罫線画像のテスト投稿

たわいのない文章を書こうと思う。

あくまで罫線を入れるためのテストだ。教訓も感嘆も示唆も啓示も脅迫もない。レベル15のときに遭遇するスライムのようにたわいもない文章だ。

なぜ私たちは、テキストに罫線を入れるのか。

たとえば、多くのブログでH2やH3にはborderが設定されている。ヘッダータグの代わりにHRを使っているところもある。

線に、言葉としての意味はない。でも、情報を含んでいないかというとそういうわけでもない。

そこには、休符的な効果がある。音はでない。でも、出ないことが一つの意味を持っている。

たとえば、こんな風に。

構造を意識して作成された文章は、パラグラフがきちんと作られている。日本語で言えば、意味段落というやつだ。

作文の文脈でパラグラフと言えば、それは意味段落を表す。つまり意味段落と形式段落があるのではなく、(意味)段落と形式段落があるわけだ。本来的には。

そして、形式として「この固まりが一つの意味段落ですよ」と表すために、改行を入れ、冒頭に空白を一つ入れる。同じ高さで文字が続いていると読みにくい、という点もあるだろうが、「ここで意味段落が切り替わりますよ」というメッセージを伝える意味でも、字下げは有効である。

字下げもまた、休符的な効果を持つわけだ。

Webの世界では、冒頭の字下げはあまり行われない。その代わり、空白の行が挿入される。

きっと、その方がディスプレイでは読みやすいのだろう。たとえ字下げしても、文字の詰まり方がかなり密になるのだ。

というか、そもそも意味段落という概念を持たない書き手も多い。別にそれはそれで構わない。読んで、理解できればそれでいい。

そもそも、この文章だって意味段落と呼びうるような段落はない。その代わり、文章の一呼吸ごとに、罫線となる画像を入れている。

たとえば、こんな風に。

今回使ったのは、

罫線素材つくってみた 【特殊系】

のnoteを購入して、ふじもなお氏にリクエストして作成してもらった画像である。運良く、全身バージョンと上半身バージョンの二種類を作成してもらえたので、ここでは二種類を交互に入れてみた。

どうだろうか。

なんとなくぼっち感が出ていて良い感じである。いかにも私らしい。

個人的には、全身バージョンの方が文章に置いたときに自然な感じがする。みなさんのご感想はどうだろうか。





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