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津野米咲・赤い公園の音楽 29. デイドリーム

 「デイドリーム」は2016年3月23日に発売された赤い公園の3枚目のフルアルバム『純情ランドセル』に収録された曲です。 プロデュースはPABLO a.k.a. WTF!?さん、アレンジはPABLO a.k.a. WTF!?と津野さんの共同クレジットになっており、また、ストリングスアレンジは堀向彦輝さんが担当しています。
 『純情ランドセル』は全14曲のうち一曲(「14」)を除いてすべて外部プロデューサーとの競作になっている事、マスタリングをニューヨークのSterling Soundで行っている事等から、今までのアルバムとはまた感触が違う仕上がりになっています。 既にシングルで発売されていた「KOIKI」、「CANVAS」の二曲に加えて、シングルカットはされていませんがPVが作成され、ライブでも人気曲だった「黄色い花」も収録されています。 中には15歳の時に作曲された「おやすみ」やデビュー前に作られた「ナルコレプシー」(作詞は藤本さん)と言った過去の作品も違和感なく収められていますが、「デイドリーム」もシングル「娘」発売後、「今更・交信」発売までの8ヶ月間の休止期間中に作られた曲です。

私自身、何回もリピートするくらい大好きな曲です。これは活動休止中に作った曲なんです。2012年の大晦日にデモを作って、2013年の元日にみんなにデモデータを送ったんですよ。デモはもっと暗くて切ない感じでした。PABLOさんと一緒に歌詞の推敲とアレンジを考えて。その作業の高揚感は特別なものがありました。自分が作るこういうワルツっぽい曲がすごく好きなんですよね。曲の折り返し地点がない感じがして。メロディもシンプルで大好きです。

『純情ランドセル』特設サイト セルフライナーノート

 確かに三拍子の曲ですが、私自身はこのライナーノートを読むまでこの曲をワルツだと感じた事はありませんでした。 多分一般的なワルツのイメージに比較して少しテンポが早いんだと思います。 ”もっと暗くて切ない感じ”のデモにも非常に興味がありますが、完成したこの曲は日向の中のように響きます。 もっとも、語り手は日差しの中にいても夢を見ているので、実際にはその景色を眺めてはいない訳ですが。
 曲は作曲、アレンジ上の様々なテクニックを使ってまさに”白日夢”そのものの世界を作り出す事に成功していると思います。 そのテクニックについて以下考えてみたいと思います。

1. 「デイドリーム」の特徴

3/4拍子、Eメジャー(イントロ、Bメロ、アウトロ)、A♭メジャー(Aメロ、サビ)BPM 120(ゆらぎあり)

イントロ(Eメジャー→A♭メジャー)→Aメロ(A♭メジャー)→Bメロ (Eメジャー)→サビ(A♭メジャー)→間奏(Eメジャー→A♭メジャー、イントロのパターン)→Aメロ(A♭メジャー)→Bメロ (Eメジャー)→サビ(A♭メジャー)→サビ(A♭メジャー)→アウトロ(Eメジャー→A♭メジャー)

 このように頻繁に調性を変える事で(ただし違和感はほとんどない転調ですので全く気が付かない聴き手もいるかと思います)、夢なのか現実なのかわからないような不思議な世界を作り出しています。
 特に印象的なのはEメジャーのBメロの部分で、3回にわたって同じパターンの二小節のフレーズが全音ずつ下がって来る音楽、メロディそのものも下降する形で、2小節目では3回とも基音に対して二度(九度)上に落ち着くというある意味異様な作りなっています。 まるで現実の世界から徐々に離れて行き、一番底の部分(3回目)で白日夢の世界の扉が開くかのような印象を受けます。

デイドリームのBメロ部分

アレンジ

 楽曲そのもののアレンジ(ギター、ベース、ボーカル等が奏でる音楽そのもの)はそれまでの赤い公園の音楽と激しく乖離はしていないと思いますが、Aメロの裏で流れ続ける歌なのか語りなのか判然としない声が(メインのボーカルのエコーのようにも一瞬聞こえますがそうではないようです ー 実際にどのような内容を歌って(語って)いるのか残念ながら現時点では聞き取れていません)流れ、特に一度目のAメロではギター、ベース、ドラムが沈黙し、音楽的要素は1ー3音程度の薄い和音を奏でるエレピとボーカルだけなので、この浮遊感の強い声が絶妙な効果をあげています。 また、Bメロ部分ではおそらく津野さんのものと思われるほとんど吐息のようなボーカルも印象的です。 上述のように、この部分は音楽的にも非常に効果的な部分で、この津野さんの声は夢の世界に誘う魔法の呪文のようにすら響きます。
 『風が知ってる』の通常版シングルに収録されている非常短い「わりとPON!」という作品がありますが、”それは夢みたいで”と歌う歌詞の部分で急にアレンジが変わるのですが、その部分のアレンジは「デイドリーム」全体の響きと感触が似ているように思います。

転調

 全体を通してEメジャー(シャープ4っつ)とA♭メジャー(フラット4っつ)を行ったり来たりします。 Eメジャーの第三音のGシャープがAフラットと同じ音なので、この音を基点にして転調するパターンで決して珍しくはないのですが、聞き点に転調を意識させずスムースに移行してしまいます。

ボーカルとベースの二度の関係 Add9コード

 津野さんの曲にはいわゆるAdd9(Cであればドミソレ)のコードが頻繁に見られ、そのAdd9の音(基音のドに対して九度(二度)上のレの音)がボーカルラインに使われる事も多いようです。  この曲ではその特徴が非常に目立ちますが、特にBメロで3回に分けて全音づつ下降してくるメロディの部分では、落ち着きどころ(強拍の部分)で3回とも二度の関係になっています。 耳コピした限りでは、このような箇所では和音から三度の音が省略されており、基本のドミソの代わりにドレソという構成になっているようです。 「塊」や「CANVAS」で見られた六度の和音(ドミソラ、Am7と同じ構成音)と同じように、この和音も明るいのか暗いのかはっきりしない響きです(六度の和音よりは明るめな響きですが)。 それが、上述した”周囲は太陽の光に溢れて明るいのに、語り手はその景色を見ていない”、まさに白日夢(デイドリーム)そのもののような響きを作り出しています。 サビの部分では実際に演奏されているベース音ではなく、後述するようにAフラットのクリシェと考えるとここでも連続して二度の関係が見られます。

デイドリームのベースとボーカルの二度(九度)の関係

サビのコード進行 (KOIKIとの類似)

 「KOIKI」のサビの前半部分のコード進行は、Aadd9(こちらも二度の響き)から始まる所謂クリシェです(Aadd9→Aaug add9→A6add9→A7add9)。 
一方で「デイドリーム」の二度目のサビ(ボーカルとコーラスのみの部分)ではA♭ add9から始まるクリシェに聞こえます。 「KOIKI」より半音低いが全く同じコード進行として響きます。 実際には、一度目と三度目のコーラスでベースラインが入ると少し違った響きになりますが、和音自体の構成音は基本同じです(A♭add9/C→A♭aug add9/C→A6add9/F→A7add9/E♭)。


「デイドリーム」と「KOIKI」のサビの和音進行

リズムのトリック

 津野さんが好むリズムのトリックですが、特に三拍子の曲で(もともとリズム構造上やりやすい)多く見られます。 一番顕著な例が「絶対零度」ですが、4分の三拍子を構成する四分音符三つを小節をまたいで二つずつペアにして二分の1の速度の三拍子を作ったり、六つの八分音符を三つずつペアにして(本来はふたつずつペアになる)2拍子を作ったりで、曲の流れはそのままに変拍子的な効果をあげる事ができます。 「デイドリーム」は全編4分の3拍子ですが、サビでは8部音符二つをペアにして1小節を二分割し、それをさらに二小節ペアとして扱う事で速度が1.5倍遅い4分の4拍子になったように聞こえ、一挙に違う世界が始まったように感じます。 そして、”醒めてしまうには”と歌う部分で、まるで魔法が解けたように通常の速さの三拍子に戻るように聞こえる為、聴き手はここで語り手が夢から醒めた事に気がつく事になります。 そして、その”夢から醒める”部分のメロディは後述するように、お父様である つのごうじさんが作曲した「BLUE AND RED」からの引用です。

サビの部分のリズムトリック


2.  「BLUE AND RED」(つのごうじ作曲)との相似

 以前別の文章でも書きましたが、デイドリームのサビの後半部分にはつのごうじさんの「BLUE AND RED」からの明らかな引用があります(4小節にわたってリズムと音程が完全に一致する)。 この引用の意図については後述しますが、米咲さんがかつてから大好きだと言っていたこの曲との相似点はこの部分だけに留まらないように思えます。

「デイドリーム」と「BLUE AND RED」のサビのメロディの一致

 どちらの曲も3/4拍子であり、頻繁な転調が特徴です。  「BLUE AND RED」がその頻繁な転調自体が非常に印象的な効果を与えるのに対して「デイドリーム」はあまりそのような印象を与えないという大きな違いはありますが、譜例を見ていただくとその頻度及び二つの調号の間を往復するイメージの類似は明らかだと思います。

BLUE AND RED (つのごうじ作曲) Aメロからサビまで


デイドリーム イントロからBメロの冒頭まで

デイドリーム Bメロ続きからサビまで

3.  津野さんの意図

 「KOIKI」についての文章でも書きましたが、津野さんは「BLUE AND RED」をお手本にして”綿密に準備されたさりげない転調”をいつか実現したいと思っていました。 それを実現したのは「KOIKI」であると思いますが、実際には「デイドリーム」を作った時点で(「KOIKI」は2015年の春に作られていると思われるため、「デイドリーム」は2年半程度先行していると思われます)ほぼその目標は達成出来ていたように思えます。「デイドリーム」のほうが先に作曲されている事、また、構想された段階(デモの段階)では完成形よりもさらに暗い響きの曲であった事を考えると、半音上(上か下かは音楽上意味がある事だと思います)で同じコード進行を使って全く違う内容と響きの曲(”「KOIKI」は赤い公園というバンドの“宣誓”のような曲ですね”と津野さんはライナーノートで語っています)を敢えて作った事は”そのような過去も乗り越えていく”という意思表示を込めた物のように私には思えます。

 まさに白日夢を見るように美しく完成された世界を持つ「デイドリーム」ですが、津野さんはどのような夢を見ているのでしょう? 上述したように、”醒めてしまうには美しすぎる”という歌詞はお父様の作曲した「BLUE AND RED」のメロディに乗せて歌われます。 ”幼少時いつも家では音楽が溢れていて、突然始まる家族の音楽会が大好きだった”と言っている津野さんです。 この白日夢とは、”家族と過ごした子供時代の幸せな記憶(津野さんはこのように思い出を温める事を”贅沢”と呼んでいます)”なのではないでしょうか。