大人気の孫子シリーズ第二弾。 「兵は拙速を聞くも、未だ功久を睹ざるなり」 見慣れない漢字とか「~なり」とか、難しそうなこと言ってるように聞こえるけど、簡単に言えば「時間をかけてうまいことやる(多くのことをやる)よりも、雑でいいから速い方がいい」ということ。 戦争の時代においては、戦いが長引けば長引くほど負傷者も出るし食料も消耗するから、戦は早く終わるに越したことはない。 現代の生活でいうと、じっくり考えてから動き出すよりも、とりあえず動き出してから細かいところを詰めた
一皮剥けた瞬間ってありますか?覚えてますか? 自分にとってのそれは何回かあって。その中でも特に最近ごっついのがあったからここに残しておこうと思う。 ドイツにて、 子供18名+大人3名+自分 の団体のスケジュール管理、通訳等の仕事があった。 主に現地でサポートしてくれるドイツ人のJonah(ヨナ)とコミュニケーションをとりながら遠征を進めていた。 なんやかんやで最終日前日。 無事試合を終えて夕方にホテルに着き、マイクロバスの運転手のおっちゃんとバイバイした。その人はあん
ひょんなことから二週間のヨーロッパ出張に行くことになり、先日帰ってきた。日本の中学生年代のチームの、海外遠征のサポートみたいな立ち位置で、基本的には通訳と現地で融通を効かせる役割。 とにかく会話するのが仕事。 自分はカナダで三年間生活していたこともあり海外での生活には慣れている(つもりです)が、今回同行した人たちはコーチたちも含めてそうでもないわけで。 まあタイトルの通り、今回の遠征で日本人は人に甘えるのが下手なのかもなと思った。ゲストとして招かれるとなおさら。 人に甘
つくづく、自分は怠惰な人間だなぁと思う。 毎日昼まで寝ていたい。 別に働きたくはない。 毎日遊んで暮らしたい。 とにかくできるだけ楽して生きたい。 いわゆる 意識が高い人 を見ると 「…ほんまに?」 ってなる。 カエルの一日でも見てみてくれ。 あいつらほぼ動かん。おなかすいたら虫探すくらい。 ミツバチとかアリみたいに、女王のために働くのが生きがいです!みたいなやつらよりはカエルの生き方のほうが好き派。 できることなら仕事したくないけど強いて言うならこういう仕事がいい
先日、生まれて初めて結婚式に出席した。しかも兄の。正確には2回目だけど、幼すぎて記憶がないのでノーカンで。 生まれてからこの方約27年間一緒にいる男の結婚式。自分でもどんな感情になるのか分からなかった。 ああ、中学生になるんだな。受験なんだな。留学行くのか。社会人か。 くらいの、ただ淡々と過ぎゆく人生の節目の一つなんだろうな〜って思ってた。全部先に兄が経験していたから自分の時は大体の要領は掴めてたし、あんまり緊張も感動もしなかったから。 ドギモ、抜かれました。 式場
"Knowledge is power" - Francis Bacon ものごと を深く知ること。 できごと の原因と結果を知ること。 その知識が経験によって得られる場合もあれば、教育によって得られる場合もある。昔から人類が紡いできた知識が技術として具現化され、文明を発達させている。故に、知識こそ力である。 とまあ、原文をかんったんに直訳したらこんなもんか。 ざっっくり言うと「知ったことを使えよ」という感じかな。 インプットもいいけどアウトプットせえよ。と。 例え
とある本に書いてあったことと自分が思ったことのまとめ。 "うつけもの(愚か者)"と称された織田信長は、父親の葬式にラフな格好で現れ、「こんなことしたって親父は生き返らねぇ」と遺影に焼香を投げつけたそうな。天下統一をほぼ手中に収めた英雄でさえバカと呼ばれ周りから笑われた過去を持つ。 大軍師の諸葛亮孔明は"三顧の礼"で劉備玄徳に仕えるまでは隠居暮らし。「死せる孔明生ける仲達を走らす」の言葉通り、死んでも尚敵国を脅かす存在となる。 国士無双と呼ばれた韓信はしょうもない争いを避け
なんだかんだ2年ぶりの日本での年越しとお正月。こたつの中で団欒する時間ほど落ち着くものはないな。。 なんて思いながら2022年を振り返っているところです。来年の自分に向けてこんなこと思ってるよ、考えてるよってのを残しておきたい。 2022年を一言で言うと『しがみつき』。 カレッジに入って授業も友達もその他の活動も、とにかく負けじとついていこうと、しがみついていた気がする。加えて、周りに優秀な人が多いとやる気が出るしいい刺激になる。 とはいえ、やる気満々元気バリバリ!みたいな
ちょうど一ヶ月に一回のペースで 「最近いつ泣きました?」 と聞いてくる友達がいる。 その度に「いつ泣いたっけなぁ〜」とか言いながら曖昧にしております。すみません。 思い返してみると、サッカーやら家族やら友達やらなんやら、毎年何かしらの理由で悲しみや辛さが頬を伝っている気がする。 つい最近もちょ――っといろいろあって、1.2週間くらいできるだけ一人で過ごしたりとかもあって。 まあ散歩・とにかく寝る・空を見て寝転ぶ・湯船につかる このどれかでうんとましな気分になるんだけ
趣味でも人を含む生き物全般でも、好きって思うことは山ほどある。 というか、嫌いなものが極端に少ない。 レーズン以外は何でも食べるし、自分の周りの人はみんな好き嫌いかといえば好き。 この「好きか嫌いかで言えば好き」っていう感覚って、結構いろんな場面で当てはまる。 趣味としては~、仕事としては~、友達としては~、とか。 逆に嫌いなものには明確な理由がある。 食感とか味とか嫌な事されたとか。 ということは、 基本的に何でも好きやん。ということに気付いた。 嫌いになる理
取捨選択 なんとなーくバスに乗らずに歩いてみたらおいしそうなパン屋さんを見つけたり、 何のつながりもなくなってた昔の友達と一緒に仕事することになったり、 青春を捧げたゲーム類を売りさばく時が来たり。 無駄っぽいこともいつか何かのきっかけで役に立ったりするもんだなあと。逆に言えば、今大切なものもいつかいらなくなるかもしれない。 そう考えると世の中無駄の方が多い。でもだからって切り捨てるんじゃなくて、ちょっとそっちも覗いてみようと思う。いつかいい道草だったと思える日が来る
最近の若者は 「すぐに答えを知りたがる」 「自分で考えない」 「無駄を嫌う」 「思考力が下がっている」 らしい。 他人に頼って楽をして成果を得ようとしてる 向上心がない と思われるらしい。 言いたいことはわかるけど、若者目線ではすぐに答えを知りたがるのは当然のことだと思う。 自分で考えて失敗しまくるのも、行動する前に誰かに合っているか確認するのも時間の無駄やん。 自分であれこれ考えても結局答えの通りに直されるなら、最初から教えてくれよ。 ってのが本音。
ここ数年、根拠のない自信という言葉をよーーーーーーーく耳にする。 なんとなくわかるようでわからない。 「根拠のない自信」を持ちましょう! 「根拠のない自信」は最強のメンタル! 成功する人は「根拠のない自信」を持っている! …などなど。 記事や本によると、 『根拠のない自信とは、理由や理屈もないのになぜか自信があること』 らしい。 へー。全然テスト勉強してないのになんとなくできそうな気がするアレか。 それでうまくいったことないけど何が最強なのか。もう少し調べ
かなり昔の話だけど、とある駅でばったり昔の友達に出くわした。 進路をサッカーで選ぶほどそれなりにサッカーを一生懸命やっていた印象があったから、現在(と書いていまと読む)どうしているのか、まだサッカーを続けているのか、を聞いてみた。 その人はこう答えた 「サッカーはもう飽きたからやめた」 「あ、そうなんや。まあそういうこともあるよなぁ~。」 って返したけど、なんかモヤモヤモヤっとしたものが心に広がった。 …飽きるなんてあるか? あんなに頑張ってたサッカーの何に飽き
カナダに来て通算一年と数カ月が経った。一月にカレッジの授業が始まり、もうすぐ三カ月。すでにいろんなことがあった。 ・週10コマの授業。 ・前回の渡航時に働いていたサッカースクールで再び働く。 ・ボランティア もちろん全部すごくいい経験になっている。けどその反面、すべてを一気にやる難しさも感じている。特にサッカースクール以外は初めての経験ということもあり、要領がわからないまま、日々感じ取りながら進めている。 放課後はネイティブ基準の授業スピードについていくための自主勉
『孫子』は、今から約2500年前に中国の軍事思想家の孫武が書き記したとされる世界最古の兵法書。軍師として作戦を練り、戦争で勝つ、あるいは負けないための戦術だったり思考法がまとめられている。 かの有名な孔子の『論語』が人格構成や精神論に重きを置いているのに対して、『孫子』はより合理的かつ実践的な考えが読み取れる。「人格を成熟させて高めていけば勝てる(現代風に言えば何かいいことがある)」といったものではなく、敵を知り己を知り、勝つためにより戦略的になりなさいというもの。 孫武