生体高分子のサイズとは?

生体高分子のサイズとは?
 
タンパク質、DNA、糖質などの生体高分子のサイズ(大きさ)というと何を思い浮かべますか? これら生体高分子は通常立体構造をとっており、また他の因子と相互作用をしたり、修飾を受けるなどをしています。そのため、サイズと言っても、その生体高分子が存在している状態、更にどういった手法で解析したか、で得られる数値が異なります。今回はタンパク質を例にサイズと言う概念がいかに曖昧かをお話します。
 
<タンパク質とは>
タンパク質を最も単純な形にすると、アミノ酸がペプチド結合によって繋がった構造体(一次構造)になります。しかし、実際のタンパク質はこのアミノ酸が一列に繋がった状態で存在しておらず、分子内のシステイン残基によるジスルフィド結合(S-S結合)、更に水素結合によって部分的にαヘリックス(螺旋構造)やβシート(シート状の折りたたみ構造)といった二次構造を形成し、二次構造が複数組み合わさることで更に複雑な構造をとっている箇所もあります。これらの二次構造が水素結合、ジスルフィド結合、疎水性相互作用などによって組み合わさり、タンパク質固有の立体構造(三次構造)が形成されます。また、複数のタンパク質が会合して複合体を形成する場合もあります(四次構造)。
 
【計算上のサイズ】
 「このタンパク質のサイズはいくつですか?」と問われた時に、すぐに計算で出せるのは一次構造を元にしたサイズかと思います。これは分子量のことであり、タンパク質のアミノ酸を構成する元素の質量を元に、ペプチド結合によって除去された元素分の値を引くことで算出されます。Genetyx (https://www.genetyx.co.jp/)などの配列解析ソフトを使えば、アミノ酸配列をコードするDNA配列情報を元にしてアミノ酸配列の分子量を簡単に計算できます。ここで言うサイズとは、タンパク質の立体構造は全く考慮に入れてはいません。
 
【Native PAGEでのサイズ】
 ・Native PAGE
非変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動のことで、非変性のタンパク質をポリアクリルアミドゲルで分離する手法です。電流をかけてゲルマトリックスを強制的に通過させ、タンパク質の持つ分子量、構造、電荷の違いによって分離します。そのため、Native PAGEでのサイズとは、分子量(Molecular weight, MW)ではなく、Molecular mass, MM)になります。更に、Native PAGEでは非変性のタンパク質を分離するので、目的タンパク質と他のタンパク質などとの安定な相互作用は保持され、複合体はそのままの状態で分離されます。
 
Native PAGEを使って「このタンパク質はこのくらいのサイズだ」と表現することがあります。前述したように、Native PAGEではタンパク質の構造や電荷が移動距離に影響を与えるので、分子量そのままのサイズにはなりませんが、マーカーと比較してだいたいのサイズを明らかにする目的では利用できます。更に、Native PAGEでは単量体のみならず、例えば2量体であったり、複合体であったりという構造も推測できるので、単量体のサイズを明らかにするというよりも、何かと相互作用している状態のサイズを明らかにするというイメージです。なお、Native PAGE用のサイズマーカーはあまり市販されていないので、ゲルろ過クロマトグラフィー用のマーカーで代用したり、既知のタンパク質やタンパク質複合体をマーカーとして利用します。
 
【SDS-PAGEでのサイズ】
 ・SDS-PAGE
 SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動のことで、タンパク質を分子量に応じてポリアクリルアミドゲルで分離する手法です。Native PAGEで説明したように、非変性のタンパク質をそのまま電気泳動したのでは分子量を反映した移動度を示しません。そこで、タンパク質を還元剤(DTTやβメルカプトエタノール)とSDSで処理することで高次構造を破壊し、更に負電荷を持っているSDSがタンパク質に結合することでペプチド鎖の長さに応じて負に帯電させます。この処理をすることでタンパク質をゲルマトリックス内で分子量に従って移動させることができるようになります。なお、タンパク質を還元剤で処理しない場合もあり、この場合はジスルフィド結合を有した状態のタンパク質となります。
 
SDS-PAGEで分かるサイズは分子量になりますが、計算上のサイズと一致するとは限りません。タンパク質はリン酸化、グルコシル化、ユビキチン化など様々な修飾を受けている場合が多く、SDS-PAGEで明らかになるサイズはこのような修飾を受けたサイズになるからです。逆に、アミノ酸配列を元にしたサイズ計算では、実際のタンパク質が受ける修飾情報を反映していないことになります。
なお、生物学者はSDS-PAGEで得られたサイズにDa(ダルトン)という単位を使いますが、分子量に単位はないので、厳密にはこれは間違いです。これまでの習慣として、SDS-PAGEでのサイズ表記にDaを用いているようです。
 
【ゲルろ過クロマトグラフィーでのサイズ】
 ・ゲルろ過クロマトグラフィー
 カラムと呼ばれる管に小さな孔がたくさん開いている担体を詰め、その上部にタンパク質溶液を加えることで、タンパク質を大きさの違いによって分離します。分子の大きさによって分けるので、分子篩と呼ぶこともあります。小さいタンパク質は多くの孔に入り込み、大きなタンパク質はあまり孔に入り込まないので、小さなタンパク質は担体を通過するのに時間がかかり、大きなタンパク質になればなるほど担体を早く通過します。この担体を通過する時間差によってタンパク質を分離します。
 
 ゲルろ過クロマトグラフィーで分離するタンパク質は非変性であるため、分離したタンパク質のサイズは立体構造を保った状態での大きさになります。また、タンパク質によっては複合体を形成しており、その場合は複合体のサイズを示します。
 
【密度勾配遠心法でのサイズ】
 ・密度勾配遠心法とは、ショ糖、グリセロール、パーコールなどで遠心分離用のチューブ内に密度勾配を作り、サンプル粒子の混合物を重曹して遠心分離することで、タンパク質、タンパク質複合体、オルガネラなどを分離する手法です。粒子は平衡に達するまでは沈降速度(粒子の比重、形、質量などによって決まる沈降係数に依存)によって分離ができ、平衡に達するまで遠心分離を行うと粒子は比重と一致する沈降距離で止まります。この原理を利用して、沈降係数によって粒子を分離する密度勾配沈降速度法と粒子の密度差によって分離する密度勾配沈降平衡法の2種類があります。
 
 密度勾配沈降速度法でタンパク質やタンパク質複合体を分離した場合、そこでのサイズとは沈降係数のことです。例えば、選択的なタンパク質分解装置であるプロテアソームはグリセロール密度勾配遠心法によって26Sプロテアソームと20Sプロテアソームに分離できますが、それぞれのSは沈降係数(Sedimentation coefficient)が由来です。
 
<まとめ>
生体高分子のサイズと一言で言っても、それらの状態、用いた解析法によって示している対象が異なることが分かるかと思います。私たち生物学者は普段なにげなくサイズと使っていますが、それは用いた手段の原理を理解していることが前提にあります。原理を理解せずに、「このタンパク質のサイズはいくつだ」と表現してしまうと、誤った結果の解釈に繋がります。例えば、アミノ酸配列から求めたサイズを使って、SDS-PAGEなどで内在性のタンパク質のサイズを推測するといった、異なる手段で求めたサイズから実験で得られる結果を推測することもあるかと思います。その場合は、それぞれの示すサイズの違いを意識して、ずれの範囲を補正して考えることが必要になります。
 
参考文献
・大学生のための基礎シリーズ2 生物学入門 第3版 (東京化学同人)
・Handbook Gel Filtration Principles and Methods (Cytiva社)
・遠心分離法とロータセレクション(himac application)
https://www.himac-science.jp/application/pdf/life/red153.pdf

関連ページ
https://itaku-navi.com/contents/91
https://itaku-navi.com/contents/181
https://itaku-navi.com/contents/185