見出し画像

子供のおねしょを直すには?【アドラー心理学】

こんにちは、らるです。

子供…って、何度言っても
悪い癖が治らなかったりしますよね。

(もしかすると、子供に限らないかも
 しれませんが…)

おねしょなんかは
その一つの例になるでしょう。

親は、なんとかして
その悪い癖を直そうと
努力します。

「寝る前に飲み物を飲み過ぎないように…」とか

おねしょをしなかった日の翌朝に
「おねしょしなくてえらかったねー」とか

そんな風に声をかけることもあるでしょう。

ですが実は、これらは逆効果かもしれないんです。


アドラーは夜尿症について、子どもの親への甘えの意思表示と考え、次のようにいっています。

 夜尿はいくつかの目的に役立つ。注目を引くこと、他の人を仕えさせること、昼だけでなく、夜も注目させることである。 (第二章 心と身体「心と身体の相互作用」)

 子どもの夜尿症の悩みでカウンセリングにくる親には、次のような助言をすることができます。
「おねしょについて言葉をかけるのはやめましょう。『寝る前だから冷たい飲み物を飲まないほうがいいよ』とか、おねしょをしなかった翌朝に『ゆうべはおねしょをしなくてよかったね』などというような、おねしょにまつわるコミュニケーションはすべてやめてください」

岸見 一郎. NHK「100分de名著」ブックス アドラー 人生の意味の心理学 変われない? 変わりたくない? (p.60). NHK出版. Kindle 版.

先ほどあげたような
おねしょに関する言葉 を
かけてはダメだ、というんですね。

それはなぜかというと…

 このような助言をするのは、親に子どものおねしょに注目しないことを学んでほしいからです。親は、普段から洗濯するものは洗濯機の横にあるカゴに入れることにしておきます。子どもの服がカゴに入れてあれば洗濯します。おねしょをして濡れたパジャマもシーツも同様に、カゴの中に入れてあれば洗濯しますが、もしも子どもがカゴに濡れたシーツやパジャマを入れてなければ洗濯しません。おねしょをした時の責任を引き受ける限り、おねしょをする権利を全面的に認めるということです。 

同上

本人が責任を引き受ける限りは
おねしょをしてもいい

ということにするんですね。

親は一々、おねしょに注目しませんよ

ということを伝えることが大事だ、ということです。

すると、どうなるか…というと

親が子どものおねしょや小食に注目することをやめた時に、子どもの意識に変化が現れます。「おねしょをしてはだめよ」とか「もっと食べないといけないよ」と親にいわれている限り、子どもは自分が親に注目されていることを知り、「自分は世界(家庭)の中心だ」と感じます。ところが、何もいわれなくなると、状況は一変します。自分が世界の中心ではなくなったと感じた子どもは、とまどいます。しかし、ご飯を食べないでいるとお腹が減りますし、濡れたシーツをそのままにしておくと、翌日も濡れた冷たい布団で寝なくてはならないことになります。

同上

おねしょの「目的」は
「注目を集めること」ですから
それが得られないとなれば
後は、自分でやったことの被害を
自分で受けるだけ…
ということになります。
(冷たい布団で寝たり…)

そうすると、自然とその行動を
取らないようになる

この場合は、「おねしょしなくなる」
ということなんですね。

(もちろん、これだけだと
おねしょはしなくなっても
「ほかの行動」で「注目」を得ようと
してくる可能性がありますが…)


問題行動が見えているから
それ自体を変えようと色々アプローチする…
というのは、とても自然に見えるのですが

「奥にある目的」を理解し
そこに対する対策を打たない限りは
意味がない
…という話でした。

今回は子供の話でしたが
これはきっと、大人の世界でも
見られることな気がしています。

表層的な部分だけでなく
「奥にある目的」を考える
ということは、クセにしていきたいと
思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?