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「百年の向こう側」

人は死んだらどうなるのか

死んだらどこに行くのか

わたしは知らない

例えば生きている時に

人を殺したり

大金を盗んだり

人を苦しめて自分勝手に生きた人とか

罪を犯したら地獄に堕ちるっていうけど

その自覚がない人も
あっても生きることに執着というか
どんなことをしても生きてやるんだ
こんなとこで終われるか
自分はそんなものじゃない

みたいなちょっとギラギラしてる人を見ると
ああ、確かにこんな人は地獄に行かなさそう
行っても地獄で生きてる時と同じように、うまいこと馬鹿を使って適当に暮らしているような気がして見てる
神様は自分に正直な、自分の本能に素直に従って生きる人を好きな気がする
(神様は人が作ったんだし)
悪いことしていたって
私腹を肥やしていたって
自分たちは偉いからとか
間違ってないからとか
自分には価値があるからとか
メリットのない人間には冷たいし
平気で公衆の面前で恥をかかせる
そんな人を立派だとも美しいとも思えないのは
わたしのひがみなのだろうか

悪でも善でもスキルとか技術って
びくついて自信なさげにやっていると
舐められるし、上達しない
悪く言われようが、狡かろうが、腕をあげないことには始まらない
要領よく厚待遇されて、慕われていて、表面しかやらずに、見られている時しか褒められることをしない人も、しっかり蹴落としているシーンも罵倒しているシーンも見られている
みな、自分のポジションを守るために加担するだけ
自分に火の粉が飛んでこなければ、いくらでもご機嫌を取るだろう
どうしても自分は違うなら、新しい風とやらで変えて行ってくれ
わたしは結局、そういう熱い人たちも、熱くない振りをする人も苦手だ

そうしてわたしはまた
脳裏に刷り込まれた映像を、ときどき思い出してはムカついて
何をnoteに書いているのだろうか

死んだら
死んでもおんなじことの繰り返し
終わりなんかない
延々と生きていたこととおんなじことを、似たような世界で繰り返すだけ
そりゃそうよ
生きていた世界しか、暮らしていた所しか行ったことがある所しか知らないんだから、そんな所しか行けないし
行ったら似たような人たちしかいないし

それになんかわたしの周りの人たちは、自分たちは不老不死みたいに思っているのかと昔から思っていた

不死身じゃないのに
浴びるくらい酒飲んだり
煙草吸ったり
外食したり
病院行ってなんとかしてもらえるからかな
変に長生きだ
あと鏡見て
若い頃のままの自分に見えるのか
歳を重ねることに抵抗があり、人生経験も役に立つどころか、人の容姿と幸せを妬んでぶち壊すような
最低限の努力すらしない
バートリー婦人みたいな魔女もいる
どうせ顔なんか崩れるのに
いくら取り繕ったって、人間の中身なんて滲み出てるし、溢れ出ているってのに

そりゃお金のためなら大概のことは誰もがする
大概のことって言ってもいろいろ、ピンキリあってわからない
わからない話ならするな、か
なんで世の中お金なんだろう
昔、テレビとかでなくていい仕事はない
とか言っていたけど、なくていい仕事はごまんとある
とりあえず生活しているように見えるには
それらのなにかをするしかない

結婚したくてして
結婚しなくても
子供産みたくて産んで
お金がないからって
自分が自由になりたいからって
自分は許されるからって
手に入れて
飽きたり
気が済んだり
邪魔になったら
捨てたり
離婚する人がいる

後年、棚に上げたように説教くれる

(捨てたことで望むようなステータスを得られたから、偉いのだろうか。たぶん、捨てた人間本人には言わずに弱そうなわたしに言っているのだ。悪いけど、本当に頭にくればヤクザだろうが上司だろうが取引先だろうが、売られた喧嘩は買ってやった自分だ。恥を知れ)

別に独りだから
なんの縛りもなく自由に動ける訳じゃない
独りだから
独りなのは
自分で背負うものが多いからよ

だって自分たち
家族でくるまったって
自分たちだけはいい思いして
自分たちでも出来ないと人にちょっかいだして来て
また自分たちのことがうまく収まれば知らんぷり

別にどっかの家族は家族で

どっかの仲間は仲間で

仲良ければそれでいいんだよ

自分ひとりで背負えないんだからさ

ひとりで背負ってるように見えるけど、ピックアップして背負ってるだけじゃん

わたしもはじめから
知らなかったふり

なかったことにしたいなあ

子供が産まれて喜んで

産まれても喜ばない人もいるだろうけど

何回トライしたって諦めない人

泣く泣く諦める人

たくさんいるだろう

いい加減あきらめて強くなりなよ

わたしからしたらやっぱり贅沢だし

泣きつける相手がいて慰めてくれる人もいて

何が不満なんだろう

干渉されることじゃん
過干渉

黙ってりゃいいのに
黙って手伝ったり、手を貸せばいいのに
ネチネチ嫌み
文句言うのよね
自分のことは自分でやればいいだけなのに

コロナの自粛生活で
家庭の中は密室
自殺する主婦が急増って
そんなブチキレる前に
もうみんな奴らのものは捨ててやりましょう

子供がいなくても大事な奥さん

子供を産んだ大事な奥さん

そんなんでも自分たちのストレスに負けて

人を殺してしまうのか

人の命より
ゴミを大切にするような家族だし
そんな家族に何回殺されたか知れないのに
逃げたら人殺しって
こっちが言われるのかー

相手がいれば(どちらかがうん、と頭を縦に振れば)すぐにでもカップルになり、子供が産める、嬢ちゃん僕ちゃんたち

わたしの脳内ではどんなに歳を取ろうと、自分以外の人間はお嬢様お坊ちゃまのイメージ
どんな育ち方をしたのか、本当にわたしはひねくれている

なんでも親やじいちゃんばあちゃんが

世間に出たら人たらしだかなんだか知らないけど、なんでもやってもらえて、その分の時間は好きなことに使える人

自分は自分で大変で、ちゃんとやっていますから

そんなふうに言われても

自分のやりたくないことはやらないじゃない

将来かあ

夢があっていいなあ

自分のためになんか生きて来なかったから

これからは自由だ~

きっとなんでも出来る~

なんて思えないし、悪いほうに考えていたほうがよっぽどダメージ少ない感じがする

綺麗なことしか書かないnote
綺麗なことにしか見えないnote

苦労や嫌なこと
後悔や
人にした悪事まで

なぜnoteは美しい話に見えてしまうのだろう

書けば創作

文字にしてしまえば所詮、綺麗ごと

最近とても、そんなことに目くじら立てる自分が腹ただしい

世の中そんなもんなのに

正直に言って生きられないくせに、黙々と何かをこなして生きるわたしは、無言の叫びがモウモウと体から出ていて気味が悪い

死んだら

海辺のカフカで

カフカが向こうの世界で
若い姿の色の透けて薄い佐伯さんと暮らすシーンがあった
カフカは子供の姿じゃないんだけど
おかあさんと少しの間、生活した感じ
鍋をかき回すさん
ほんとはカフカのために作ったシチューじゃないかも知れないけど

わたしも死んだら
わたしだけの赤ちゃんと
そんなふうに疑似体験して暮らしたいな

もうこんな世界には生まれてこなくていいし
もう自分はじゅうぶん、さとっていると思うから
これ以上
自分がゆける高みとか
豊かさとか
繋がっていたいとか
ないから、あくまで静かに
そっと暮らしたい

わたし小さい頃

西瓜が好きだったらしい

スルメイカも好きだったらしい

シチューも
カレーも好きだったかな

今じゃ何が好きなのかもわからないで
毎日、作るのも食べるのも楽しくなく生きてるな

もちろん、食べたいなあ、って思うものはある

倒れたら怖いから
残ってもったいないから
あればあったで有難いから

お菓子くらい
ジュースくらい
食べて気を紛らせたって良くない?

でも後でハッとする

お菓子食べる身分でも
お洒落する身分でもない
(身だしなみはとても大事だが)

こんなものを買っていたら莫大な税金を払うのが余計大変になるではないか
(自分の中では莫大)
(収入あるくせにと言うあの冷たい視線)

自分は社会の役に立っているわけでも
家族に必要とされていたわけでも
自分を大切に生きてきた訳でもないのに

これからもなのか、これからはなのか、わたしは義務と言う大義のためだけに、生きればいいのだろう

園子温監督の作品ってあんまり好きじゃないけど『ひそひそ星』を今から見ようかな

ご飯も炊けたから、こてっちゃんと一緒にもりもり食べよう

神楽坂恵のアンドロイド
あんな宇宙船の中で、昭和のムードで暮らすのもいいかも知れない


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