『ひゃくえむ。』少年たちは何のために走るのか?“熱”に出会う陸上漫画

たいていの問題(こと)は 100mだけ誰より速ければ 全部 解決する
 出典:魚豊『ひゃくえむ。』第1話

講談社の漫画アプリ「マガジンポケット」で連載中の漫画『ひゃくえむ。』作者・魚豊氏のTwitterがニュースサイトで紹介されたことから火がついて、ようやくマンガ好きたちの注目が集まっているようです。もっともっとたくさんの人に読んでほしいので、全力でプッシュしようと思います!

『ひゃくえむ。』は陸上漫画です。主人公のトガシが100mという競技を通して色んな人に出会う小学生時代から高校生時代という多感な時期を描いています。

―――なんていうと切磋琢磨の中、傷つきつつもし成長し…みたいな清々しいジュブナイルが始まりそうですが、この物語はそんな次元にはありません。テーマはズバリ、「何のために走るのか?」

その答えはいつも、“熱”のためです。そして熱は、たった100mですべてを変えます。

トガシは小学校時代から足が速く、全国1位でした。そして当時の彼にとって100mとは自分の唯一のとりえであり、だからこそ既に「たいていの問題は100mさえ速ければ全部解決する」という独特な人生哲学を完成させていました。

しかしそこに熱はありません。速いから走っている。それによって自分の存在価値がある。ただそれだけ。

トガシが陸上に初めて熱を感じるのは、転校生の小宮くんと出会ってからです。

転校早々オバケなんてあだ名をつけられる小宮くん。彼は何というか、“歪んだ熱”そのもののような少年です。トガシは彼に出会った瞬間に何かを感じ、なりゆきから彼に100mのコーチを引き受けました。

歪んだ熱が一定の目的を得て、真っすぐに放出されるようになる様を目の当たりにするトガシ。その時初めて、彼の中に”熱”が芽生えます。そして小宮くんははっきりと、トガシより先に走る理由たりえる“熱”を得るのです。

スポーツでなくても、何かに必死で打ち込んだ人ならわかるんじゃないでしょうか。心の底から何かが燃え上がるあの感じ。それは完全燃焼したという快感かもしれないし、今ここで立ち上がらねばという使命感かもしれない。あるいはただの怒り、はたまた誰かのほんの一言で高鳴る心臓

しかしそれは、往々にして一瞬です。ほんの10秒強で駆け抜けてしまう100mのように。そして小宮くんは最短最速でそれを手に入れて、完全燃焼(もえつき)てしまうのでした。

それは、トガシとの初の真剣勝負で。

小宮くん 競争(や)る気か?
うん もちろん真剣(ガチ)で
 出典:魚豊『ひゃくえむ。』第3話

このやりとりが本当に熱いのだが! この漫画はここぞというときの緊張感とカッコよさが半端じゃない!

そして十数秒後。“たかが100m”に狂わされた人間・小宮くんとの勝負で、狂わされ、人生を変えられたのはトガシの方でした。

小宮くんは連日の無理な練習がたたって、足に疲労骨折を抱えていました。しかしトガシは万全のコンディション。その条件で、生まれて初めて後ろから追いつかれてしまったトガシ。それは紛れもない恐怖でした。

100mを存在意義としていた彼にとって、それはトラウマとなりました。そして小宮くんは退院とともに転校していき、同時にトガシは“熱”を失いました。釈然としないものはありつつも、脅威が去ったことにほっとします。

走る目的を失っても、存在意義のために走らなくてはならない…。そんな苦しみからトガシは、陸上からも距離を置くようになります。

さて、彼が再びすべてを変えてしまうほどの“熱”に出会うのは、もう少し先の話。陸上から逃げるために選んだ高校で、それでもまた陸上部を選んでしまってからのことです。

廃部寸前の陸上部で毎日練習を欠かさない選手の本気の言葉。自分の中の怒りを見ないふりする先輩。かつての天才の凋落。それらがトガシの心を動かし、トガシは初めて自分の心に自分で“熱”をともします。

俺は 速いぞ
 出典:魚豊『ひゃくえむ。』第12話

走るのは自分の存在意義のためにだ。この脚は逃げるためじゃなく戦うためについているのだ。孤立なんてクソどうでもいいことだ。

すべてを変えるために、確固たる“熱”を抱いて再び走り出す少年の物語。その決意に期待しかない!


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