『古代から現代まで2時間で学ぶ 戦略の教室』(鈴木博毅)

※当記事は、メルマガWRM第205号(2014/09/15)からの転載です。

軍事作戦から企業活動まで、全30の戦略エッセンスが収録されています。

『孫子』『君主論』『戦争論』『戦略論』といった軍事における戦略論は、軍事オタクでなくても耳にしたことがあるでしょう。また、企業戦略では『科学的管理法の原理』 『知識創造企業』『エクセレント・カンパニー』『ビジョナリー・カンパニー』『経営者の条件』など、ビジネス書において「必読」のハンコが押せる書籍が多数紹介されています。

実によくまとまった本で、概要をざっくりとなぞるには最適かもしれません。別の表現をすれば、ビジネス書ブックガイド的な位置づけと捉えられます。

逆に言えば、本書を読んだだけでは不十分だろうな、という気します。少なくとも、本書だけで「戦略家」にはとても慣れないでしょう。

本書の「はじめに」にこんな文章が出てきます。

 歴史小説『孫子』(海音寺潮五郎著)には、「兵法学者」と「兵法家」という二種類の人間が出てきます。「兵法学者」は教科書をそのまま暗記する人を意味し、「兵法家」は兵法を柔軟に操る人を指しています。

たしかにこういうタイプの分け方は成立するでしょう。そして、著者はこう続けます。

 戦略は、使えずに単純に教養として知っていても無意味です。
 極力、戦略の要点をまとめ、読者が使える形に整理したのはそのためです。

書いてある通り、本書は良く要点がまとまっています。ただし、要点がまとまっているだけでは、その知識が使えるようになるわけではありません。もし、要点がまとまっているだけで、戦略の知識を縦横無尽に使いこなせるなら、ビジネススクールの存在意義など無に帰します。

クイズに答えるための「知識」と、実務に関する「知識」は、同じではありません。

前者は問題が誰かから与えられますが、後者は問題を見出すところから始めなければいけません。まず状況を認識し、それに見合った戦略を選ぶ。少なくとも、このステップが必要です。で、「状況」というのは千差万別なのですから、クイズ形式で答えられるものではありません。

その点さえ理解していれば、こうした戦略のリストは有効でしょう。ようするに、この本を読んだだけで「戦略家」になれる、と勘違いさえしなければOKなわけです。

本書の「おわりに」には、アレクサンダー大王が、歴史叙事詩『イリアス』の書を、戦場でも常に枕元において生活していたというエピソードが紹介されています。おそらく何度も何度も読み込んでいたのでしょう。アレクサンダー大王ほどの人物ですら、一冊本を何度も読み込んでいたのです。

それも、エッセンスを抜き出したものではなく、その本そのものを再読していたわけです。

ですから、凡人たる私たちもエッセンスではなく、できる限りそれぞれの本に直接トライしてみることが必要でしょう。本書は、そのための手引き書として有効だと感じました。

という話とはまったく別に、「戦略」というものの時代的な変化を一望できるのも本書の面白いところです。

古代ローマ時代には、もちろん「企業」など存在しません。だから、企業戦略も存在しません。その時代では、戦争における戦略こそが、唯一の戦略でした。現代では、そこに企業における戦略の意味が加わり、むしろ世界中で使われている頻度をカウントできれば、企業の分野でこそ使われている言葉となっているでしょう。

ふしぎと企業と戦略という言葉は、うまく噛み合います。

それはもちろん、自由市場における資本主義経済が「競争」を原理にしているからでしょう。戦争と競争は、重なる部分がたくさんあります。

しかし、資本主義経済がポスト資本主義経済へと移行していくならば__それがどのような形になるのかはまったく不明ですが__、もしかしたら「戦略」という言葉が企業活動とはそぐわなくなってしまう未来も想像できます。

古代の戦争はわかりやすいものでした。領土の奪い合いであり、敵は明確でした。日本であれば戦う前に名乗りを上げるというパフォーマンスすら行われていたようです。

しかし。現代における戦争は__アメリカが直面しているように__敵が明確ではありません。手持ちの武力をすべて行使できる戦争でもありません。ゲリラに対して、旧来の戦争における戦略などほとんど機能しないでしょう__もちろん、ゲリラ側がそういう戦略を用いているということですが__。

「武力を持って相手を制すれば、それで勝ち」

といった、シンプルな土俵は消えつつあります。それは「給料をたてに、従業員を酷使すれば利益が出せる」という構造が壊れつつある状況と重なるように私の目には映ります。とにかく、いろいろなものが変わろうとしているのです。

古い戦略を学び、それを現代に活かすことももちろん大切でしょう。

しかし、真なるイノベーションは「企業活動を戦争の文脈で捉えない」というところから生まれてくるのかもしれません。

以上です。

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