「渋谷系」とは何だったのか? 〜都市論と現代POPS史から読み解く〜 part.2

3. 東京における戦後の音楽ルーツとエルビスプレスリーによる「毒」が与えた影響

前節では戦前の東京における盛り場に焦点を当てて論じたが、本節では東京における音楽文化のルーツについて述べていきたい。
まずポピュラー音楽の定義を2010年増淵 敏之「欲望の音楽「趣味」の産業化プロセス」のなかで著者はこう述べている。

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欲望の音楽「趣味」の産業化プロセス

「①大規模な、社会文化的に同質的な場合が多い聴衆集団に大量に分配されるものとして表され、②記譜されない形で保存され、配給され、③その配給はその音楽を商品にする。④工業社会の貨幣経済においてのみ可能であり、⑤できるだけ多数の人にできるだけ多量に売られることを理想とする『自由』企業の法則に支配されている資本社会において可能であるとしたもの。」
この増渕の定義からもわかるように、ポピュラー音楽とは通時代的な存在ではなく、産業社会に特有の音楽であるということが伺えよう。日本でのポピュラー音楽もまた、産業化とともに歩みを進めてきたと言える。以下、日本での音楽コンテンツ産業について振り返ってみよう。

日本国内におけるその勃興は明治時代にまでさかのぼり、1890年後半には蓄音機の輸入と販売が行われている。当時は蓄音機自体が高価なものであり、レコードというものは中産階級の趣味嗜好であった。1914年に発売された松井須磨子の「カチューシャの唄」は国内音楽産業での最初のヒットとされ、これ以降日本蓄音機はアメリカ・イギリスのコロムビアとの合弁企業となり、大手の音楽企業は吸収統合を行い東京への一極集中が始まった。

戦後になると米軍の管理のもと音楽産業も再編され、戦前からのコロムビア・ビクター・キング・ポリドール・テイチクの5社体制の継続と東芝・ソニーを新たに加えた体制が寡占状態となる。日本の音楽産業は進駐軍とも大きな関係があり、日比谷・有楽町における企業の集積が進んだ。
ところで、こうした丸の内周辺には多くの進駐軍クラブが存在しており、ジャズ、カントリー、ハワイアンといった音楽をバンドが演奏していたという。次第に、進駐軍の人は日本人相手のジャズ喫茶へと活動を移していった。

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1960年代前半には、新宿のジャズ喫茶でロカビリー・グループサウンズも演奏されていたという。

こうした丸の内周辺の進駐軍クラブは日本の戦後サブカルチャーに大きな影響を与えたと宮沢章夫は著書『NHK日本戦後サブカルチャー史』(2014)で述べる。

宮沢はサブカルチャーを「中心と周縁」という視座で考えた時の周縁に当たると考え、周縁は普遍的かつ絶対的ではないものであり、視座によっては見方が変わってくるものであると述べている。例えば「中心/周縁」は、世界情勢おいて「ヨーロッパに代表される西欧諸国/それ以外の国」という構図の中で規定がされているが、それがある個別の国家間にもあるし、一国中というミクロなスケールの中でも必ず存在する。規定のされ方が必ず一定ではないと述べている。
また宮沢は日本においての上位文化をヨーロッパと考え、その対抗にある文化である下位文化=サブカルチャーをアメリカ文化であると述べている。こうしたアメリカ文化は進駐軍やGHQが文化政策を通じ日本に広めていった。

サブカルチャーを音楽的観点から見ると、1956年にエルヴイス・プレスリーが発表した「ハートブレイク・ホテル」が大きな影響を与えた。

アメリカのヒットチャートは当時、R&B・ポピュラーミュージック・カントリーアンドウエスタンの3つに分かれていた。その中エルヴイスはすべてのチャートに顔を出している。その中でも黒人音楽であるR&Bのチャートに白人であるエルヴイスがランクインされることは特別な意味があった。当時はこのことを快く思わない白人のリスナーも多くいたが、白人の若者の間で「ロックンロール」として爆発的な人気を巻き起こした。


このエルヴィス・プレスリーは日本のポピュラー音楽にも大きな影響を与えた。YMOの坂本龍一は、メンバーの高橋幸宏・細野晴臣について
「毒を楽しむことにかけては、他の二人は天才なんですよ。慣れてる、小さいころから。FENていう進駐軍の放送でアメリカンポップスを聞いていた世代だからね。」
と述べている。坂本龍一は、東京芸術大学の音楽科を出て正当な音楽教育を受けてきた。ところが、細野・高橋のルーツは、おそらくアメリカンポップスを始め様々な音楽であった。ロックンロールにしろ、それからその後のビートルズが出現するまでのアメリカンポップスをよく聴いていた。しかしながら、坂本龍一にしてみればそれは別の世界の出来事であった。坂本はそうした「毒」を勉強したことが1980年代にムーブメントを起こしたYMOの音楽形成に欠かせなかったのである。


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