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「夜の影法師」

吹き荒れる夜風

泣き叫ぶ竹林

もう幾日も続く

強風の夜の続くような季節だったろうか

正午を回る頃には風が吹きさらす平地でもなさそうだが・・

よくよく心配になり玄関を出てみれば、しん、としている

たった今までのあの風はなんだったのだろう

かつては住人の妻君の手で手を入れられたはずの植木が、細長いながらもポーチの両脇を彩っている

女性的な配置
素人ながら未来に思いを馳せて
夢見ながら植えて行ったに違いない
やや南国めいた植木が続いている
きっと園芸が好きだったのだろう
勿体ないな、と思った

引っ越してからの物要りで、コンビニに行こうか迷っていたのである
両通りにのどちらかの通りに出なければ店がない
ここは入りくんだ路地の、下り坂の脇の、少し高い場所にある民家だ
逆に考えれば上り坂の脇の、少し高い場所

共用のゴミ捨て場が外塀の角にあり、すぐ階段になっている

無駄に広い駐車場があり、半分以上駐車スペースが今も空いている

奥は竹林があり、塀の前に駐車スペースを借りた

こんなに空いているのに、一番遠い

融通の利かない不動産屋だったのか

慌てて申し込みに行った不動産屋は女所帯で、家具内装から開店した当時から変わらないであろう、昭和の雰囲気に溢れていた

正直懐かしく、浸っていたい懐かしさと、対応の女性も赤と茶系の支度で、髪型も昔のアイドル風であった

口調も同じようなものを感じたのか、女性のほうもリラックスしている対応だと感じた

段々と高揚して来て、世間話や昔の日本の話になって行く

そこで少しこの辺りの地形のことを聞いたが、詳しいことはわからないようだった

ただ、とにかく坂が多いのは確かだ

山を削った訳ではないだろうが、この市に越してみて思うのは、とにかく道が狭い

道路法で基準の幅が決められていると思うのだが、下り坂などバス同士で谷間をスレスレにすれ違う威圧感を感じるのだ

借りた家の周辺には、巨大な鉄塔が幾つもあった

夜になると、静まり返ってはいるが、暗に橙々色と赤い光が美しい

不動産屋の女性の提示する駐車場の地図を見ながら、どうせ借りられるのは竹林の前しかない

正確には竹林の中の邸の塀の前の駐車スペースだった

もともとこの貸家の口を聞いてもらったのは、駐車場も同じ不動産屋ではあるが、人が違う

なんでも借り主が幾人も代わっており、前者の借り主が貸主だったのか、なぜすぐ出て行ったのかかも、今の貸借り主には不明

又貸しがいいのか?わからないが、不動産屋も今の借り主のことをはっきりと把握していないらしい

社宅、であればこの家になんぴとが入ろうが集おうが、借り主が存在して定期的に家賃は支払われる
それで構わないのだ

そもそも駐車場を借りる必要はあったのか

私は今でもそれが腑に落ちない

貸家の前には車一台、ゆうに停められる空間が、道から逸れて膨らんで存在している
これはこの家の付随する駐車スペースではないのか?

借り主に耳打ちされてはいたが、四日目をすぎ安心していた
油断していた一週間目には、近所から苦情が来たと言われ、仕事終わりに急いで不動産屋に駆け込んだのだった

確かに貸家の先をゆくと車が通れない袋小路だが、ここではUターンしないだろ

あからさまに県ナンバーと、住んでいる住人に対する監視が強い御近所なのだろう

最早、借り主に聞くのも面倒だった

なぜかこの家からは、家の角に設置されている共用のゴミ捨て場にゴミを捨ててはいけないことになっているのが、暗黙の了解のようであった

必然的にコンビニのゴミ箱に小出しをしなくてはならない

*******

引っ越しの初日

私は一階の、竹林側の部屋を貰った

襖張りの押し戸と、台所と仕切る襖
硝子戸には障子枠が二重に嵌め込まれている
引っ越しした日が穏やかな天気だったからか、日が当り明るくて和風が落ち着けると思っていた

壁は緑系の化粧壁だった
その手前は板張りで、箪笥が備え付けられていた

ただ中途半端な隙間・・
何を置いていたのかわからない空間が、箪笥の横にあった

私はここにクズ入れを置くべきか考え、まず箪笥をずらし、軽く掃除をするつもりだった

箪笥は私によって左側にズラされた

箪笥の底があったその場所には誰のものかわからない、先が切り取られた爪が大量に残されていた

同じ人間の爪かどうかはわからなかった

普通に考えれば爪は切ったらゴミ箱に捨てる

指十本分、一本パチン、パチン、パチンと三回切っても
足指十本足したとしても
個人差があるとしても数ヶ月分、同じ場所に切った爪をそのまま溜めたりするだろうか

違和感を感じつつも、大量の爪と埃を履き、汚れを拭き取った

硝子戸を開けたが、床下が高くて、ここからはサンダルで外には行けないようだった

庭はコンクリートが切りっぱなしの剥き出しで、部屋の角に外に飛び出たようなコンクリートの突起物があった

水はけのような炉のようなものだろうか

私は洗濯干しを諦め、硝子戸と障子枠の隙間に突っ張り棒を嵌め、洗濯物を干した

作業着は重く、突っ張り棒は何回も外れ、簡単に私のストレスは溜まっていった

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風が吹いている

ここは一階だからか、風が激しく地面を転がって行く

二階を覗いたことがあるが、見下ろす外は影絵のように静かで、竹林もなにもかもぢっとしている

私の部屋は、一階は騒がしい

いつしか炬燵を敷布団の上に乗せ、ヂィーと言う音と暗赤の焔に意識を集中させていた

なにもかもが静まり返って暗闇

ただ硝子戸の障子だけが光る

動かない影が影絵のようにそこにある

何が恐怖だと言う体験ではない

恐ろしいのは人のこころ

人がいつかない部屋、家屋と言うのはある

目に見えるはっきりとした現象のせいではない

各家の外塀と言うのは便利である

一度入り込まれれば、死角になって犯罪にも気付かない

意図的にも覗いたり窺い見る手段も、ほんの少しの角度で目くらまされる

人に巣食う黒いものの気配や視線と言うのだろうか

ただそこにはずっと昔から

土地の形がなくなる前から住み続けるもの

古い景色を焼き付けられたままの「眼」が埋め込まれるように見開いている


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