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津野米咲・赤い公園の音楽 11. オレンジ・Pray

 赤い公園の最後のシングルである”オレンジ・Pray"はちょうど一年前の2020年11月25日に発売されました。 FODのドラマ”時をかけるバンド”の劇中でバンドが演奏する曲として、またオープニング(オレンジ)、エンディング(Pray)では赤い公園自身が演奏するVersionが採用されています。 劇中でプロではない奏者(ドラマに出演する俳優)が演奏出来る曲という条件・制約があり、ギター、ベース、ドラムについてはそれぞれ赤い公園のメンバーが俳優さんの技量に合わせた編曲を施し、演奏についてもアドバイスをしているようです。 ドラマ内で演奏された”ちゃあはん”Versionも配信リリースされているので、それぞれの聴き比べが可能です。  また、”Pray”は津野さんを含む4人のメンバーではライブで演奏されていませんが、”オレンジ‘は”SHOKA TOUR 2020 “THE PARK” ~0日目~”の配信ライブで演奏されている為、赤い公園のスタジオ版、ライブ版、ちゃあはんの演奏したVersionの三種類の聞き比べが可能という、赤い公園としては非常に珍しい曲になっています。



1.赤い公園の曲とそのアレンジについて

 少なくともある時期までの津野さんは、赤い公園の音楽において、スタジオ版とライブ演奏の差を出来る限り小さくする事にかなり拘りがあったように思えます。 この件についても別途考えて見たいと思っていますが、新体制になって基本同期を使わなくなった後、旧体制の曲によっては大きくアレンジが変更されたものもありました(NOW ON AIR等)が、 一度アレンジが固まると比較的継続的にその形で演奏されていたようで、ライブ毎に違う演奏をする、違うアレンジを披露する、というタイプのバンドではなかったように思います。
 過去の稿で取りあげて来ていますが、赤い公園の曲を作る際、メロディとベースラインの二本を固めてそこにいろいろと必要な物を付け加えて行くという方法が採用されている事が多いようで、このアプローチで作曲を行った場合、コードを鳴らしながらメロディを作っていくという比較的多い手法を取った場合と比較して”どうしても必要な音””絶対にそこで鳴ってはいけない音”という物が作曲者としての津野さんの中で非常にはっきりしているのではないかと思います。 

 このような理由で、津野さん‘公認‘の比較的演奏が用意なVersionが聞けるのは非常に興味深いものがあります。 上述のような事情で、演奏のプロではない人達が演奏しても形になる曲を作る必要があった訳ですが、基本的にはギター弾き語りでも十分魅力的な曲、コードをかき鳴らしながら誰でも歌えるような曲を作って、演奏者の力量に合わせたアレンジをするのが最良のアプローチのように思えます。 但し、これらの曲に関しては津野さんご自身の証言が非常に少ない為、実際にどのような制作プロセスであったのかは明らかになっていないのですが、いくつかの例を持って考察してみたいと思います。

2. オレンジ

 最初に、この曲のスタジオ音源は、赤い公園版とちゃあはん版はキー、BPM、曲の全体的な構成(イントロ、ギターソロ等含む)が完全に同一です。 スタートのタイミングを合わせて両方のVersionを再生すれば、最初から最後まで完全に同期しますし、別々に細かく聞くとギターのコードやベースの音の取り方がかなり違う部分があるにも関わらず、二つ合わせて一つの曲として違和感なく聞けるレベルで近い音楽です。 リズム隊も当然、音数や演奏の難易度でプロとアマチュアの演奏レベルの差が如実に現れていると思いますが、ちゃあはん版も、一つの曲として十分に楽しめて満足が行く内容になっています。  両方のVersionのベースを比較すると、藤本さんのベースが如何に自由か(ルートに囚われていないか)良く分かります。

 ベース、ドラムは基本同じ音楽を単純化したものがちゃあはん版という印象ですが、その他の大きな違いとして、赤い公園版には下記が追加されています。


ーイントロのギターのメロディ
ー要所要所に入る(如何にも津野さんらしい)ギターのカウンターメロディ
ーAメロ繰り返しのピアノのフレーズ(ちゃあはん版はピアノ無し)
ーAメロ繰り返し部のベースの赤い公園らしい上行音型
ーブレークの全音音階


 上記の類似点・相違点を踏まえた上での個人的な印象ですが、”オレンジ”は基本、アマチュアの3ピースバンド(ギターはボーカル兼なのであまり複雑な事は出来ない)が演奏して効果的な曲を想定して最初から作曲された、つまりちゃあはん版が作曲された際の本来の姿なのでは、と感じます。赤い公園版をアレンジする際に、上記のような付加的な要素を追加したのではないでしょうか。

 ラストライブのBlu-rayの副音声によると、この曲のライブ演奏は非常に難しい事、ゼロ日目で初披露された際は、津野さんが緊張しすぎて冒頭のテンポを速くし過ぎてしまった、というような事が語られています。 同期を使ってクリックを聴きながらライブ演奏をしていた時にはあり得なかったエピソードですが、おそらくこのようなシンプルで飾り気のない曲ほど、実際の演奏は難しいという事だと思いますし、改めて、この曲は(その生い立ち故か)、いままでの赤い公園の曲とは違う独特の魅力があるように思います。 このライブでの演奏のギターアレンジは、ちょうどスタジオ版とちゃあはん版の中間、というイメージです。

3. Pray

 こちらも、両Versionともキーと基本のBPMは同じですが、ちゃあはん版はリズムがゆらぐ事(赤い公園版はピアノのイントロから最後までリズムの揺らぎは皆無)やサビの繰り返しが無い事から同期再生出来るほどの近似は感じられません。 また、ちゃあはん版が完全に3ピースにコーラス(1名)が入るだけなのに対して、赤い公園版は特にサビの部分において、ボーカル+2声のコーラス等を含むかなり凝ったアレンジが為されており、両Versionから受ける印象はかなり異なります。

 この曲についても、発売当時は‘オレンジ‘と同じように、ドラマの劇中曲として作曲されたと私は思っていましたが、ラストライブのBlu-rayの副音声で、”3年程前に既にデモが存在した”と語られており、これを正とすると、石野さんが加入して初のライブをVIVA LA ROCK 2018で行ってから、”消えない”のMVが発売されるまでの間くらいのタイミングには既に作曲されていたという事になります。 よって、この曲に関しては少なくともアマチュアが演奏出来る事を前提に作曲されている訳ではない事は間違いないようです。
 
 メンバーは、このデモを津野さんから渡された時”びっくりした”と語っていますが、それが旧体制及び3人体制で演奏された曲達と比べると非常に癖が無くてシンプルに聞こえるせいなのか、 純粋にメロディの美しさに驚いたのかは分かりません。 ただ、最後のアルバムになったTHE PARKに含まれた曲達を知ってから聴くか、知らずに聴くかによって受ける印象は異なるのでは、とも思います。

 この曲も、ちゃあはん版はギターは基本コードしか演奏していないので、ベースの比較をご覧ください。 赤い公園版では、これもある意味トレードマークである明らかに外れた音をベースが弾いている(D-flatのコードでDナチュラルを弾く)所が非常に印象的です。

 いかにも赤い公園らしい特徴もいくつかあります。 最近ある方がこの曲のボーカル・ギター・ベースのみを取り出して演奏したビデオをYoutubeに上げて下さったものを聞き、そこに付けられていた”ボーカルとギターの不協和音”というコメントを見るまで私も気が付いていなかったのですが(実は意識して聞いてもしばらくピンと来なかったのです)、ここは津野さんの曲に頻繁に現れる二度のぶつかりがありました。 

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 但し、これはバックで鳴っている和音の一構成音として聴くと同時に鳴っていても不協和では無い音と思われるので(Cm9のコード)、ボーカルの裏のコーラスの音、そしてバッキングに入っているコードを追加して聴きなおして見ると、不協和感はかなり減少すると思います。

 そして、”透明なのか黒なのか”、”ランドリーで漂白を”を通して何度も繰り返し使われていた音型(勝手に”幸せだった過去を懐かしむ音型”と名付けています - ドレミ(レ)ドの音型がくりかえされる、ここではシ♭ドレドシ♭)がメロディに繰り返し使われます(ちょっと黒いくらいの 青い空が ・ 美しくありますように 等の太字の部分)。


 赤い公園版のこの曲の最も美しいのはコーラスかも知れません。 複雑に聞こえますがメインボーカル+2声で歌えるようなので、津野さんと歌川さんがコーラスを付ければライブでも基本このまま再現できるはずです。 そして、サビの繰り返しの最後で一か所だけコードを変えるのも(これも津野さんの曲の特徴ですね)非常に印象的です。

4. 津野さんの意図

 これも以前の稿に書きましたが、津野さんはコロナで在宅を余儀なくされた際、クラシックのピアノ曲を、そのエッセンスを保ったままで簡単に弾けるように編曲するという事を試みていたようです。 ”そこに無くてはいけない音のみを残す”、というその作業は、特にPrayのちゃあはん版の編曲に共通していると思います。 結果として残された二つのVersionは、”オレンジ”の場合と異なってかなり違う印象を受けるのですが、その曲のシンプルな美しさはしっかりと表現されていると思います。
 そして、津野さんのいないラストライブで、この曲をどう演奏するかメンバー間でいろいろなアイデアが出たようですが、最終的には基本はCDのアレンジを尊重しつつ、一番は非常にテンポを落としてしっとりと演奏されました。 上述のように、CDでは最初から最後まで完全にBPM固定で演奏されている為、原曲からは大きく乖離していますが、そのような解釈もこの演奏会という場では効果的であったと思います。

 クラシックの作曲家には自分が書き記した音符を変更する事(省略したり追加したり、楽器を変えたり)を断固として拒絶する人が少なからずいます。 赤い公園で演奏された津野さんの曲にも、そのような雰囲気を感じる曲が少なくないと個人的には思っていますが、Prayは、演奏者による解釈の余地を大きく残すように作曲されているように思われ、そこが赤い公園の曲としてはユニークで魅力的であると思います。