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高らかなさえずりが、障る。

慣れとはおそろしいものだと、ドトールコーヒーで思う。大好きなチーズトーストとアイスコーヒーを食す僕の背後で気持ちよさそうに鳴いているベテランスタッフの女性の声が、ずっと背筋にさわってくるのだ。テキパキハッキリ、アパレル店員のそれとはまた違うトーンに、演歌歌手のこぶしに近い、陶酔感が漂う。客のペースとは関係なく、何もかもが食い気味で、客の注文の語尾を待つことなく、先回りしてくる結論が、実際正しいだけに余計にもやもやする。経験を重ねることで効率お化けになってしまったその女性のトンットンッとはじけるようなステップに、生産性や客単価、費用対効果みたいな、あまり好きじゃない言葉ばかり浮かんでは消える。

次から次へとやってくる客の面倒な注文を要領よくこなしていく『バーガーショップ』ゲームが僕は結構好きなんだけど、まさにいまは自分がゲーム内のモブキャラになったような気持ちで辛い。僕の背後でいま間違いなくリアルバーガーショップが行われていて、次から次へとモブキャラたちが商品を持って、僕のまわりの席に座りモーニングメニューを食べては消えていく。

仕方なく僕は、『ダンスダンスレボリューション』や『太鼓の達人』のトッププレイヤーの演技を見ているのだと思い込むことにした。途端、すげえ巧いなこの人……と、心が落ち着いてくる。しかし、次の瞬間にはまた違う思いが去来する。それを言葉にするなら不毛さだ。『ダンスダンスレボリューション』の上手い人が一流のダンサーにならないように、『太鼓の達人』の達人が名ドラマーにならないように、プロドトーラーは、ドトールの経営陣にはならない気がする。仮にもし僕がドトールコーヒーの経営者なら、この女性のようなスキル向上は出世と反比例すると断言できる。真のドトールのプロに必要なのは客の気持ちになることであり、そのために必要なことの最低条件であり、ある意味最も大切な条件が、客の声を聞くことだ。

冒頭で鳴いていると書いたように、まさにこのベテランスタッフは自分の声を、さえずりを、高らかな歌声を、聴かせたい気持ちが勝っていて、客の声を聞こうとはしていない。真にわれわれをモブキャラだと思っているに違いない。いやもちろん、わかる。そう思わなきゃやってられないことも多々あるだろう。支払い一つとっても、現金だ、ドトールカードだ、PayPayだ、領収書の発行だ、レシート不要だ、クレジット明細だと、千差万別ややこしくて仕方ない要望に応えていくなかで、その対応スピードが向上するほどに、ドーパミンが噴出するのは想像に難くない。だからこそゲーム『バーガータイム』は楽しいのだから。しかし、ここは現実世界。我々をモブキャラとすることをデフォルトにしてやり過ごすことに慣れてしまった彼女はいずれ、意気揚々と『のど自慢大会』に出て、鐘一つたたかれることにはならないかと、気が気じゃなかった。

そう考えると、すべてのコミュニケーションの基本は「聞くこと」にかかっているなと感じる。「おうかがいしま~す。どうぞ~」という軽やかな彼女の声の裏側に、本当におうかがいする気持ちがないことが、こんなにも明確にわかってしまうという現実の残酷さ。それはきっと彼女自身がふだん「聞いてもらえていない」からに違いない。

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