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宮城さんはわからない

 私の職場に、宮城さんというパートさんが入社した。親一人子一人のシングルマザー40歳。面接時の「ゴミ捨てのついでに来ました」感、満載の恰好が印象的だった。Tシャツとスエットパンツ、そしてクロックス。
パートの面接ってこんな恰好でいいんだっけ・・・
あまり常識が無い人だったらどうしよう・・・
というのが、彼女への第一印象だった。

 面接の結果、即採用ということになり、面接から2週間後に入社された。我が社は製造系の工場で、4台の機会が設置されている。1台につき一人担当を任されるのだが、入社したての人間は研修期間として、それぞれの機械のサポートを任せられる。それを経て、機械1台の担当に就ける。この人材に任せられるのか、それを見極めるための研修期間である。

 宮城さんが入社して早1ヶ月。初めての作業に不慣れだった宮城さんも、ようやく1日の仕事の流れを掴んできた頃だろう。先輩パートさんたちも丁寧に教えている様子だし、そろそろ1台任せられるかもしれない。と、思っていた。

 この工場で1室しかない休憩室に、1つしかないテーブル。少々窮屈ではあるが、我々にとっての憩いの場はここしかない。8:30からの業務でクタクタの体を休める貴重な場所であり、貴重な時間は12:00から12:45までの45分しかない。
 席に着くまでに口々に話し始める一向を他所に、我先に休憩室に到着していた宮城さんは、10分ほどで昼食を終え、そそくさと外に出て煙草を吸う。入社したての頃はその10分間でも、みんなと談笑をしていた宮城さんだが、いつの日かそんな姿を見ることがなくなっていた。そんなに煙草を吸いたいのか。気さくな人だと思っていたが、実は人見知りだったのか。などと思っていた。
 だが、とある休憩時間のこと。1番歴の長い南野さんが突然、興奮気味に話し始めた。

「きいてくださいよ! あの子何回教えても覚えないんですよ!」
「もう1ヶ月になるのに」
「いつも適当なんですよ、雑なんですよ」
「仕事舐めてますよ」

 周りの会話に参加せずに、イヤホンを付けて音楽を聴きながら昼食をとっていた私には、正確に聞き取ることはできなかった。それでも、南野さんがなにやら憤っていることはわかった。他のパートさんたちもそれに同調するように話し始めた。

 この工場で唯一の事務員である私は、普段現場業務をしているパートさんたちの仕事の様子をあまり知らなかったのだが、どうやら宮城さんという人は、相当な問題児らしい。パートさんたち曰く、

①何度教えても、教えたことができない。
②教えてないことを自己判断でやる。
③怒られても笑っている。
④同じミスを繰り返す。
⑤すべてにおいて要領が悪い。
⑥上司も早々に見限った。
⑦とにかく雑。
などなど。

 たった1ヶ月、されど1ヶ月で、ここまで嫌われる人を初めて見た、と、絶句した。私は彼女の仕事中の様子を見たことがないため、まだ問題児だと実感がなかった。真意を確かめなくては、と、謎の使命感が私を駆け巡る。

「宮城さん、飲みに行きませんか」
「えーうれしい!お願いします!」

 翌日の退勤後、私と宮城さん、そして御年72歳になる、通称「レジェンド」のおじいちゃん社員さんと、3人で食事をすることになった。レジェンド行きつけの小さなイタリアンだった。店内に入るとカウンター席が4席、テーブルが2つに、それぞれ4席だった。
「いらっしゃいませー、何名ですか」
「3人です」
「好きな席にどーぞー」
顎鬚の似合う気さくな店主だった。奥のテーブル席に着き、文字だけのメニューを渡された。写真が1枚もないメニューを初めて見る。
「どれもおいしいよ。好きなの頼みなさい」
ではエンリョなく・・・と内心で呟き、ドリンクとサラダ、そしてパスタを選んだ。宮城さんが選んだものとかぶらなくて一安心した。あわよくば一口頂戴したい・・・なんて。

 料理が運ばれてくるまでの間、宮城さんに、仕事についてなにか困っていることはありませんか、と尋ねてみた。
「皆さん丁寧に教えてくれますし、難しいことはないので特にないですね、大丈夫です」
「そうですか。安心しました。宮城さん、休憩時間すぐにいなくなるから。気になってたんですよ」

 今までのお局たちの話が本当なら、宮城さんは嘘をついている。もしくは、無自覚なのかもしれない。これは困ったな。お局たち曰く、同じミスは繰り返すし、検品は雑だし、怒られても笑ってる、らしいのだが。

「でも南野さんって細かいですよねー」

休憩時の話を反芻していたら、宮城さんが言った。

「ん、なにがですか?」
「なんかいろいろと。これくらいスルーしてくれてもいいじゃんってことに、いちいちツッコんでくるんですよ」
「これくらいって、なんの事ですか?」
「私が検品したものを、南野さんが最終確認で検品するじゃないですか。その中から不良が出てきたりすると、すごく怒るんですよねー。人間がやってるんだから、たまに見落としするじゃないですか。それをすごく怒るんですよ。ちゃんと検品してよこれ!って感じで」
(それが仕事なんだから、怒られてもしょうがないんじゃ・・・ていうか見落とすなよ・・・)
「でも不良がお客様のところに行っちゃうとクレームになってうちが悪いことになるんで、それは困るんですよね。怒るのもわかる気がしますけど」
「でも私まだ入って1ヶ月ですよ? そんな”完璧”を求められても困りますってー」
(・・・ああ、こういう人なんだ)

お局たち、もとい、パートさんたちの話がやっと腑に落ちた。そして、面接時の私の直感が的中した。

この人、やっべー人だ。

 パートさんたちは口は悪いが、間違ったことを言っているわけではない。仕事なんだから、と、割り切って、ダメなものはダメだと注意してくれているのに、この宮城さんという人は、それに聞く耳を持っていない。これくらい良いじゃんっと、自己判断で不良を良しとしている。まだ新人なんだから、と、許されると思っている。

いや、あかんに決まってるわ。

 それから1ヶ月、2ヶ月と時間が経つにつれて、仕事の責任感を抱いてくれるかと期待もしたが、なにも変わることはなかった。未だに、入社したての頃と変わらない内容で怒られているし、それを本人に、「今日怒られてましたね」と投げかけてみても、「まぁ気にしませんけどねー」と、全く気にしていない様子。

いや、気にしろよ。

自分に非はないとでも思っているのかこのお方。なぜだ。なぜなんだ。というか、なぜこの人を採用したんだ上司!!!

 宮城さんの入社から、もうすぐ1年になる。未だに初歩的なミスを繰り返す彼女に、あの心優しいレジェンドまでもが見限り始めているのが、なんだか悲しいような、なんとも言えない感情になる。困っていることがあれば、手助けしたいと私も思っていたが、その気持ちは早々にゴミ箱に捨てた。

きっと、宮城さんには、なにもわからないだろう。

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