『脳は何かと言い訳する』(池谷裕二)
※当記事は、メルマガWRM第103号(2012/09/17)からの転載です。
R-styleの「【書評】脳には妙なクセがある(池谷裕二)」で紹介した本が面白かったので、その前作も購入。
こういう風に本と本がつながっていく限り、読書の旅は終わりが見えません。まあ、それが楽しいんですが。
さて、本書は脳科学の知見をわかりやすく紹介している一冊です。脳科学者で、一般向けの著作を意欲的にお書きになっている著者だけあって、親しみやすい文章かつ知的興奮もくすぐってくれる本になっています。
構成的には、「VISA」という雑誌で連載されていたエッセイに、補足原稿を追加した形です。追加された原稿は著者が口頭でテープを録音し、それを文章に起こしたもの。なので、エッセイ部分は常体、補足部分は敬体になっています。
いくつかドッグイヤーしたページがあるのですが、今回はその中から3つ面白かったお話を紹介してみましょう。
1)記憶力を高めるには
記憶力と脳の「海馬」には深い関係があることが指摘されており、記憶力を高めるには「海馬」の機能をアップさせるのが一番だと言われています。
もちろん、毎日しっかりと勉強することも方法の一つでしょうが、必ずしもそれだけではない、と著者は書いています。
たとえば、「マンネリを避けて刺激ある日常生活を心がけることも効果的だ」というお話。
効果がありそうな方法として、
・遊び道具で遊ぶ
・適度のランニング
・食べ物を良く噛む
・社交の場に積極的に出ること
・ストレスを避けること
が紹介されています。
その他、「幼児の場合だったら母親の愛情をふんだんに受けること」が海馬神経の増加に有利というお話も紹介されています。親バカ、という言葉がありますが、母親がバカになればなるほど、子どもの海馬神経はどんどん増加していっているのかもしれません。
しかし、それが行きすぎて過保護になると、刺激ある生活が失われ、結局プラスマイナスゼロとかあるいはマイナスな状況になってしまうのかもしれません。バランスが大切ですね。
私の場合だと、ゲームはよくするので遊び道具はクリアですが、ランニングはもう少し頑張れそうな気がします。食べ物は早食いなのであまり噛みませんし、社交の場はできるだけ避けることを心がけています。ただし、ストレスは避けまくっております。
全体をみると、ほどほどに良いぐらい、という感じで章か。
一人で閉じこもって仕事をしていると、外部刺激から遠ざかってしまいがちですし、一度遠ざかると戻すのには時間がかかりそうですから、意識的に生活に「刺激」を入れておきたいところです。
その点、Twitterは脳の活性化について役立つかもしれません。
2)過学習について
人が何かを学習する上で「スピード」が鍵を握っている、というお話です。
脳科学的には、時間がかかりすぎるのも問題だけども、速度が速すぎるのもこれまた問題、となっているようです。スピードを求められる社会にとって、これは一種の警句となるかもしれません。
例として「あ」という文字の学習が解説されています。
人間の脳を模倣したコンピューターがあったとします。それに文字を覚えさせる作業を行う。まず、私が書いた「あ」という文字を見せる。コンピューターはすぐさまそれを「あ」と学習する。するとどうなるでしょう。
別の人が書いた「あ」を見たとき、それを「あ」とは認識しなくなるそうです。やはり二人の人間が書いた「あ」という文字は微妙に違うでしょう。だから、「これは、さっきのとは違うな。つまり<あ>じゃない」という判断が働くわけです。
もし、「あ」の認識を新しい方の「あ」で上書きしたら、今度は私が書いた「あ」が「あ」とは認識されなくなります。
人間には簡単にできるパターン認識は、コンピューターには難しい、という話ですね。でも、これはきっと人間にも同じようなことがいえると思います。
著者は、
(前略)要するに、学習が早いと、見かけ上の情報だけに流されてしまって、「あ」の”本質”に近づけないということです。せっかく記憶しても、それは融通のきかない断片的な知識にすぎません。これを「過剰適合」、あるいは「過学習」と呼びます。
と解説してくれます。
なんだか、現代の情報社会(特にネット)の問題点が指摘されてるように感じました。
3)睡眠に似た行動
記憶力のテストをする場合、何かを記憶してから、睡眠を取ると得点が高くなる、という話はわりと有名です。睡眠による「記憶補強効果」と呼ばれているようです。
ただ、睡眠を取らなくても、これと似た効果を引き出せる行動があるようです。それは「目を閉じてリラックスする」こと。
つまり学習促進効果に必要だったのは睡眠そのものではなかったのだ。環境からの情報入力を断ち切ることで、脳に情報整理の猶予が与えられる。ちょっとしたうたた寝でもよい。
逆に言えば、睡眠時間も短く、絶え間なく情報のインプットに晒されている人は、情報整理の余裕をほとんど持っていない、ということでもあります。
これも現代社会が抱えている問題かもしれません。
睡眠時間を確保することも重要ですが、「ネットから距離を置く時間」を意識的に設けて、ぼーっとすることを増やす、というのも案外大切なのかもしれません。
脳は私たちの体の一部でしかない、といってもやはり脳が担っている役割は決して無視できるものではありません。脳の性質を理解して、できるだけうまくそのスペックを引き出せるように生活していきたいものです。
以上です。
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