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上空100メートルから見つめる森の姿 ──かやぶきの里の未来を描く調査と対話

森・里・海のつながりを総合的に研究する、日本財団×京都大学共同プロジェクト「RE:CONNECT(リコネクト)」。このプロジェクトは、専門分野や考え方、取り組みがユニークな研究者たちが集い、市民と一緒に調査や環境保全に取り組む「シチズンサイエンス」という考え方をもとに活動しています。今回は、シチズンサイエンス実践の一環として「美山かやぶきの里」を訪ねました。きっかけは、この地に暮らす、現代美術作家・COSMIC WONDER主宰の前田征紀さんから発せられた「素朴な問い」でした。

▶RE:CONNECT公式サイト


RE:CONNECTの研究の主軸のひとつが「人工知能」の活用です。たとえば、プラスチックごみの特徴や形状をあらかじめ人工知能に学習させて、海岸などに漂着したごみの写真を解析し、プラスチックごみの種類と量を測定しようとしています。こうした人工知能による画像識別の仕組みを利用し、伊勢武史さん(森里海連環学教育研究ユニット 研究プログラム長)のチームが挑むのが樹種識別です。上空から森を撮影し、樹冠の形から樹種とその本数を判定します。

人間がうみだした画一的な山の風景

今回、伊勢さんが調査に訪れたのは「美山かやぶきの里」。そのはじまりは2020年6月初旬。この地にアトリエと住居を構え、美術作品や衣類を制作する現代美術作家・COSMIC WONDER主宰の前田征紀さんが、伊勢さんとの対話のなかで口にしたひと言です。「住居の裏山が薄暗い杉林なのです。これは本来の里山の風景とは違うのではないかと……」。

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かやぶきの里の風景。
家屋の密集する山裾には植林された杉林がひろがる。


木肌が美しく、加工しやすいスギ材は樽や桶などの日用品や建築用材として重宝されてきました。戦後の木材不足を機に日本各地に植林地がつくられましたが、生活スタイルの変化、プラスチック製品の普及、安い輸入材木の台頭などでスギの需要は減少。過疎高齢化も重なり、手入れ不足の放置林は増加しています。間伐や枝打ちなどの手入れのゆきとどかない杉林は過密化し、根を張る力をなくし、水害や土砂災害の原因になることも。

このまま放置されつづけると、生態系や暮らしにどのような影響があるのだろう。今回の調査は、それを探る第一歩です。ドローンを駆使した撮影を終え、ほっと一息ついたころ、伊勢さんと前田さんとの対話がはじまりました。

山のあり方を考えることは、100年先の未来を思い描くこと

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伊勢
●前田さんとはじめてお会いしたのは2020年の6月。RE:CONNECTの前身プロジェクトの広報誌の対談企画でした。あれから半年がたちましたが、感染症はいまだ収束の様相を見せず、リモートで仕事する機会が増えました。

前田●ぼくも外出が減り、ずっと美山で過ごしていました。周囲の野山を眺める機会もおのずと増えて、自然を見る「解像度」が上がったように思います。そのせいか、人工林の多さが気になるようになりました。

伊勢●「解像度」の向上はぼくもきょう、強く実感しました。かやぶきの里は、京都大学芦生研究林に向かう途中にありますから、これまでに何十回と訪れています。でも、これだけまじまじと山を見ることはなかった。

前田●せめて自宅の周辺だけでも、かつての里山を再現できれば、環境を再生する一つの事例になるかもしれない。そう思って、伊勢先生に相談したのがはじまりでしたね。

伊勢●山を考えることは、苗木が成木になるまでの数十年だけでなく、その先まで考えること。自分が死んだあとの未来まで考えなければいけない。自分の行動で、未来の暮らしによい影響を与えたい。前田さんのことばに背中を押され、研究者として、この思いを実現するなら、いまだと。

ドローンと人工知能で森の姿を描きだす

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12月2日の調査で撮影した面積は20ヘクタール。
いちどの飛行で20分間稼働し、10ヘクタール撮影できる。

伊勢●きょうは、かやぶきの里の100メートル上空にドローンを飛ばし、かやぶきの里の裏山を撮影しました。写真に写る樹冠から、人工知能をつかってどんな種類の木が何本あるのかを識別します。「あのあたりにはモミジが多い」など、地上からわかることも数字と模式図で正確に表します。調査結果は、前田さんや「かやぶきの里保存会」のみなさんにも見ていただいて、まずは山の現状を知っていただくことからはじめたいと考えました。
そのあと、地形と樹種との関係についての先行研究などを参照しながら、コンピュータで山の未来をシミュレーションします。たとえば、この山が針葉樹林の場合と広葉樹林の場合とで、それぞれ100年にいちどの規模の大雨が降るとどうなるのか、などです。未来を仮想し、美山の森のこれからをみなさんで話しあっていただければと。

前田●あらためて聞くと、スケールの大きな計画ですね。スギの本数が正確にわかるだけでもワクワクします。

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ドローンで撮影した画像はリアルタイムで手元のコンピューターに送られる。

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伊勢
●シミュレーションで描く未来は、あくまでも仮定です。「100年に一度の雨」といっても、その降雨量は過去のデータから推定したおおよその値でしかないことには、留意しておく必要があります。

前田●裏山が現在のようなスギの人工林に変わったのは、60年ほど前だそうです。村に住まわれている方の多くは60代、70代です。森が変わる端境期に生まれた方たちですから、杉林になる前の山の姿は覚えていないそうです。「山をもとの姿にもどす」といっても、「いつの」山にもどすのかは課題の一つですね。

伊勢●森のこれからを考えるには、脅威とどう共存するのかも考えなければなりません。万が一、かやぶきの里の裏山が崩れれば、住居が被る被害は甚大。だけど、だからといって山をコンクリート・ワッフルにするのはもってのほか。

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飛行中のドローンを見守るかやぶきの里のみなさん。

自然とともに生きる、新たな暮らしの価値観を

前田●家庭で火を焚くことはなくなりましたから、雑木は必要ありません。雑木の森にもどしても、森の維持や木々の活用といった新たな課題が生まれます。当時と同じ暮らしはできませんから、森とどうつきあうのか、新たな考え方が必要です。

伊勢●かつては、田畑の肥料や燃料を得るための下草刈りや柴刈りが、森の維持に重要な役割を果たしていました。そのかわりとなる定期的な手入れが必要ですね。意識して森の維持に取り組まねばなりません。
人間、合理的に考える部分と感情とは、かならずしも一致しないものです。合理性を追求するなら、都会で密集して、効率重視で暮らせばてっとりばやい。森の維持もしなくてよいですから。だけど、「緑があれば落ち着く」という感情ももっている。ぼく個人としても、自然から切り離された生活を強いられると、自然が恋しくなります。前田さんが暮らしの場を美山に移されたのは、そうした効率重視でない暮らしを味わう要素もあったのですか。

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前田●生まれてからずっと都市で暮らしてきましたが、コンクリートのビルに囲まれていることに不自然さを覚えるようになったのです。

伊勢●わかります。定規で線を引いたような建物や製品に囲まれて暮らしていますが、自分の顔を鏡で見ると、ゆがんでいるし、歳をとると白髪も生える。(笑)こんなにいびつな生きものが、どうして構築的なものに囲まれているのだろうと思うことがあります。
手仕事でつくられたものは、どこかゆがんでいたり、安定していなかったり、不都合はあるものの、それゆえに美しさを見いだすことがある。同じように、自然は思いどおりにならないものだけれど、だからこそいとおしく思う瞬間があります。歳をとって、身体や顔がゆがんできたからそう思うのかもしれません。人間も自然物の一つなのですね。
きょう、前田さんがふるまってくださったコーヒーの器にも、いびつさがあり、とてもすてきでした。

前田●暮らしのなかでつかうものは、極力、手でつくられたものを選びます。お出しした器は、土を手でこねて形をつくり、薪で焼かれています。手で生みだされたものは、眺める角度が違えば形も違い、均一性はありません。もちろん、つかいづらいと感じる場面もある。むかしはこうした手作業のものばかりだったはずですが、ぼくをふくめ、いまの人たちにとっては、これを「つかいづらい」と思う価値観が形成されています。むかしの価値観にもどるというよりも、私は新たな価値観でそうしたものを選んでいます。そうした気持ちを伝えられたらと思うのです。

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手元に届くまでの〈背景〉に思いを巡らす

伊勢●都会でも、食べものや衣類をとおして、自然の恵みは享受しています。だけど、意識しないと、土や海とつながって存在していた本来の姿を描くことはむずかしいです。
まさにいま、前田さんからコーヒーをいただいて、前田さんの今朝のようすを想像したのです。(笑)朝の寒いなか、湯を沸かし、コーヒーを淹れ、器を用意してくださったのだなと。こうした「背景」を描けると、いま、ここにいる瞬間への感受性が高まります。自然に対しても同じで、魚の切り身を見て、海で泳ぐ魚の姿や、その海を人間が汚しているというストーリーが描けると、自然への思いが高まる。衣類のデザインに携わる前田さんの活動もそうした流れを感じます。

前田●ぼくのつくる衣服は、天然の素材をつかっています。その服を選んだ方に、なぜすべて天然素材なのだろう、化学繊維とはなにが違うのだろうと考えるきっかけは提供できるかもしれません。

伊勢●衣服の背景にある物語をとおして、前田さんの作品に共感できる。そうして想像して考えることで、理解が深まったり、思いが高まったり、確信できたりします。自分のなかにストンと落としこむ体験を積むこと、そうした場をつくることは、ひろい意味での「教育」ですね。
このプロジェクトも、教員が「教える」方式はとりたくありません。その土地の暮らしや歴史、住民の声に耳を傾けて、みなさんといっしょに楽しいことをしましょうと。その活動をとおして、それぞれが自然との関わりを発見してゆくのが理想です。
30年後、どんな自然が理想形なのか、政府や学者だけで決めるものではありません。その土地に暮らす人や関わる人、それぞれが将来をイメージし、自分の行動に責任をもつことがいちばんです。

前田●すべてに「背景」がありますね。たとえば、なぜ、こんなにもスギを植えてしまったのか。背景を深く知ったり、読みとったりすることは、結果の分析、将来を考える足場にもなります。背景を見ず、あるいは見えているのに見えていないふり、表層だけを汲み取る癖をやめることができれば、解像度の高いまなざしで、世の中を見てゆけるのだと思うのです。

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(編集・京都通信社 河田結実)


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伊勢武史
森里海連環学教育研究ユニット 研究プログラム長
京都大学 フィールド科学教育研究センター 准教授

これまで、地球温暖化と植物の関係をシミュレーションするなど、環境問題を広い視点で考えてきました。近年はドローンやディープラーニングなどの新しい技術の活用を進めています。
このプロジェクトでは、水や養分、土砂などの物質が流れることで、森や里が海とどのようにつながっているかを解明します。

前田征紀
COSMIC WONDER主宰、現代美術作家

現在、京都北部の里山にある草葺家屋を拠点に活動。写真、立体、絵画などで自身の経験した事象を主体とした精神的な空間を発表している。
主な展覧会に、「ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGIC HOUR──世界はどこまで知ることができるか?」横浜美術館(2011年)参加、個展「溌墨智異竜宮山水図」Taka Ishii Gallery (2018年)、「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」東京都写真美術館(2020年、Elein Fleissとともに)参加。「ノノ かみと布の原郷」島根県立石見美術館(2021年3月)を開催。

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