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津野米咲・赤い公園の音楽 28. もんだな・急げ

 「もんだな」と「急げ」は2013年発売の1stフルアルバム『公園デビュー』の6曲目と7曲目に収められています。 この二曲はテンポが全く同じBPM130であり、キーもAマイナーとEマイナーで非常に近い為か二曲続けて一つの曲のように聞こえる方もいるかと思います。 「もんだな」が終わった直後に「急げ」冒頭のベースのノイズが響き、そのまま続けてイントロのギターが始まるのですが、デビューEPに収められていた「副流煙」の例(イントロ・アウトロと真ん中の歌の部分がかなり違う音楽に聞こえる)を経験している聴衆は、”曲調が変わったけどまだ同じ曲が続いているのだな”と感じても全く不思議ではないでしょう。
 下記雑誌のインタビューで津野さんは、インタビュアーの”この二曲はつながって聞こえる”というコメントに対して”両曲のサビのコード進行が対になるように作曲しているので、つながって聞こえるのは意図的です”と言う趣旨の回答しています。

ー ちなみに、2分弱の曲ながらも途中で映画音楽長にサウンドが切り替わったりもして、その巧みなアレンジに度肝をぬかれたりもしたんですが、この「もんだな」は続く7曲目の「急げ」と2曲で1曲かのように繋がって聴こえるんですよね。
藤本 あ、気づかれた!
津野 ここは実は仕掛けがあるんですよ。 「もんだな」のサビのコード進行と「急げ」のサビのコード進行が対になっていて、「もんだな」は上がっていって「急げ」は下がっていくんです。
ー へー、そこまでは気づきませんでした。。。。。って、相変わらず緻密ですよね(笑)。
津野 なんか凝っちゃうんですよね(笑)。 みんなが見過ごしそうな狭間産業を狙っていく閃きの赤い公園でいたいなと思います(笑)。

トーキングロック 2013年10月号

 津野さんがこのように”仕掛け”について語る事はこの後段々少なくなりますが、それが音楽にそのような仕掛けを組み入れる事を意識的に減らしていったのか、そのような質問をされる事が減っていったのか(インタビューを読んでいると、津野さんは基本聞かれた事に答える事が多く、特に純粋に音楽的なポイントについては自ら語る事は少ないように思えます)分かりません。 ただ、『公園デビュー』以降、聴衆の枠を大きく広げたいと願っていた事とおそらく無縁ではないでしょう。 おそらく、多くの人は”仕掛け”など知らなくても楽しめる音楽を求めていると思われるからです。「CANVAS」や「絶対零度」についてのインタビューでは、純粋に音楽的な質問を意図的にはぐらかしているかのような物もあります。
 そのように考えると、実はこの質問に対する回答も真摯に答えた物なのか、若干はぐらかしているのかわからなくなってくるのですが、筆者には津野さんの答えが少し不思議に思えます。 と言うのは、この二曲(実際にはこれ以外の曲も含む)を結びつけている要素には、上述したテンポの完全一致等、もっと大きく、わかりやすい物があるからです。 このインタビューに対して最初に反応しているのが藤本さんである点も気になる部分です。 津野さん自身が語っているように赤い公園には譜面やコード譜は存在せず、バンドメンバーは津野さんが準備したデモ音源を耳コピーする作業からアレンジを始めており、また、この部分でコードの動きとベースの動きは連動していないので、”(津野さんの弾いているギターが)対になっている”という事を藤本さんが特別に意識していたとは思えません。 おそらく、藤本さんがインタビュアーに同意した際に頭の中にあったのは、別の事であったのではないかと思います。 また、ライブでの演奏史を見ると、本当にこの二曲が対になる物と意図して作曲されたのか若干疑問に思われるのです。

1.   ライブ演奏の歴史

 現在確認できるライブでのセットリストによると、この2曲は必ずしも続けて演奏されていた訳ではないようです。 「急げ」が初めてライブ演奏されたのは2011年4月13日、「もんだな」は2011年7月18日で、共にメジャーデビュー盤である『透明なのか黒なのか』の発売(2012年2月15日)よりもかなり早タイミングであり、『公園デビュー』発売(2013年8月14日発売)よりも2年以上前になります。
 この二曲が初めて続けて演奏されたのは活動休止を挟んだ2013年5月5日の”大復活祭”のようですが、この際には「急げ」が先に演奏されています。 「もんだな」→「急げ」の順番になったのは『公園デビュー』が初めてで、その後のライブで二曲とも演奏される場合はこの順番で連続して演奏されていますが、それぞれ単独で演奏される事も少なくなかったようです。
 これを見ると、この二曲が最初から”対”になる物として作曲された訳では無く、ある時点でこの二曲を連続する事になんらかの”意味”あるいは演奏上の効果を見出したように思われます。  しかし、「木」の歌詞の部分が引用された小曲達がデビューアルバムに収録されていたというような例を考えると、最初から連続した曲として意図されていたが、あえてバラバラに取り上げたり、順番を逆にして演奏したりして見た、という可能性も否定は出来ないでしょう。

2.   二曲の類似点

A.  テンポ

 上述したようにこの二曲はテンポ(BPM)が完全に同一です。 同じ4拍子である上にテンポが同一なので、続けて演奏した場合は同じ曲が連続したように聞こえます。 これは、どちらの曲を演奏した場合も同じ効果があるので、最初にライブで逆の順番で連続演奏した際も、同じ曲が続いたという印象を受ける事に変わりありません(これは『今更・交信』の初回限定盤CDに付属していたDVDに収録されている”大復活祭”の映像で確認出来ます)。

B.  冒頭のベースライン

 「もんだな」の冒頭のベースラインはミ→ファの動きの繰り返し、「急げ」はその逆でファ→からミへの動きの繰り返しです。 この動きは完全に対照的で、”対になっている”と言えます。

冒頭のベースラインの反行 ミ→ファ(もんだな)、ファ→ミ(急げ)

C.  キー

 「もんだな」のキーはEマイナー(ファにシャープが付く)、「急げ」はAマイナー(シャープフラット無し)で近いキーですが、上述したように「もんだな」のAメロでは本来シャープがつくべきベースのファの音がナチュラルしおり、ボーカルのメロディではファはシャープしていますが、実質的にはAのドリアンスケールと考えられるます。 つまり、Aメロ部分は両曲とも基本同じAのキーと言って良いと思います。

D. サビ

 津野さんがインタビューで発言しているように、「もんだな」では上行するコード進行、「急げ」は下行する進行になっている事は間違いありません。 ただ、上記のベースラインと比較すると、”対になっている”とまで言えるかは多少怪しい気がします。 詳細は次項で考えて見ます。

3.  サビのコード進行

 「もんだな」のサビのコード進行は単純化するとAm→Bm→Em。 「急げ」のサビも同じく単純化するとAm→Gm→Fとなり、Amから開始される点、2番目のコードが一音上行したBm(もんだな)と一音下行したGm(急げ)になる所までは確かに完全に対照的な動きです。 一方で3番目のコードは「もんだな」が3音半上のEを基音とするマイナーコードなのに対して「急げ」は一音下のFのメジャーコードとなり、動く方向こそ一緒ですが、行き着く先のコードは全く性質が異なります。 ピアノでコードを弾いて見た場合、これを持って”対になった動き”と呼ぶのは多少無理があるように感じます。 一方で、ギターであれば、例えば津野さんが得意としていた三本指コードを使って全く同じ指の形を保持したままで上行・下行すれば対照的な動きという実感があるかもしれませんが、ライブ映像で確認できる範囲では最初のAmコードを押さえるポジションが違う為、そもそも出発点が異なっており、対照的な動きという実感は更に少なくなります。
 一方で、「もんだな」のサビのコード進行は「のぞき穴」のサビの進行と全く同じ連続して上行する三つの和音であり、コード自体もほぼ同じと言っても過言ではありません。 「もんだな」と「急げ」のコード進行を”対”と呼ぶなら、「もんだな」と「のぞき穴」のコード進行は”同一”と呼んでも良いと思います。

4. その他の曲との関連性

 津野さんの曲には意図的に他の自作曲を引用していると思われる例(「オレンジ」のイントロのギターが「楽しい」のサビのメロディであったり、「紺に花」のギターソロが「誰かが言ってた」のサビのメロディの引用であるケース)や、同じ短いフレーズパターンが繰り返し現れる等(『透明なのか黒なのか』、『ランドリーで漂白を』の収録曲に繰り返し現れる”ドレミファミレ”というフレーズの多用)が見られます。 「もんだな」、「急げ」にも同じ例が見られるのですが、その対象が同じアルバムの「今更」、「のぞき穴」である事は興味深い現象です。 例としては前述の通り「のぞき穴」と「もんだな」のサビのコード進行はほぼ同一ですが、実際には「今更」のサビのコード進行もかなり近いものです。 「のぞき穴」のほうがテンポが早い為、連続しているという印象は比較的薄めですが、「イントロが始まった瞬間に、”「今更」がリピートしている?”と思う聴き手も少なくはないのではと思います。 他には「今更」のギターソロが「もんだな」のサビの引用、「急げ」のギターソロが「今更」のイントロのリフと共通している等。
 津野さんは、『公園デビュー』をアナログレコードのような発想で作ったと発言しており、「もんだな」がB面の一曲目であると言っています。 このように考えると、A面一曲目と二曲目の「今更」と「のぞき穴」、B面一曲目と二曲目の「もんだな」と「急げ」がお互いに関係し合っているのも意図的であると考えて良いのではと思います。

4曲のサビの部分 (急げは本来の4小節を2小節で記譜) 
「今更」は実際はDマイナー、「急げ」はAマイナー

 また、これはかなり後の曲になりますが、「急げ」のギターソロの後半部分(コードが連続する部分)のコード進行は「ジョーカー」のブリッジの部分のバッキングとほぼ一致します。

5.   津野さんの意図

 赤い公園の作品の中で全曲津野さん自身がプロデュースを手がけたアルバムは『公園デビュー』と『THE PARK』の2枚のフルアルバムと、『透明なのか黒なのか』と『ランドリーで漂白を』の2枚のミニアルバムですが、これらの作品には他の3枚のアルバムには見られない(或いは目立たない)特徴があります。 それは黒盤白盤双方を通して見られる同じ音型(ドレミファミレ)の反復や、 『THE PARK』の大半の曲に現れる半音下降のモチーフのような”同一の音型あるいはアイデア”の執拗な反復なのですが、『公園デビュー』の場合は、特にこの4曲に見られるコード進行やメロディ・リフの相互引用が挙げられます。  この特徴は一度気がつくと非常に気になる物で、アルバム全体に一種の統一感を与えているとも言えますが、聞きようによっては”しつこく”感じられる可能性もあり、実際の所どういう意図なんだろう、という疑問を持っていますが、私自身まだ答えを見つかられていません。
 しかし、『公園デビュー』に関しては、津野さん自身が”今までライブでやってきた曲をまとめて収録する事で区切りをつけたい。 これで第一期の赤い公園は終わり”と言う趣旨の発言をしている事がもしかしたらヒントなのかも知れません。 「今更」は2012年1月29日、「のぞき穴」は2011年6月25日に初めてライブで演奏されています。 共に『透明なのか黒なのか』発売より前に既に演奏されており、「もんだな」が初めて演奏された2011年7月18日は「のぞき穴」の初披露から一月も経っていません。 これは完全に筆者の個人的な推察に過ぎませんが、もともと作曲はピアノで行っており、ギター自体それほど得意でなかった(コードの押さえ方もほとんど自身で試行錯誤しながら覚えたようです)津野さんが、バンドらしい響きを求めてギターで初めて作曲した曲達が「急げ」、「のぞき穴」、「もんだな」なのではないでしょうか。 その際に自分の気に入ったコードポジションを繰り返し使用しているうちに、メロディは全く異なるがコード進行だけを見ると共通した曲が出来上がった、と考えるとなんとなく個人的には納得出来る気がします。 そして、「今更」は、津野さん自身が”私がこんなにギターっぽい響きの曲を作って自分で弾くなんて思わなかった”と当時発言している曲です。 自分の最も気に入ったギターのリフ(「急げ」のギターソロ)、コード進行(「のぞき穴」、「もんだな」のサビ)を組み入れて、その時点で最もギターっぽい曲を作った結果が「今更」である、という可能性もあるのかと思います。 「もんだな」と「急げ」を続けて演奏している背景には、”この二曲を合わせると「今更」になるよ!”という秘密をあえて隠さずに伝えようとしていたのかな、とも思ったりします。 「今更」は、「もんだな」「急げ」と同じ130bpmで演奏されています。  
 ギターを使って曲を作る、ロックバンドらしい響きを作る、というバンド結成時期からの試行錯誤の中で作られた曲達がここにまとめて収録されている、と考えると、『公園デビュー』というアルバムの不思議な魅力の理由が少し分かる気がします。