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役所広司をハシゴ・・・ヴィム・ヴェンダース監督と西川美和監督が描く世界の魅力

先日、役所広司主演の「PERFECT DAYS」を観てその余韻に浸っていたら、たまたまAmazonのプライムビデオで役所広司主演の「すばらしき世界」という映画を見つけた。で、役所広司の映画をハシゴした。

「すばらしき世界」(2021年)は西川美和監督作品で「PERFECT DAYS」(2023年)より少し先に制作されている。殺人罪で13年の刑期を終えた三上正夫(役所広司)が出所するところから物語が始まる。三上は父が誰かを知らず、母に捨てられて施設で育ち、やくざの構成員だったこともある男。正当防衛とも思えるような殺人事件で刑に服することになったのだった。出所後は弁護士夫婦に身元引受人になってもらって社会復帰を目指す。一本気なためしばしば社会生活から逸脱しそうになる三上を、周りの人たちが見守り、社会復帰に手を貸そうとする。

映画の中で印象的だったセリフが2箇所あった。三上の「身分帳」に興味を持って三上のドキュメンタリーを制作しようと目論む元テレビ番組のカメラマン(たしか)に「なぜやくざになったのか」と尋ねられ、三上は台所の蛇口でわしゃわしゃと髪を洗いながら「あんたも誰かを褒めてくれるところにおりたかろう?」と答える。私はそんなふうに考えたことがなかったのでハッとした。母に捨てられて施設で育った三上は、ほとんど人に褒めてもらったことがないのだろう。そして、ずっと母親に褒めてほしいと思っていたのだろう。だが、三上を誉めてくれる場所はやくざの世界だったというのが切ない。

もう一つは、生活保護の申請手続きで三上の相談を受けた市役所の職員がいう「ケータイ電話を取得したら私にも電話番号を教えてくださいね。人と繋がることが大事ですよ。引きこもって孤立しないように」というセリフ。いかにも公務員という感じで、一見無愛想な男性の「私にも電話番号を教えてくださいね」ということばが心に残った。この市役所の職員は「私はあなたと繋がろうと思う。あなたを孤立させたくはない」と言っているのだ。さりげなくて温かいことばだ。

三上の周りには彼の社会復帰を助けようとする人たちが何人かいるが、みんな押し付けがましくなく、偽善的ではない優しさを三上に向けてくる。そういう優しさは誰でも持っていると思わせてくれるところがこの映画の静かな魅力になっていると思った。三上は素直なだけに短気で喧嘩っ早いところもあるが、それゆえに人に愛されてもいる。だから周囲の人たちが繋がろうとした、ということはあると思う。逆に言えば、そういうチャーミングなところがまったくない人は周囲の人と繋がるのは難しいかもしれない。そして、そういう人が実際にいることもまた残酷な現実だと思う。

シンプルなタイトルも登場人物の描き方も、映画の雰囲気も先日観たヴィム・ヴェンダースの「PERFECT DAYS」や是枝裕和監督作品に似ている思った。西川美和監督はかつて是枝監督作品の制作に関わっていたこともあるそうで、それでどこか雰囲気が似ているのかもしれない。

どの映画もどちらかというと現在の格差社会で”差をつけられた人たち”が描かれているが、いずれの映画も「あなたが求めているのは格差社会の上の方に浮上して物理的な満足を享受することではなくて、この映画の中で描かれているような生き方、人との繋がり方ではありませんか」と問いかけているようだ。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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