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津野米咲・赤い公園の音楽 35. ずっと・公園

 この二曲は赤い公園には珍しいインスト曲で、メジャーデビュー前の2011年に発売されたインディ盤『ブレーメンとあるく』に収録されています。 
 赤い公園のインディ時代の楽曲の一部はその後メジャーレーベル用に再録音されて発表されているので、現在では入手しにくいインディ盤CDを手に入れなくても曲は聴くことが出来、その上インディ盤とメジャー盤との間の差は驚くほど少ないので敢えて手に入れて聞く必要は実質的には殆ど無いように思えます。 一方でメジャー盤には収録されなかった数曲については「闇夜に提灯」が発売される直前までライブで演奏されていますがその後は演奏歴が無く、"白装束”と共に封印されたかのような印象があります。 ただ、実際には白装束をやめた半年とちょっと後には佐藤さんが脱退してしまっているので、その後演奏されなくなった大きな理由はこちらかも知れません。

赤い公園 インディ盤収録曲のその後

 インディ盤収録曲でメジャーでは再録音されなかった曲の中に表記のインスト曲二曲が含まれているのですが、「ずっと」は『今更/交信/さよならは言わない』の、「公園」は『公園デビュー』のそれぞれ初回限定盤に添付されていたライブ演奏のDVDに無記名ですが収録されています(どちらも2013年5月5日に行われた”大復活際”からの映像)。 よって、メジャー以降の音源しか購入できなかった聴衆でも比較的簡単に入手出来る状況だった事になり、ある意味津野さん・赤い公園が公式にメジャーでの発表をOKしていると考えられる事(『THE PARK』の初回限定盤に添付されたYoutube Liveの音源でしか聞けない曲等と近い扱い)、これらの曲が後期の赤い公園の曲の響きとはちょっと異なっていて印象深い事もあり、今回はこの2曲を取り上げています。

 ライブで演奏されて音源化されていないインスト曲としては、音源は発売されていませんがJASRACに登録されている「Tahiti's Sunset」(ライブで演奏されていた当時は「タヒチの夕焼け」というタイトルで呼ばれていたようですが、登録は英語になっています)、3人体制の初めてのライブで演奏された「Triangle」の2曲があります(これ以外にもあるかもしれません)。

1. 『ブレーメンとあるく』の構成

 上記のようにこのミニアルバム(全部で24分)には7曲が収録され、インスト2曲の内「ずっと」は一曲目、「公園」は4曲目に置かれています。 それぞれのメンバーが担当した楽器についての記載がないのでCDでは誰が演奏しているのか分かりませんが、ライブではどちらの曲も佐藤さんがキーボード(GM音源と思われる)を演奏しています。
 「公園」は津野さんが好んだ”アルバムのへそ”の位置におかれ、前に3曲、後ろにも3曲が配置されています。 「公園」を中心にすると、「ずっと」の対称の位置には「ふやける」が置かれていますが、後述するように「ずっと」と「ふやける」のサビのコード進行はほぼ同一で、テンポこそ違いますが、「ずっと」を伴奏として「ふやける」を歌う事も可能です。

2. 「ずっと」

C major/A minor, BPM

 キーボードによるCmaj7の分散和音(オスティナート)で始まります。 ベタっとした弾き方なので「いちご」の様にフレーズの始まりがどこにあるか分かり難くするトリックがあるように一瞬聞こえますが、実際にはフレーズの始まり=拍の頭なのである意味拍子抜けします。
 中間部までベースは基本F→Eの繰り返し、その上でギターはコードを弾き始めますが、キーボードが繰り返すCmaj7の和音と重なる事によって、Fmaj9, Cmaj7onEの様に響きます。 赤い公園の曲に2度あるいは9度の和音が多様されている事は何度か触れていますが、最初のミニアルバムの冒頭からこの和音が使われている事から改めて津野さんの好みが一貫して不変である事が再確認出来、感慨深いです。

「ずっと」の冒頭部分

 中間部ではAmのギターコードを転機にマイナーな響きに変りますが、コード進行は基本的に大きく変化していません。

「ずっと」中間部

 もともとシャープもフラットも付いていない調性であり、ここまで一つも臨時記号が無い事にお気づきかと思います。 津野さんの言うところの”子供の調”、”真っ白”な譜面であり、曲です。

 「ふやける」は、「ずっと」と同じC majorのキーで、ベースがFとEを繰り返す上でF maj7とCmaj7が鳴り(ここも「ずっと」と同じ)、その上でボーカルがC, D, E, C(ドレミド)の音をオスティナートのように繰り返します。 結果として響く音は「ずっと」の響きと非常に良く似ています。 (初期の赤い公園の曲にドレミレドと言う音型がそのまま、あるいは一部省略されて多様されている事は以前書きましたが、「ふやける」のメロディもドレミド音型そのままです)。

3. 「公園」

A minor, BPM
 「ずっと」が”真っ白”だったのと対照的に「公園」は調性こそシャープもフラットもついていないA minorですが、最初の小節から臨時記号だらけ、臨時記号が無い小節は一つもない”真っ黒”な譜面、曲です。 全音階的で開放的な「ずっと」に比べて「公園」は全曲通して半音階的で、閉塞感が伴います。 皮肉なような、おどけているようなキーボードのメロディは非常にヨーロッパ的に響き、あえて言えばシューマンの(特にフロレスタン的)諧謔的な曲を思いだします(ピアノを習っている間にいくつかの曲には触れているでしょう)。 そのせいか筆者は「ハーメルンの笛吹き男」を連想したりします(アルバムタイトルの”ブレーメン”はくるりの曲からとられているようですが、同じグリム兄弟の「ブレーメンの音楽隊」と無関係ではないでしょう)。

「公園」の前半から中間部まで

 中間部ではヘリコプターの音と”鳥の声”のように思われる音が使われていますが、ヘリはGM音源PGM126番、鳥はGM音源のPGM124番ではないかと思います(鳥については自分の持っているGM音源とはかなり違う音なので間違っているかも知れません)。
 繰り返しでは逆にギターがメロディ、キーボードが伴奏に回りますが、この裏で小さ目の音でチャイム、或いはベルの響きの変形が鳴っています。 この音型はチャイムの音そのものとして(「サイダー」や「潤いの人」等)、 その変形として、赤い公園の曲に繰り返し現れます。 そしてここでは「ふやける」の間奏部で鳴っているキーボードの4音モチーフとつながっているようにも思えます。

「公園」後半のチャイム

 全体的に半音階的な曲ですが、それはそのまま次に続く「はてな」のイントロの半音上下降の繰り返しフレーズにつながっています。

4 . 赤い公園のインスト曲

 三人体制で演奏された「Triangle」を除くと、インスト曲をライブで演奏する事は同期を使ってCD音源に近いアレンジの演奏をするようになったタイミング(「風が知ってる」リリース後)で一旦中止されているように思えます。 元々実験的なライブを行っていた最初期と比較して、メジャー以降(特に猛烈リトミック以降)のライブは一般的なJ-POPのライブフォーマットに沿った形に変化しており、インスト曲は聴衆が赤い公園に期待するものと離れて行ってしまったのかもしれません。 ただ、DVDに残されている4人の演奏姿は、如何にもロックバンドらしく、美しいものに思えるのです。 おそらく、インスト曲をやらなかった理由には、やはり4人体制であれば4人全員が参加出来る曲しかやりたくない、という津野さんの思いの強さも関係しているのでしょう。