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津野米咲・赤い公園の音楽 26. KOIKI

 「KOIKI」は、5枚目(配信オンリーを含めると7枚目)のシングルとして2015年11月25日に発売されました。 前作『猛烈リトミック』の発売が2014年9月24日でしたので1年以上の空白がありますが、この間、赤い公園は様々はフェスティバルへの参加に加えて三本のツアーを行なっています。 『猛烈リトミック』発売直後の東名阪+福岡ツアー、2015年初夏には全国11ヶ所を廻るそれまでで一番規模の大きなツアーを行い、「KOIKI」の発売直前には曲名をツアータイトルに取り入れたミニ対バンツアー"「http://KOIKI/NAMAIKI/EKOHI-KI.com/」"も開催しています。

 後に「KOIKI」が収録される事になる3枚目のフルアルバム『純情ランドセル』は、1曲を除く全曲を外部プロデューサーが手掛け(アレンジもプロデューサーと津野さんの連名表記になる)、ニューヨークのSterling Soundでマスタリングされる等、前作以上に作り込まれたサウンドに変化しています。 その為「KOIKI」もアルバムの流れで聴くと(蔦谷良位置さんのプロデュースもあり)非常に洗練され、ライブとはかけ離れたアレンジとサウンドに響くのですが、実際はツアー中に繰り返しアレンジを変えて演奏する事で完成された、それまでの赤い公園には珍しい曲のようです。

津野:いや、バアーッと書いて、書いてみたら意外とまとまって。デモがもう少しゆっくり目だったんです。で、みんなに送って、いいじゃんやろうよってなってツアーに組み込んで。やっていくうちにみんなでアレンジを詰めていく。北海道から東京まで、1回も同じアレンジじゃなかった。2個連続で来た人とかがハッてなってた(笑)。骨組みはそんなに苦労して書いたものではないですね。そこから、みんなと、ライヴに来てくれたお客さんたちと、スタッフと、育てていったみたいなのって、滅多にない体験だったかもしれない。録音する前にライヴでやったの。初日の北海道は、いっぱい間違えた(笑)。

FanPlusMusic  2015年11月18日

 ”初日の北海道”は5月5日、『純情ランドセル』の初回限定版付属のDVDに収録された「情熱公園」によると録音されたのは7月上旬のようですので、ツアーで演奏してアレンジが固まった直後に収録されたようです。
 以下は、シングルの3曲目に収録された久保田利伸さんの「LA・LA・LA LOVE SONG」のカバーについてのコメントなのですが、実際に赤い公園のバンドとしての演奏力が以前に比べて格段に上がっている事を自覚していたようで、その結果が「KOIKI」のアグレッシブでありながらタイトでクリアなバンドサウンドに現れていると思います。

津野「みんな好きなんですけど、演奏力が必要じゃないですか。そうなってきて、自分たちはやんないのかなと思ってたんですけど、今回やりたいなって思って、いざやってみたら、なんかちょっと意外といい感じにまとまって。この数年頑張ってきたんだな、私たちって。」

FanPlusMusic  2015年11月18日

1. 「KOIKI」の特徴

全体の構成

Aマイナー(Cメジャー)、BPM 175(ゆらぎあり)、4/4拍子

イントロ(ドラムソロ)→ イントロ(バンド Aマイナー・Cメジャー)→Aメロ(イントロのパターン、Aマイナー・Cメジャー)→Bメロ (A♭に転調、E♭→E経由でサビに向けて転調)→サビ(Aメジャー)→間奏(イントロのパターン、Aマイナー・Cメジャー)→Aメロ(イントロのパターン)→Bメロ (A♭に転調、E♭→E経由でサビに向けて転調)→サビ(Aメジャー)→間奏(イントロのパターン、Aマイナー・Cメジャー)→サビ(Aメジャー)→アウトロ(イントロのパターン、Aマイナー・Cメジャー)

イントロのドラム

 何拍子なのか非常に分かりにくい部分ですが、全体を通して見ると4分の4拍子 x 8小節になっており、譜面上は普通に見えます。

「KOIKI」冒頭のドラムソロ


転調

 上述のようにこの曲はAメロはAマイナー、サビは同主調のAメジャーという関係でこの2箇所を見ると全く一般的な調性ですが、Bメロで一度Cマイナーに転調し、A♭メジャーを経由して半音上のAメジャーのサビに到達するというかなり複雑な転調があります。 一度Cマイナーに転調するやり方はEDENのサビや間奏部と同じ仕組みです。
 その後、A♭のドミナントであるE♭を経由し通常であればA♭に戻る進行をE♭からEに半音転調する事により(EはAメジャーのドミナント)Aメジャーのサビにスムースに移行します。

Bメロの転調、Bメロからサビへの転調

 このような方法は、サビの繰り返しの際に最後の一度だけ半音あげるという一般的な転調の際に良く使われますが、明らかに転調しているという感覚を聞き手に与える為に使われます。 一方で、「KOIKI」の転調はサビに到達した際に緊張がほぐれるような開放感があるという意味でまさに転調の効果を発揮していますが、はっきりと調性が変わったという印象は(マイナーからメジャーになった、という印象以外には)あまり受けません。 前述したように、AメロはAマイナーなので、聴き手は意識するせざるに関わらずAメロのキーを覚えていて、サビでAのキーに戻る事に違和感を覚えないという事であるとは思いますが、なぜこれほど自然に転調出来るのかについては、現時点の私の音楽的知識では正直理解出来ません(この点は「ドライフラワー」の調整構造がなぜ聞き手に違和感を与えないのかと同種の問題のように思えます)。

7thコード

 以前の私の文章をお読みになった方はご記憶にあるかも知れませんが、津野米咲さんの曲ではメジャーの三和音に六度や二度(あるいは九度)が追加されるケースが非常に多く、前者は長調か短調の中間のような曖昧な響きをもたらし、後者は主音と二度の関係でぶつかる音が付加される事による独特の(筆者にはこれがほんの少し燻んだ輝きのように聞こえます)印象を与えます。 よって、相対的に最も一般的に使われる七度の和音が使われる事が少なくなっている印象です。 7thコードはロックンロールの基本中の基本のようなコードですので(7thコード三つだけで成り立っている曲がたくさんあります)、これの不在は逆に津野さんの楽曲から所謂ロックっぽさを感じる事が少ない原因の一つになっているようです。 7thコードが目立つ曲と言うと、イントロからこのコードで始まる「ひつじ屋さん」が印象的ですが、かなり特殊な使われ方をしている為受ける印象は少し一般的なロックぽさとは違うかも知れません。 一方で「KOIKI」では、このコードがBメロからサビに移行する(非常にロックバンドっぽくてかっこいい部分)で印象的に使われています。 結果として、今までの赤い公園とは一味違うストレートなロックっぽさを与えているように思えます。

 2.  音楽的目標 - つのごうじ作「BLUE AND RED」

 米咲さんのお父様である作曲家、演奏家である つのごうじさんについては今までに何度か触れていますが、「BLUE AND RED」という曲は米咲さんに取って大好きな曲であり、特にその洗練された転調手法についてインタビューで語っています。

「BLUE AND RED」は目まぐるしく転調するけど一回も不自然じゃない。 美しくて、父の曲で一番好きです。

装苑 2016年2月号

 また、後にラジオ(夕方パラダイス、2017年10月25日放送)で、”緻密に転調を重ねていて、勉強の為によく聞いている。うまく出来ているか分からないけど、この転調どうやってるのかな、みたいなのを赤い公園でも何度も落とし込んでいる” と語っています。
 この曲は ごうじさん自身が参加されているJOGというバンドの為に提供した曲で、聴感上は四小節に一度転調しているのでは?と思うほど頻繁にしかし自然に調性が変わる、美しい曲です。

 米咲さんはこの曲の転調について”綿密に準備された転調”と呼んでいます。 実際楽譜にして見ると、導入部のA majorを除くと、全てE major(メインのキー)とその同主調であるE minor(あるいはE minorの同名調であるG major)を中心に作曲されているように思われ、導入部含めた全体がサビの最後のE majorに向けた大河の流れのように作曲されているようです。
 この曲をお手本にしたいと言っていた米咲さんですが、実際にそれを行っていたとしたら、それは「KOIKI」か、「ドライフラワー」ではないかな、と想像しています。
 上記に引用したインタビューの中で米咲さんは「KOIKI」を”バアーッと書いて、書いてみたら意外とまとまって”と語っていますが、果たしてこれは本音でしょうか? 本当は、この曲を魅力的にかつ自然に仕上げる為に、長い時間をかけて”綿密な準備”をしたように思えてなりません。 しかし、それを感じさせない勢いと生き生きとした即興性が伝わってくるのは、米咲さんの作曲技法の成熟と、赤い公園のバンドとしての実力の表れでしょう。

3.  『純情ランドセル』へ

 上述の「情熱公園」のインタビューの中で、プロデューサーの蔦谷好位置さんは”前回(1年半程前の『猛烈リトミック』のセッション)と比べて作曲の能力やバンド全体の力が驚くほど上がっていて、もはや自分がアドバイス出来るような事はほとんど無い”というような内容の発言をしています。 2012年のメジャーデビューから丸4年を経て、赤い公園のバンドとしての演奏能力(アレンジ力も含む)が最初のピークを迎えていた事はおそらく間違いないと思われます。 

 「KOIKI」と続くシングルである「CANVAS」を含む3枚目のフルアルバムは2016年3月23日にリリースされます。 アルバム全体が、非常に洗練された響きで今までよりも一段グレードアップしたように響くのは上述したようにプロデューサーの積極的な起用や超一流のスタジオにマスタリングを依頼した事に起因する点も多いかと思いますが、津野さんやバンドの演奏力の成熟も大きな理由でしょう。この4人のメンバーとしては最後のアルバムとなる2017年の『熱唱サマー』は種々の理由でいくつか制限がある中で制作されたと思われる為、旧体制の赤い公園最高の瞬間を捉えたアルバムは『純情ランドセル』である、と考えて良いのではないでしょうか。