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津野米咲・赤い公園の音楽 31. BEAR - ほら - (journey) - 勇敢なこども

 今回取り上げる4曲は2017年8月23日に発売された4枚目のフルアルバム『熱唱サマー』の9曲目から12曲目です。 津野さん自身が”10曲目の「ほら」から最後の「勇敢なこども」までの3曲は意図せず組曲のようになった”と語っていますが、このアルバムを通して聴くと、その一曲前の「BEAR」から明らかに空気が変わるように感じるので、この4曲をまとめてみました。 後にMUSICAの2017年11月号のインタビューを一部引用していますが、この4ページにわたるボリュームのある記事の中で言及されているのは実はこの4曲だけ(シングル3枚については発売時に同じインタビュアーが既に記事を書いているから、という理由はもちろんあるでしょうが)というのもこれらの曲の重要さを表していると思います。

 『熱唱サマー』は、前作までにも共同作業をしているプロデューサー(亀田誠治さん、蔦谷好位置さん、PABLO a.k.a WTF!?さん)が引き続き参加していますが、全体12曲のうちでセルフプロデュースが8曲を占めています。 津野さんはCDをアルバムのA面B面で分けて考える事があったようですが、『熱唱サマー』もそうだとすると、曲数からいっても、曲調からいっても7曲目の「恋と嘘」からがB面と思われるのですが、亀田さんプロデュースのこの曲を除くとB面の残り5曲は全てセルフプロデュースになっています。
 前作の『純情ランドセル』はニューヨークのSterling SoundでTom Coyne氏がマスタリングを手掛けており、その後に発表された『闇夜に提灯』と『恋と嘘』のシングル2枚も引き続きCoyne氏が手掛けていますがその後亡くなられた為、続くシングルの『journey』は同じスタジオのRandy Merrill氏が手掛けています。 『熱唱サマー』のクレジットにはマスタリング担当はMerrill氏のみが記載されている為、先行シングル2枚もアルバム発売時に再度マスタリングし直しているようです。 


1. BEAR

 「BEAR」は津野さんが子供の頃から大事にしているクマのぬいぐるみの「くまりん」(「journey」のPVで津野さんが手に持っている)の事のようです。 この曲はD majorの津野さん好みのワルツで、派手さはないですが古典的な美しいメロディを持っています。
  
 『熱唱サマー』に先立つシングルである『journey』に関するインタビューの中で、”「放蕩」を自分でプロデュースしてみて、自信が持てた。 『透明なのか黒なのか』の頃からやりたかった事がやっとセルフプロデュースで表現できるようになった”と語っているのですが、これを念頭に置いて「BEAR」を聴いてみると非常に興味深い事が分かります。 この曲は是非ヘッドフォンか、静かな部屋で大音量で聞いてみて頂きたいのですが、 始まると同時にかなり大きなレベルの環境ノイズが聞こえて来る事に気づかれることと思います。 そして演奏が始まると、おもちゃやベルの音が聞こえてきます(エンジニアの井上うにさんがクレジットされている)。 一方で、メインのピアノ、ボーカルとソロのピアニカはほとんどモノラルで、意図的に音質を落としたかのような音で中央に定位しています。そして、最後のサビで入ってくる派手なアルペジオのピアノ2台は右と左のチャンネルに分離して環境音と同じようにメインの演奏の外側に(最後はピアニカも外側に移る)収録されているのも興味深いです。 筆者にはこの曲は、『透明なのか黒なのか』や『ランドリーで漂白を』に収録されているメインの曲達の世界と、曲間に収録されている無記名の短い曲達の世界を同時に再現しているように聞こえます。 そして、これも、津野さんがデビュー当時から作りたかった音の一つの回答なのかもしれません。
 
 『熱唱祭り』のライブ演奏では佐藤さん以外のメンバー3人がおもちゃやピアニカを演奏しています。 この曲で想起されているのは、『透明なのか黒なのか』で描かれていた津野さんの子供時代(ピアノが大好きだった頃)の光景なのではないかと思います。

2. ほら

 この曲は、今まで発表されている赤い公園の曲の中でメンバー以外の人が作詞している唯一のものです。C major。

(作詞している後藤麻由さんは)私の高校の同級生です。私が高一の時、赤い公園のみんなより一年先に軽音部に入って組んでたバンドのボーカルです。 
(中略) 高三の時に、学校で初めて文化祭のテーマソングを軽音部で募集してて。そでれ私が曲を書いて、彼女に歌詞を書いてもらってんですけど、結果、文化祭のテーマソングになったんですよ。で、私達が卒業して文化祭に遊びにいった時、ひかり達がこの曲を演奏してくれてたんです。

MUSICA 2017年10月号

 正式に録音されている曲としては15歳の時に作曲したという「おやすみ」に次いで古い曲の一つという事になると思います。 それまでも作曲していたであろう、自分の為に作った曲とはおそらく異なって、”文化祭のテーマ”という事を意識して作っている為か、いかにもJ-POPらしいコード進行が連続しています。 そして、さほど目立たないですがちょっとした不協和音や三和音以外の音を印象的にちりばめるメロディ、繰り返されるAメロでは2度目はコード進行が変わっていたり、等、すでに津野さんらしさが溢れています。 Aメロ2回目のシャッフルっぽいリズムは数年後に作曲されて『恋と嘘』のカップリングで発表された「スーパーハッピーソング」に、ギターソロは『公園デビュー』に収録された「カウンター」に転用されているようです。

 全体的なアレンジや音の感触は『ランドリーで漂白を』や『公園デビュー』に近いと感じます。

「ほら」のイントロからAメロまで
「ほら」 サビの部分

3. journey

 D majorの「BEAR」、C majorの「ほら」に続いてさらに全音下降したB-flat majorで書かれています。 ピアノが好きだった子供の頃、高校で初めてギターを持って演奏したバンドの光景に続けて歌われているのはまさに現在(その当時)の赤い公園そのものかもしれません。 こうして続けて聞いてみると、「journey」には前の2曲と同じコード進行が部分的に使われている事がわかりますが、これもおそらくは意図的なのではないでしょうか。

 この曲はまた少し変わった感触の音質で、それまでの津野さんのセルフプロデュース曲とは随分違った響きになっています。 『公園デビュー』に限らず、その後プロデューサーを迎えてよりJ-POP感が増した『猛烈リトミック』の収録曲の中でも、セルフプロデュースの「TOKYO HARBOR」や「木」は基本分離が良く、歪感の少ないクリアで各楽器の音が聞き取りやすい音質でした。 この曲の音の感触は『透明なのか黒なのか』に収録されている「潤いの人」等に比較的近いのかも知れませんが、津野さんは当初から本当はこういうバンドサウンドを作りたいと思っていたのかも知れません。

4. 勇敢なこども

 G major。 佐藤さんの、また、第一期赤い公園の看板曲とも言える「NOW ON AIR」と同じキーです。 ちなみに、第二期赤い公園で最初に発表された新曲「消えない」はG minorなので、『熱唱サマー』の後に『消えないーEP』を続けて聴くと、同じキーという事もあってすんなりと繋がって聞こえます。 この曲は最初はエレキギターで作り、コード進行がある程度固まってからDAWに向かった、とFender Japanのインタビューで語っています。
 レミソラシというペンタトニック音階のコーラスの繰り返しが印象的な曲ですが、Aメロは最初からG3という一般の女性ボーカルでは最低音にあたる音から始まります。 最初のAメロはメンバー4人が全員で歌っているようですが、Aメロ後半のD3、C♯3、E3あたりは音域低めな女性であっても最低音域のはるか下なので、ほどんと声になっていないようです。 二度目のAメロでは佐藤さん一人で歌唱していますが、一番低いC♯3もきれいに響いています。 ちなみに、佐藤さんはE5くらいまでの高音は(デビュー当時除いて)余裕で歌えるようですので、改めて非常に音域が広いなと思います。 「勇敢なこども」の最高音はD5なので、1音あるいは1.5音上げてB♭  majorにしても余裕で歌えたのではと思いますが、やはり佐藤さんの低音の魅力を生かすという事を考えたのでしょう。 ただ、普通に聞いていると佐藤さんはあまりに安易とこの低音部分を歌っているので、最初の4人の歌唱がなければここが難しい音域だという事になかなか気がつかないかもしれません。 そこも含めて津野さんの作曲意図だったのでしょうか。
 また、この曲のAメロからサビまでのメロディの音域を見ると所謂テノール(高めの男声)の音域にピッタリ収まっているので、実は声変わりを迎えたくらいの少年が歌うのに一番相応しい音域とも言えると思います。 この曲の”少年性”については津野さん自身もインタビューで語っているので、少年の歌のように響くメロディという意図もあったのかも知れません。 一方で、ブリッジの部分は完全に女声の音域です。 佐藤さんはこの曲を完全に一人で歌いこなしていますが、実際には男性と女性のデュエットで歌うほうが自然なような広い音域を持つ曲になっています。

勇敢なこどものAメロ 非常に低い音域のメロディ

 ブリッジの部分を除くと、この曲は全体として懐かしいような、童謡のような響きを持っていて、赤い公園に時々繰り返し現れる”子供のうた”の系統の曲のようです。 以前と大きく異なるのは、初期はこのような”子供のうた”が普通の曲にいきなり飛び込んで来ていたのですが(「くい」、「木」など)、ここでは終始(ブリッジを除いて)”子供のうた”が続くところでしょうか。  和音も基本単純な響きに聞こえますが、上記譜例の68小節から69小節で「journey」や、「BEAR」で使われていたような大胆なメロディとコードの関係が見られます。 この二小節の不協和音は、1番でも2番でも”ひとりきり”と言う言葉が発せられる直前に現れる事は注目に値するのではないかと思います。

津野:「ほら」から「勇敢な子供」まで、意図してなかったけど組曲のようになっていて。「ほら」で“大人になったら何してるのかな”って言ってるのが「journey」で現実になって、「勇敢な子供」は家に帰って、“でもそんなにみんな強くないよね”って。最後の≪猫も杓子も天使の顔≫に尽きる。チーちゃんも、(歌川)菜穂も(藤本)ひかりも、きっとライヴにきてくれるであろうみんなも――これ作ってる時はライヴ前だったんで――みんな天使の顔だぜ、という願いを込めて締めくくる。組曲みたいな並びになりました。

Fanplus Music 2017年9月20日

 あまり指摘されていないように思いますが、この曲は津野さんが後に「絶対零度」について”体軸に流れているクラシックな部分やシンフォニックな部分”と発言しているのと同じ意味で、クラシカルでシンフォニックな響きと構成を持って作曲されていると思います。 ギターの重ね録りによるシンフォニックな響きは「くい」の延長線上ですが、はるかに成功していると思われ、また、少年による合唱の途中に女性のソロ(ブリッジ)が入るという構成はオペラの一部を聴いているようにも感じます。 この曲こそ、津野さんが初期の黒盤・白番・公園デビューで作りたかった音、音楽の集大成なのではないでしょうか。

 こうして聞いてみると、「カメレオン」に始まり、外部プロデューサーを起用した曲を含めて非常にポップな曲が並ぶ8曲目の「セミロング」までと、「BEAR」以降の4曲と全く時空の異なる音楽が並んでいるように聞こえます。 自分には、この4曲は津野さんが『透明なのか黒なのか』で表現したかった音楽の世界を再構築した物のように思えるのです。 やっと、バンド結成当初から作りたかった音楽が作れるようになったと同時に佐藤さんの脱退が決まり、このメンバーで曲を制作できるのはこのアルバムが最後という状況の中、残された時間とスペースの中で赤い公園として、津野さんとして理想とする音楽をこの4曲に詰め込んだのではないか、そして、それは完全に成功した、と私は思っています。