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赤い公園 『THE PARK』 - 1

 2020年4月15日に『THE PARK』が発売されてから既に3年が経ちました。多くの人から赤い公園の最高傑作と言われていますが、初期からのファンの中には違和感を感じた人もいたようです。 私もその一人なのですが、収録曲の振れ幅が比較的小さい点や、驚くような不協和音や不協和なカウンターメロディやベースラインの不在、リズムのトリックが目立たない点が、戸惑いの原因だったと思います。 
 また、これは完全に個人の印象ですが、全体的に暗い響きが多い事、全然別の曲なのになぜか同じ曲のように聞こえる曲がいくつかあり、連続して再生していると今どの曲を聴いているのか一瞬分からなくなるような事もありました。
 前者については、赤い公園の音楽の変遷と、『THE PARK』発売当時の津野さんのインタビューを読むと、明らかに意図的であった事が分かります。 後者はあくまで私の印象であり、それを裏付けるようなインタビューも見つかりませんが、各曲の構成を見てみるとこちらもある程度は意図的だったのではないかと思われる所があります。

1.  佐藤さんの脱退から『THE PARK』まで

 まず最初に、旧体制最後のコンサートから、『THE PARK』発売までの流れを時系列で並べてみます。

2017年8月27日 熱唱祭り (旧体制最後のコンサート)

2018年1月4日  もぎもぎカーニバル (3人での演奏。 全曲新曲だが、その後新体制で演奏された曲は 「ジャンキー」、「Highway Cabriolet」、「さらけ出す」、「KILT OF MANTRA」、「スローモーションブルー」(藤本さん+少しだけ津野さん)、「おそろい」(藤本さん)

2018年5月4日 VIVA LA ROCK 石野さんデビュー。 同期を使った旧体制と同じスタイルの演奏

2018年9月8日 BAYCAMP (「消えない」初披露)

2018年10月29日 「消えない」MV公開

2018年12月30日 CDJ (「Highway Cabriolet」新体制で初披露)
ー 遅くともこの時点では既に旧体制の曲も同期無しの演奏。 また、津野さんと藤本さんの立ち位置交代

2019年3月2日~ Re:Firstツアー (「HEISEI」、「ジャンキー」、「UNITE」、 「オーベイベー」、「凛々爛々」、「Dowsing Dancing」、スローモーションブルー(藤本さん)初披露)

2019年5月4日 VIVA LA ROCK (EPICとの契約発表)

2019年7月4日 Youtube Live (「衛星」、「Beautiful」、「未来」、「ソナチネ」、「夜の公園」初披露)

2019年8月17日 「凛々爛々」MV発表、デジタルダウンロード発売

2019年10月23日 『消えない-EP』発売 (YO-HO初披露)

2019年11月2日~ FUYUツアー (「曙」、「石」、「題名不明曲」初披露)

2019年11月27日 Youtube Live (「輝き」、「UNITE」、「お揃い(藤本さん)」披露

2019年12月28日 CDJ (「絶対零度」初披露)

2020年1月25日 『絶対零度』発売 (「SEA」初披露)

2020年4月25日 『THE PARK』発売 (「Mutant」、「紺に花」、「chiffon girl」、「Yumeutsutsu」初披露)

 佐藤さんの脱退後、赤い公園がバンドとして本格的に再始動するまで随分長い時間がかかったような気が当時はしていたのですが、こうしてみると、熱唱祭りから5ヶ月後には全曲新曲、楽器をメンバー間で持ち替えたりボーカルを持ち回りで担当したりという斬新なライブを行い、その4ヶ月後には石野さんが加入して初コンサートを行っています。 その際には全て旧体制の曲でしたが、夏のフェスティバルで新曲「消えない」を発表しMVも作成、翌年春のツアーでは7曲(3人体制で演奏された曲も含む)の新曲を発表しています。
 レコード会社との契約発表には石野さんの加入から丸一年がかかっていますが、その後の1年で、『消えないEP』、シングル『絶対零度』、フルアルバム『THE PARK』を発表、その間に全国ツアーも実施、と実際にはすごいスピードで活動していた事が分かります。

 『THE PARK』は、アルバム作成にあたってゼロから設計図を書くのではなく、既に存在している曲を積み重ねて作られたアルバムであり、制作期間もまとめて録音を行うというより、一曲一曲、バラバラに録音していったようです。 当時ストックとしてあった約30曲の中から選んだと津野さん自身が発言していますが、この30曲の中には実際にはEPやシングルで発売された曲も含まれているのではないか、と思います。 (実際に音源として発表された曲に、デモとして発表された4曲や、Youtube Liveで演奏されたがスタジオ録音は発表されていない数曲を足し合わせるとおおよそ30曲になります)。

2.  新体制のライブ演奏

 ライブにおいては、佐藤さんの時代の曲をどのように演奏するのか、という点に非常に興味がありました。 石野さんのデビューにあたる2018年のViva la Rockでは旧体制の後期のライブそのままに、CD音源を元にする同期トラックに合わせて演奏する(結果としてCD音源に限りなく近い演奏になる)スタイルでしたが、18年末のフェスティバル(CDJ)の際には既に同期は使わず、楽器隊3人の音だけの演奏となっています(おそらくこのタイミングで津野さんと藤本さんのステージ上の立ち位置も逆転)。 旧体制でも曲によっては同期を使わずバンドだけで演奏する曲もありましたが(「サイダー」、「絶対的な関係」等)、新体制では同期を使って演奏したのは”0日目”の「交信」と「Chiffon Girl」だけであったと思います。 
 
 実は、ライブで演奏される旧曲を聴いている時、「赤い公園のコピーバンドを聴いてるみたいだ」と感じたことがあります。ボーカル以外はオリジナルメンバーなので当然コピーバンドの訳がないのですが、ピアノが活躍する曲や打ち込み中心のバッキングの曲を一本のギターと一本のベースだけで再現することは不可能です。CDの音源に近い音で演奏するライブに慣れていた私としては、原曲のアレンジからの乖離の大きさに戸惑っていました。
 新体制の初期から『THE PARK』の発売タイミングでのインタビューを通して、この時期の津野さんは”バンド演奏自体を楽しんでいる”、”ギターを弾くのが楽しい”と繰り返し発言しています。自身の作品をライブでも完璧に再現することに集中していた頃には、コンポーザー・リーダーとしての意識が全てを上回っており、自身の演奏を楽しむ余裕がなかったということなのでしょう。同期を使わないこと、それに伴って過去作品も一度解体して再構築する必要があったこと、そしてその結果としてのバンド演奏が自分でも驚くほど楽しかった、という事実は音楽性の変化に間違いなく大きな影響を与えていると思います。
 最初期の作品もいくつか演奏されています。人気曲の「ランドリー」はライブでの演奏回数が決して多くなかったようですが、新体制のFUYUツアーで取り上げられています。ただし、この際の演奏は原曲を再現することは最初から念頭に置いていないように思われるほど単純化されたアレンジでした。例えば二度目のAメロの際の非常に印象的なピッチシフトをかけたベースの裏メロが単純な基音の頭打ちに変更されているなど、初期からのファンにとっては”これこそが赤い公園”というような音楽的要素を意識的に全て取り除いたかの様に感じました(一方でLAST LIVEでは津野さんの代わりに小出さんを加えた4人編成で、同期は使わずにオリジナルアレンジをできる限り再現しようとしていました)。

3. 『THE PARK』に至るまでの赤い公園の音楽の変遷

 新体制のライブにおける旧曲のアレンジについて、インタビュー記事等が見つからない為実際の意図は分かりませんが、『THE PARK』発売時のインタビューを読むと、自分の音楽的な特徴を敢えて取り除いていこうとしていた事が伺えます。

津野 "Mutant"のメロディでシロタマの鍵盤に渋めのギターみたいな乗せ方は(以前は)絶対しなかった。 渋めのトラックの時はきっともうちょっとポップスファンクな、譜割のおおらかなものにしてた気もするし。 ”ソナチネ”もかなり自分にとっては新しいかなと思います。 歌謡曲が好きだけど、そこになにかを混ぜるのが性癖的にすきだったんだけど。
聴き手 (というかそこが自分の腕の見せどころだと考えてたのもあったよね。)
津野 そうそう。 (中略) ”Uniteも、もうちょっと建物が壊れるような音にしたりしたかったのをグッと抑えてみたら新しい塩梅になって。 (中略) やり切る事も、ここで止めておく事も、どちらも怖がらずにできてる。 ”ソナチネ”はまさにそうなのかなと思います。

バックステージ・パス 2020年6月号

 インタビューの中で、”今までならこうしていたけど、今回はあえてやらなかった”という発言が見られます。 その意図は語られていませんが、いわゆる手癖のような物を出来るだけ排除してこれまでとは違う音楽を作る、と言う事でしょう。 もちろん音楽的に進化していきたいという思いの表れですが、できる限り幅広い聴衆に抵抗なく受け止めて貰える音楽、伝わりやすい音楽を作りたい、という強い願いの表れであることは間違いありません。  しかし、実は津野さんは2013年に『公園デビュー』を出した頃から既に、”すごく分かりやすく作ったつもりなのにまだ伝わらない。 今度こそは、という覚悟で作りました”という発言をリリースの度に繰り返しているのです。 2014年には、

”『公園デビュー』は、(黒白盤が分かりにくいという反応だった事を受けて)とにかく(自分の意図が)伝わるように作った。 が、それでも伝わらなかったようで驚いた。 今度こそは(『猛烈リトミック』)は伝わるように!” 

とも語っています。 結果として『猛烈リトミック』はレコード大賞を受賞する等高い評価を得ましたが、続く『純情ランドセル』ではほぼ全曲外部プロデューサーに任せてニューヨークでマスタリングをする等、さらに聴衆を拡大する意図で制作されました。

ー バンドがすごいスピードで変わってきてますね。

津野   捏ね繰り回ってた糸がほどけてきた感じがあります。やりたいこと、できること、見せつけたいこと、音楽シーンで確立したいことが絡まって、武装するカッコ良さを選んでたんですよ、私たちは。でも、今回は一番素直なところに終着した気がしますね。

佐藤   削げて、シンプルになった感がかなりあるよね。

ー 赤い公園の素直さって、聴く側は意外と分からないと思うんですよ。「ひつじ屋さん」(前作『猛烈リトミック』収録曲)のようにプログレッシブな曲が実はラブソングだったりするし。

津野 あの曲はマジでラブソングのつもりで書いたのに、そう取られないですからね(笑)。今回の素直はちょっと違いますよ。届くんじゃないかって信じてます。ポップを考え切ったのが前作なんだけど、出してしばらく経つと思うわけですよ。メロディーはもっと簡単で良かったかなとか。なので、もう1回立ち返った時に、とにかく全ての曲を“絶対に届くから、聴いてくれよ!”という気持ちで演奏、アレンジしてみるのはどうだろうと。それをピュア(純情)にやってみました。

OK Music 2016年3月20日

 その音楽的完成度についてファンの間では評価が定まっていますが、新しいファンを獲得したかについては、売上枚数を見る限り成功したとは言えないのではないかと思われます。 続く『熱唱サマー』はボーカルの佐藤さんの脱退決定の前後に制作され、時間的制約の中作成された様子が伺える為(本当はプロデューサーさんにお願いしたかったが調整できなかった)、どの程度本来意図した形に出来上がっているのか分からない部分もありますが、更に分かりやすい曲が増えているのではないかと思います。 アルバム発表後、ツアーで本格的にプロモーションを行う事が出来ていれば更に幅広い聴衆を獲得できた可能は高いのではないかと思いますが、実際には、8月30日付で脱退を決めた佐藤さんとの最後のコンサート、”熱唱祭り”が唯一のライブ演奏の機会になってしましました。

 そして、それに続く『THE PARK』が、津野さん自身が語っているように、全作品の中で一番”素直”な作品に仕上がっている事は間違いないでしょう。 ただ、出来上がった音楽が結果として”素直”に響くのか、自身の中にある音楽を”素直”に取り出したらこうなったのか。  人間は当然変わって行きますが、小学校三年生でこのような響きを作り出していた人の中で鳴る音楽が根本的に変わる事はないのではないだろうか、と思うのです。

津野さん小学校3年生の時の曲 (ラジオ放送の音源より筆者が譜面起こししたもの)

(続く)