなたと接しているのだと、表明しなければならない。
けれど加藤は、その手続きをとらない。

(告白がうまくいくにせよいかないにせよ)これまで二人がうまいこと積み上げてきたものすべてが、壊れてしまうから。

「あのLINEにも、居酒屋での会話にも、代わりに履いたスニーカーにも、僕の"好き"は潜んでいたのだ」と、これまで二人で重ねてきた思い出に、加藤の一方的な思いが乗っかってしまう。

二人が共有した出来事すべてを、加藤の恋という色で上塗りすることになる。
今までのバカ話にも、気兼ねないボディタッチにも、意味が生まれてしまう。
意味のない時間が流れ、意味のないやりとりが出来る、安心の関係だったのに。

加藤と美帆は、そんな絶妙なバランスで成り立っている二人だから。ボートに乗れば、加藤側が重たくてきっと転覆してしまう。スワンボートで美帆の乗るボートのまわりをぐるぐるしているくらいが、大波を起こして彼女を危うくすることも、自分自身もひっくり返ることもなくてちょうどいい。

そういう、ちょっと間違えると壊れる二人の世界に、第三者が入ると、たやすく世界が終わったりする。
とはいえ、岡目八目で、加藤の秘めたる「好き」は、観ているこっちが「美帆のことめちゃくちゃ好きやん!」と笑ってしまうほどにだだ漏れている。バレバレである。


特にだだ漏れで愛しいなあ…と何度観ても胸がきゅっとなるのが、夜の公園で美帆と待ち合わせするシーン。
待ち合わせ場所に「上」から現れる美帆。
工事中のフェンスを乗り越えて、加藤のもとへ行こうとする美帆に「おりれる?」と優しい声を投げる加藤。完全に彼氏の表情だった。最高の表情を見てしまったと震えた。

街中で見かけると嬉しくなる、好きな人にだけに見せる顔をたたえる加藤は、加藤でしかなくて、渡辺大知さんではなくて。

「あなたにおすすめです!」とは強く言えないし、
長くなったし好きすぎて距離感をとって話せないから、拙文をきわめているけれど、「誰がなんと言おうと、私はこれがいい。これ好き」とまっすぐに言ってみた。そんな、私の好きな映画。

#映画
#好き

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