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津野米咲・赤い公園の音楽 37. 体温計

今までのミニアルバムでは自分のコアな部分に近づけることに重点を置いたというか、違和感の部分に重点を置いてやってきたんですけど、今回はとにかく耳触りをよくしたくて。聴く機器を選ばないスタンダードな音作りをしたいというか……たとえば“のぞき穴”はもっと治安の悪い音にすることもできたし、“交信”はもっとゴージャスにすることも、“体温計”はもっと質素にすることも、“カウンター”をもっとパンクにすることもできたんです。でも、それはやらなかった。だから今までに比べたらリヴァーブ、ディレイの量が圧倒的に少ないんです(笑)。音の質感をめちゃくちゃドライにしたし、クリアに聴こえるようにしたし、音数も増やし過ぎないようにしたし

MUSICA 2013年9月号

 「体温計」は2013年発売の『公園デビュー』の5曲目、津野さん自身がこのアルバムをLPに例えていますがアナログ盤であればA面最後の曲になります。 アルバム収録曲の中でデビュー後に作ったのが「つぶ」と「交信」、休止期間中に作曲されたのが「カウンター」と「贅沢」という事なので、「体温計」はデビュー前からあった曲という事になります。 ただ、アルバム発売以前にライブで演奏された事はないようで、アルバムをプロモートするツアーで初めてライブ演奏されていますが、そのツアーの後はライブではとりあげられていないようです。
 このアルバムもデビュー当時からの音源と同じく全曲津野さんのセルフプロデュースですが、それまでと比べて全体的に音数が少なく見通しのいいアレンジの曲が多いイメージです。 その中でもこの曲は佐藤さんの歌と津野さんのピアノだけの演奏(少なくともそう聞こえます)で、赤い公園の全作品の中でも最もシンプルな作品ではないでしょうか。 上記インタビューの中で津野さんは、”もっと質素にする事も出来た”と振り返っていますが、音(アレンジ)としてはこれ以上取り除きようが無い(敢えていうならピアノの左手のオクターブを取り除くとかは出来るかも知れませんが)と思いますので、リバーブ等を含む全体的な味付けの事を言っているのだと思います。

津野:活動を再開するにあたって、無理するのは止めようって思ったんですよ。これまではピアノをギターに置き換えてやってきたけど、ピアノのパートはピアノでやればいいんじゃないかって。

Fanplus Music 2013年8月16日

 当時までの曲は基本すべてピアノで作曲していたはずなので、休止期間前の曲では唯一例外的な「何を言う」を除くすべての曲で、ピアノパートをギターに置き換えてバンド演奏していたという事ですよね。 当時は津野さんはコードネームを知らなかったと証言しているので、ピアノの和音をコードを頼りにギターに置き換えるのではなく、ひとつひとつの音を耳を頼りにギターに置き換えるという大変な作業を行っていたようです。 「何を言う」では生ピアノに加えてキーボードの音が中間部で入ったり、グロッケンシュピール(演奏しているのは歌川さん?)が加わっていたり、ボーカルに目立つエコー処理がされていたりとかなり手が込んだアレンジになっているので、比較すると「体温計」のシンプルさがますます際立つ印象です。


1.「体温計」の特徴

 イントロで繰り返される2小節のピアノのパターンはそのままAメロの裏でずっと(変化なく)続きます。 Gmのドリアスケール(本来フラットするEが半音あがってナチュラルする)の様にも思えますが、メロディラインその他から判断するとおそらくD majorのキーなのではないかと思います。

「体温計」のイントロとAメロ

 イントロで繰り返されるD→E(レ→ミ)のメロディが印象的ですが、E(ミ)は1小節目のGmにおいては6,2小節目のD majorにおいては2あるいは9の音になり、津野さんの好む2つの音程が最初から並んでいます。 それに続くAメロのメロディも前半は基本レとミの音の繰り返しです(ボーカルのメロディもルートに対して6と9のインターバルを繰り返す)。

 後半ではファ→ミ→レという下降するメロディが4回繰り返されますが、一回目と3回目のファはシャープ、2回目と4回目のファはフラットしていて、D majorとD minorの間を短期間に何度も行ったり来たりします。 このような長調と短調の間の揺らぎは赤い公園の音楽にしばしば見られますが、ここでの例は「風が知ってる」のイントロとAメロの部分と基本同じ効果をあげています。

「体温計」 Aメロ後半の長調・短調間の揺らぎ

 デビュー前から存在した曲だからでしょうか、白盤、黒盤の収録曲ほぼ全てに見られた”ドレミレド”音型はこの曲でもボーカルのメロディに見られます(D Majorなので”レミファ♯ミレ”になっています)。

ボーカルの”ドレミレド”音型

 長調なのか短調なのか、明るいのか暗いのか分からない薄明の世界を漂うようなAメロに続くサビは、基本的に短調の世界(暗い音)に落ち着きますが、”もれる”から始まるサビの後半部分はボーカルのメロディに使われる音とピアノの伴奏の音が殆ど重ならない、かなり特殊な音楽になっています。 特に”水銀のイメージを”の部分は、後半に行くにつれてますますメロディと伴奏が乖離し、最後の”を”はGmの6度の音程であるミの音で終わる事によって冒頭(Aメロ)のピアノ伴奏パターンを呼び戻します。

「体温計」サビ

 中間部のピアノソロは響きが変わり新しい音楽が始まったように聞こえますが、上述のサビの最後の2小節(”水銀のイメージを”、”取れちゃいそうね”)のメロディを(ここではメロディと和声が一致、一体化している)展開しています。 一方で3小節目と5小節目では「交信」のサビのメロディが引用(”目を伏せるなら”)されているように聞こえ、これが意図的な引用であれば、アルバムで一曲前(4曲目)に置かれている曲との連続性を考えたのか、”目を伏せる”というイメージを(あるいは同じメロディで繰り返される”お話もした”、”(涙を)拭えばいい”という歌詞のイメージ)この曲に持ち込みたいからなのかのどちらかでしょう。 同じように「交信」から引用されたと思われるフレーズは曲の一番最後のピアノのメロディにも現れます。 一方で、下記譜例の44小節目のメロディは、サビの”とれちゃいそうね”の”れちゃい”の部分のメロディ=レ↑ラ↓ソを逆行して二回繰り返している(ソ↑ラ↑レ↓ソ↑ラ↓レ)とも考えられるので、そうであれば「交信」との類似は単なる偶然という事になります。
 どちらのケースであれ、8小節に渡るピアノソロではこの曲のメロディを緻密かつ有機的に展開している事は間違いありません。 このような曲におけるピアノあるいはギターソロはサビやイントロ等のコード進行に乗せて自由にメロディを展開するのが一般的ですが、ここでは自由なコード進行に乗せてメロディの一部を展開するという正反対のアプローチになっています。(これも津野さんの曲の”クラシカル”な部分であると言えると思います)。

「体温計」のピアノソロ
体温計の終結部

2. 本当に作りたかった音楽?

 冒頭にあげたインタビューで津野さんは、”今回はとにかく耳障りをよくしたくて、もっと違う音に出来たけど、しなかった”と発言しています。 赤い公園の音楽が休止期間の直前に発表されたシングル盤の『のぞき穴』以前と、休止期間後に発表された『今更・交信』及びそれに続く『公園デビュー』の間で大きく変化しているのは客観的にも確認出来る事実ですが、その変化がかなり意識的であった事が分かります。 以前の記事でも何度か書いていますが、津野さんは新しいアルバムを出す度に同じような内容の事を言っているのです。 その上でも特に興味深い事に『THE PARK』発売後のインタビューは、上記のインタビューと殆ど同じような内容になっています。 詳細は下記にリンクした過去記事を見て頂けばと思いますが、「"Mutant"のメロディでシロタマの鍵盤に渋めのギターみたいな乗せ方は(以前は)絶対しなかった。 ー 中略 ”Uniteも、もうちょっと建物が壊れるような音にしたりしたかったのをグッと抑えてみたら新しい塩梅になって」というような内容で、比較するととても面白いです。 同じ”公園”という言葉が入っている『公園デビュー』と『THE PARK』の間には7年という時が流れていますが、二つのデビューアルバムはこういう所で繋がっているのかもしれません。