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18歳最後の日

あと50分で、18歳が終わる。
中学校を卒業したあたりから時の流れの速さに毎年驚かされている気がする。
17歳の誕生日には、華のセブンティーン!!と騒ぎ、18歳の誕生日には成人だ!!と騒いだ。
そんな私ももうすぐ19歳らしい。10代最後の年が始まる。

今日は、何の構成も考えずにただだらだらと18歳を振り返ってみようかと思う。
これが18歳最後の文章になるだろう。

18歳を一言で表すなら「変化」だと思う。
まず環境が大きく変わった。
大好きな高校を卒業して、大学という新たなステップに足を踏み入れた。

春に持っていた期待と理想は、きっと眩しすぎた。
大学生になったら、もっと自分はきらきらできるのだと思っていた。
自分が選んだ、自分が学びたいことを学んで、やってみたいことに挑戦して、たくさん経験を積む。
そんなキラキラな自分を、思い描いていた。

でも現実はそう甘くはない。
環境が変わっても、私が変わるわけではない。
変身するように、理想の自分に生まれ変わることなんでできなかった。当たり前。

大学生活は自分が想像しているよりもハードだったし、新しい環境になれるのには自分が想像しているよりずっと時間がかかったし、私は自分が想像するよりずっと足りないものだらけだった。

あの頃見ていた理想は輝きすぎていた。
春の自分が今の自分を見たら、きっと少しがっかりするだろうなと思う。

でも、私は今の私が、最高に自分らしいと思っている。

何をするのも、人一倍時間をかけてきた。
決してまっすぐな道のりではなかったし、自分のことも周りのこともたくさん傷つけて生きてきた。
なんでも器用にこなすタイプではないし、むしろ人よりも不器用なタイプだと思っている。
まっすぐ前を見て、一歩一歩力強く歩けるタイプでも、のんきに何とかなる思考で気軽に歩けるタイプでもない。
おどおど不安を抱えながら、何度も何度も後ろを振り返りながら、何度も何度も立ち止まりながら、歩いてきたタイプだと思っている。
そんな歩き方だけど、私は今日までの18年間を粘り強く確実に歩いてきた。

器用なタイプでも、優秀なタイプでもなく、綺麗にまとめあげることなんてできないくらい、どろどろのぐちゃぐちゃな生き方をした時間もある。
何度も立ち止まってうつむいて、それでもまた顔を上げて、また歩き始めて、そういうことを繰り返して生きてきた。

今年もそんな1年だった。
1度は諦めかけた大学生活。
うつむいて、歩みを止めた。
諦めようとした。

それでも今の私は、自分に向き合っている。
今までうまくいかない原因があるのだとすれば、自分と向き合っていなかったのだと思う。向き合っているつもりだった。
今の私は、自分と本当の意味で向き合っていると思う。
ただ自分に鞭を打つんじゃない。
自分を見つめ、自分を労り、癒し、ケアしながら努力を重ねる。
そういうやり方を少しずつ身に着けていると思う。
そういうやり方を身に着けようとする自分に変化した。

英語学習に、文章表現、生活習慣に、自分のやりたいこと、そして将来、いろいろなものに、私は今向き合っている。

うつむいていた顔を上げて、止まっていた足を動かして。

嫌になって自分で放り投げたものを、1つずつかき集めた。
友達との連絡、開いていなかったパソコン、本棚にしまい込んだ教科書、先生からのメール。

放り投げて、かき集めて、見つめて、悩んで、決意して、そんな18歳だったような気がする。

そうして歩いてきたところに今日の私は立ってる。

今年私がした選択は、決して間違ってなかったのだと思う。
思いたい。

少なくとも今はそう思ってる。
私は今までの自分より今の自分が好きだ。

あと15分で、18歳が終わる。
どんどん大人に近づいていく。
高校を卒業してしまってから、なんとなく大人になることへの抵抗感も薄れたと思っていたけれど、やっぱり少し嫌なもんだなと思う。

これからの私の人生は、どうなっていくんだろう。
生まれ変わることはできないけど、私は私らしい生き方で、なんとなく今を生きていければいいかなと思うよ。
今を生きる。それの積み重ね。それでいい。それが基本。

幸せになろうとも、頑張ろうとも言わない。
今を生きて。ただそれだけ。
ぶん投げてはかき集めて、投げ捨てるけど消さないで。
これからもそうやって生きていこう死ぬまでは。


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