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津野米咲・赤い公園の音楽 15. 交信・衛星

 ”交信”は、2枚目のシングルとして2013年7月に発売された”今更・交信”の2曲目に収録されています。 ゆっくり目のテンポの曲ですが、壮大なスケール(それでも4分45秒と赤い公園にしては長いが、一般的には普通)を持つ曲で、赤い公園の代表作の一つと言えるでしょう。
 インタビューによると、津野さんはバラードを作ったら?”と言われて”交信”を作曲したとの事ですが、筆者はこの話を知るまでこの曲をバラードと思った事は一度もなく、驚いた記憶があります。 細かく見ていくと、伴奏の三連符等、バラードらしい要素はあるにはあるのですが。

これはすごく切羽詰っている時に作っていて、当時のディレクターから「プリプロが間近だから、バラードを作ってくれ」って言われていて。締切間近に福岡に遠征に行ったんですよ。車内で「ヤバいヤバい、やんなきゃ」ってパソコン開いて作った結果なんです。心にも時間にも余裕がない時って、いつも私は未来じゃなくて過去にすがるんですね。それで「助けて、あの頃の私」みたいな気持ちで作れたんだと思います。

NEXUSアーティストインタヴュー -- 赤い公園
2013年

 もう一曲の”衛星”は最後のシングルになった”オレンジ・Pray”に収録されている曲で、”オレンジ”や”Prayと同様にドラマ”時をかけるバンド”の中で劇中で演奏するバンド”ちゃあはん”の曲として使用されました。 赤い公園が演奏したバージョンはドラマでは使用されていないようであり、また、CDに収録された演奏はクリックを用いていないかなりラフなものなので、この形で音源リリースをするはっきりとした意図があったかは不明なのですが、 曲のテーマが似ている事、”交信”がリリースされた当時、津野さんがインタビューの中で”衛星”のような曲について触れている部分がある為、今回は一緒に考えてみました。

1.  交信

難しいコードはほとんどないし、符割も難しくないし、子供のキーですしね。
この曲を作ったのは去年の夏なんですけど。当時の私はいろんなものに追われていたんですね。締め切りとか、周囲の期待や要望とか。そんなときにフッと隙間みたいなところに落ちて、心が「あの頃」にワープしたような感覚があったんです。それは、身体はここにあるのに、頭は向こうに行ったきりになるかもしれないと思うような危険な状態でもあったと思うんですけど……そこまでの状態だったからこそ、一点の曇りもなく「あの頃」を描けているというか。思い出しているというよりは、ちょっと白昼夢的な感じがあって。

音楽ナタリー
2013年8月14日

アレンジ 

 曲のアレンジはピアノ、ベース、ドラムの三つの楽器が中心であり、ギターは比較的効果音的に使われているのみで、コードを演奏したりする部分はありません。 演奏トラックに加えて、中間のモールス信号のSOSのリズム(トトトツーツーツートトト)を歌う部分では大勢の話し声や歓声のようなSEが、また曲の随所に交信音のようなSEが追加されています。 曲自体はギターを省いて(一部重要な部分をピアノで弾けば)3人の楽器隊でも十分に演奏可能と思われるのですが、同期を使う事をやめた新体制では演奏することを基本的に避けていたようです。 例外としてはゲストを加えて演奏されたラストライブ(ただしこの選曲の判断に当然津野さんご本人は参加していません)と、”赤い公園 SHOKA TOUR 2020 “THE PARK” ~0日目~”の2回のみで、後者では新体制にしては珍しく同期を使用してギターやSEを完全に再現していました。  この時演奏された”交信”以外の旧体制の曲は(技術的に可能であるにも関わらず)同期を使用していなかったので、やはりこの曲に関してはSEが非常に重要である事が伺えます。

 下に、音楽的な特徴をまとめたビデオのリンクを貼っておきますので、よろしければご参考までにご覧ください。

音楽的特徴

 ”交信”は、ペンタトニック(ヨナ抜き)音階と、そうではない部分の対比を意識して作られているようです。 赤い公園の曲に多く見られ、時に童謡のように響く前者は(Fのキーなので、ファソラドレの五音)は、冒頭と最後に使われているピアノのオスティナートと、中間部のSOSの部分で印象的に使われており、それ以外の部分は基本的に通常の音階(ファソラシ♭ドレミの七音及びそれに付随する半音)で作られています。
 ペンタトニック音階は、童謡のような、民謡のような素朴な響きをもたらしますが、もう一つの大きな特徴は、通常の音階と違って主音(キーとなる音、Fであればファ)がはっきりせず、曖昧になる事です。 この5つの音であれば、どの音から初めてどの音で終わってもそれなりにまとまりの良い、無限に続くメロディが出来上がります。 その為、幼少時の音楽教育用にこの音階で曲を作る事を課題とする事があるようで、それ専用の楽器もあるようです。 私は、”消えない”の歌詞に出てくる”永遠にたゆたう天上天下”と言う部分、更にはその前の”桃源郷 またはティルナノーグ”という歌詞からも天国的な長さで続くペンタトニックスケールのメロディを連想します。
 さて、上記インタビューで津野さんがこの曲のテーマは”幼い頃の自分との交信”と言っているのだと思いますが、音楽的にも、ペンタトニックの部分を過去(幼い頃)、それ以外の部分を現在と解釈して、その間の対比・関係を曲の音楽的なポイントと考える事も面白いのではないかと思います。
 例えば、冒頭のいかにも津野さんらしいFのペンタトニックのオスティナート(Aメロ途中でコードが変わっても音程もそのまま続けられる)は、過去の自分と交信する為(過去を思い出すため)の呪文あるいはマントラのような物。 特に譜面で見てみると視覚的に印象的なのですが、このフレーズは一度高く上がって行った音が、ゆっくりと反射しながら下がってくるようなイメージで、衛星に向けて発信された信号がいろいろなところに向かって帰ってきているような印象を与えます。

冒頭のペンタトニックのオスティナート

 それを背景に進行するメロディやバンドの演奏は上述のように通常の音階(現在)で、歌い出しの”ミ”の音から既にヨナ抜き音階では使われない音になっています。 歌詞は最初は全てがひらがなで表記され、繰り返しの際に漢字入りの通常表記になります(記憶がだんだん鮮明になってくる)。 Aメロのメロディは、途中ではいるコーラスも含めてひたすら音程的に上がっていくパターンです。 

通常スケールで上行するAメロ

サビも、基本的にひたすら上行するメロディが印象的。

上行するサビのメロディ

 衛星を通して交信している(MVに現れる少女が持っているパラボラアンテナ)ので、メロディの上昇は、メッセージをより近くで強く伝えたいという意図と解釈出来ます。
 サビが終わった後の間奏部分でも、今度はピアノがひたすら上行する音型を演奏しますが、音楽的には2回の繰り返しが自然なところ、あえて3回目の繰り返しで更に高い音程に上がり、それに応えるように初めて下降音型が(衛星から帰ってくる信号 ー SOSのモールス信号)最初は小さく、だんだん強く響いてきます。
そしてこのメロディは上述のように、冒頭と同じペンタトニックスケールで作曲されており、”過去”からの音楽と思われます。

相互の交信が成立する瞬間


 津野さんはインタビュー内で”符割も難しくないし”と語っていますが、全体を通して三連符系のリズムと四つ割りのリズムが入れ替わったり交錯したりしているようで、正確に再現しようとするとそれなりに難易度が高いと思われます(もともと打ち込みでデモを作り込んでいる津野さんなので、”そこのリズムはちょっと跳ねて”というようなニュアンスではなく、三連符とそれ以外をきちんと区別して作曲していると思います)。

 また、この曲では非常に自然でありながら効果的な転調が使われています。 2度目のBメロからサビに移る間に短三度(一音半あがる=F major → A♭major)
の転調をしており、これによって歌の一番高い音はそれまでのFからA♭に上がります。 これが非常に自然にさりげなく響くのは、ひとつには転調のために準備をしっかりとおこなっている事(下記譜例)があります。 サビの前に現れるB♭mの和音をそのままFのキーのIVの和音と扱えば当然そのままFのキーのままで進行しますが、転調する際にはこの同じ和音を転調先のキーであるA♭のIIの和音として扱い、III(Cm)、IV(D♭)、V(E♭)と進行する事でA♭のキーを確立しています。

一度目 転調無し
二度目 FからA♭へ転調

 
 曲の中でこのようなつなぎの場面は3回あり、1度目(最初のサビの前)は普通に進行しますが、2度目(モールス信号の前)は通常のリズムのパターンから考えると上述したように余計な1小節が入っています(譜例)。 3回目が転調なのですが、この転調の準備のために挿入された1小節によって生じるリズムの不自然さを聞き手は既に一度経験している為、単にイレギュラーのリズムの繰り返しであって、転調作業を行っているという事に気がつかない、というような仕掛けがされています。

1度目のつなぎ、自然なリズム
二度目、リズム的に1小節余分
三度目、こちらもリズム的には1小節余分


 ”のぞき穴”までの曲では、佐藤さんが自然に歌える一番高い音はEであったようで(Fは何度か出てきますが、苦しかったとご本人が語っています)、休止期間中のトレーニングでFの音は綺麗に出るようになっていますが、この曲の転調後は、のぞき穴以前に比べて二音、その時点での最高音からも一音半高い音を要求されている事になります。 ただ、この転調が非常に自然な為、私もさっきまできれいに歌えていた佐藤さんが何故突然苦しそうな声になるのか?という印象を受けた事を覚えています。 少なくとも当時の津野さんは、全てがきれいに歌えてしまうような曲はロックっぽくない、というようなイメージがあったようで、この転調は今までよりもテクニックが向上して音域が広がっている佐藤さんに無理やり苦しそうな声を出してもらう事が狙いの一つであったと思われます。 
 そして、もう一つの狙いは、これは私の想像ですが、メッセージをさらに強く伝られるよう天(あるいは衛星)に少しでも近づく為に更なる高地に向かうというイメージがあるのかも知れません。

2.  交信・公園デビュー発売当時のインタビュー

 下記は、”交信”を含むアルバム、”公園デビュー”がリリースされた後のインタビューですが、この時点で既に、”ゆくゆくはどんどん削って行き、ただの良い曲が作りたい”と語っています。 当時の赤い公園というバンドは所謂”ただの良い曲”からはある意味正反対のような”良い曲”を作っていた訳ですから、この発言は非常に興味深いのですが、私の中でこの”ただの良い曲”のイメージに一番近いのは、最後のシングルに収められた”衛星”です。

津野やっぱりバンド組んでからの素晴らしい今日までってのは、すごく大きいんで、自己表現もそりゃ出てくると思いますし、でも過去がすごい大事なんで、それも無くならないと思いますし、ゆくゆくはどんどんどんどん削っていって、8ビートのただの良い曲が作りたいです(笑)。 (中略) なんでしょうね……自分が過去とか抑圧されてきた気持ちとか全てを受け入れることができたら、4拍子の8ビートのスリーコードの、そういう良い曲ができるんじゃないかって思ってます。 (中略) でも、それに似た曲を通過点では絶対作りたくないんです。今はまだ通過点ですけど、でもきっと……待ってて下さい!

NEXUSアーティストインタヴュー -- 赤い公園
2013年

3.  衛星

 衛星は2019年夏のYoutube Liveで初めて公開された曲です。(セミアコースティック構成)。 2017年夏に初代ボーカルの佐藤さんが脱退、2018年の正月には残る3人の編成で全曲新曲のライブを行い、5月のViva la Rockで新ボーカルの石野さんが加入、フェスへの参加、MVとして公開された新曲”消えない”、”Highway Cabriolet"(曲自体は3人のライブで演奏されていますが完全に違うアレンジ)、そして2019年春に はライブハウスツアー(Re: First One Man Tour 2019)も行われました。 しかし、レコード会社との契約(の発表)は2019年の5月というタイミング(石野さんの加入から丸一年後)であった為、新体制の赤い公園の音楽に接触出来る機会は、佐藤さんの脱退以降、かなり限られていました。
 そのような状況の中で2019年7月4日にYoutube Liveが行われ、演奏された5曲(全てがこの時点で未発表曲だった)の中で冒頭に演奏されたのが”衛星”でした。  3人体制の音楽も、Re: First One Man Tour 2019等で公開された新体制の新曲も、旧体制とは異なる要素を含む新しい音楽でしたが、このYoutube Liveでのセミアコースティック演奏の曲たちは全て、その中でも特に”衛星”は、それまで私が知っていた赤い公園の音楽とはまるで違う所謂”ただの良い曲”のイメージになっていた事に大変驚きました。 そして、この時演奏された5曲のうち、"THE PARK”に収録されなかった3曲は、同アルバムの初回限定版の特典としてYoutube Liveの際の音源がそのまま収められました。 ”衛星”もそこに含まれていた為、その後、別収録された音源がシングルに収められてリリースされたのはうれしい驚きでした。

 この曲は津野さんがインタビューで答えているようなスリーコードでも8ビートでもないのですが、”自分が過去とか抑圧されてきた気持ちとか全てを受け入れることができたら、そういう良い曲ができるんじゃないかって思ってます”と語った”良い曲”のイメージに限りなく近いのではないかと思っています。
  赤い公園の曲に良くあるように、この曲が作曲されたのは発表されるよりも遥か昔であった可能性もありますが、このようなシンプルなアレンジの曲として公開するという判断自体は公開直前に下されたもので間違いないでしょう。
 曲は分析するような必要もない、限りなくシンプルで、変拍子も複雑なコードもない(コードに対して歌っているメロディがかなり斬新な部分はありますが)、シャープもフラットも一つもないC majorで書かれた曲です。 ちなみに、初期はフラットやシャープが多くても一つという曲ばかりだった赤い公園は新体制になって調性の幅が大きく広がっており、(それは石野さんのボーカルが最も美しく響く音域に合わせて転調しているからなのですが、それ自体が”交信”の際のある意味意地悪とも言えるアプローチとは正反対です)このようなシンプルな調性は逆に珍しく感じるほどです。

 ”交信”では幼い頃の自分(過去)と繋がる事ができたようですが、”衛星”は、最早その過去は必要ない(あるいはもう思い出す事ができない)ようです。 メロディは普通に半音階的ですが、その中で、”透明なのか黒なのか”、”ランドリーで漂白を”の収録曲で何度も現れた繰り返されるドレミド音型(私は勝手にこれを過去を懐かしむ音型と名づけています)が現れます。 最後まで、過去の事を懐かしんで、夢にまで見ているようですが、津野さんは既に新しい段階に到達していたのだと思います。

いかにもバラードらしい曲に、ドレミド音型の繰り返し
交信とは正反対で半音階的、下降するメロディ