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「湯の町の女」

硝子板越しの母
結露のように笑って見える
結露のせいか笑って見える
ヒビが入っているから笑って見える
厚い厚い強化硝子だから笑っている

大型の重厚な観光バスに乗っていた
空いているのになぜか立って掴まっている
なぜかそれは企業の送迎バスで
こんな小さな町の小さそうな会社なのに
羽振りが良いのだなあ…思っていた

見えない湯気と湿気た空気が窓硝子から
こんな重甲にも
かつてはベージュや白、象牙色だった
くすんだ建物の壁に纏い付いているようだった

科学館のようなところにいた
縦に5階、6階、7階くらい
天井がやたら高いからとてつもなく高いのだろう
男女の人形のようなロボット
足元では赤いハートの風船が2つ、吹き上がってはクロスしている
飽きて上の階に行こうとすると
飾りのような白い階段の半天井階だった

湯の町
書くと、現実にもあり
また、存在しないような
煙突の先からしか風景を剥ぎ取られたかのような空しかない

わたしはなにをしにくるのだろう

湯の街は
書くと
淫靡だ

だから湯の町にする

おもちゃの町とおもちゃの街なら
おもちゃの街にするのに

なにがダメだというの、わたしには


あの男とそっくりな
それでいて幼くてあどけない
なによりサイズが違う
髪がフサフサで
ずいぶん伸びた印象がある
ここでなにをしているの

産着にくるまれて
あの男の顔が笑っている
ありえないくらい小さな手足を動かして
喜んでいた

なめくじのような角が伸びて
目だけのおくるみになった

1個取れてしまったの
慌てて目を拾う
取り付けようとするけれど
ごちゃごちゃだ

いつの間にか
母と妹と妹とが
わたしを囲んでいる

わたしを覗き下ろした眼球の根には
熱を加えた時の白身のような盛り上がりが
意味ありげな笑みで、わたしを拘束していた

わたしは寝かされていて
大きな包丁でも振り下ろしていそうな大女が
わたしの胸を揉んでいる

痛いから触らないで

血の混じっているそれをどうするの


わたしはまた駅の改札前の脇から繋がっているデパートの
古い映画館に行くためにバスに乗っている
あの男と観た映画をすべて上書きしたいのに
わたしはどうしても映画を観ることが出来ないでいる
映画館に行く階段に出るためのエレベーターが
いつまで経っても来ないからだ

立ち続けてイライラしてくる
背中が張り、目眩がしてくる

あの男がなぜか高校生
予備校生?
大学生…新卒でもなさそうな
女の子の興味そうではない様子でドアを
硝子板をくぐって行く

やめてよ
母に見つかるじゃない
見下ろす母をすり抜けて行った

最大◯年です

ふいに声が入ってきた

一緒にいられるのは

わたしの足元には
ぐるぐる巻きのなにかが落ちていた


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