忘れる天才

 僕は自分のことを自分で「忘れる天才」だと言っている。

 これまでにどこかへ置いてきてしまった傘の数は、裕福な家の子供の「クーピーペンシル」くらいありそうだし。財布や名刺入れやらを忘れる度に、何度ご先祖様に祈りを捧げたかしれない。そのお陰か、大事なものは大抵戻ってくるので、また調子に乗って忘れちゃいけないものを忘れて奥さんに怒られる。また出張中は、なんでもかんでも店に置いてくるから、その度にお店に忘れ物がなかったか電話するはめになるマネージャーのはっちが、店を出るごとに、何か忘れていないかチェックしてくる。その都度僕は「大丈夫だ!」と胸を張って答えるのだけれど、結果、綺麗に名刺入れを忘れてたりして、お前またやりやがったなと怖い目をされる。

 もちろん忘れるのはモノだけじゃない。とにかく旅が多い僕は、旅先で出会った人の顔は割と覚えてたりするんだけど、名前が出てこない。あまりに出てこないから、最近はもう、覚えようという気すらなくなってきた。そうやって諦めだすと、いよいよ近しいスタッフの名前まで飛びそうになるからさすがにヤバイなと思うけれど、もう忘れることに関しては、ベテラン選手な僕は、常にこう思うようにしている。

おっ、また新しく僕にとって有益な何かが入ってきているな」と。

 関西に住んでいることから、吉本の芸人さんと飲みにいったりする機会があると、その度にいつも感心するのが芸人さんの記憶力だ。そもそも「お笑い」の真髄はボケではなくツッコミにある。すべてのボケは的確なツッコミの上で成り立っているし、もっと言えば、目の前にある何の変哲も無い何かが、ツッコミ一つで笑いになる。そんなこと芸人さんはみんな身体感覚でわかっているから、優秀な芸人さんほど、ツッコミのピントが極限までシャープで心底感動する。例えば声の小さい人に「お前は、ほら…あの…昔のアイドルか」なんてピントの甘いツッコミはしない。一言「中森明菜か!」とギュンギュンにピント絞って言われるから、こっちはもう笑うしかない。つまり「固有名詞」が出てこないのは芸人さんにとって致命的だから、みなさんのアニメやプロレスやCMなどなどエンタメ関連の細部にわたる記憶力にはほんと驚くばかりだ。

 あ、ヤバイ。
 いま、一瞬、本題忘れかけてた。

 とにかくそんな芸人さんたちとは真逆で、僕はほんと色んなことを忘れる。旅先の車中で「見てほらあれ! すごい景色!」とか興奮して叫ぶと、マネージャーのはっちが「前もあれ見て同じように言ってましたよ」と言う。地元の人に案内されたお店の店構えに思わず「なにこの店、めっちゃ趣あっていいやーん! 楽しみー!」などとひとしきり興奮したのに、そのお店の名物料理が出てきた瞬間、「あ、これ、前ここで食べた」と思い出して、それが言えずドキドキしたりする。そんなことの連続。

 でもこれは僕の才能だ。なんてったって、最高の景色を、最高の美食を、まるで初見のように何度も楽しめるのだから、人生得しているとしか思えない。忘れる天才はつねに新鮮な人生を楽しめる

 メモリの容量に多少の差はあれど、それぞれの記憶力に限りがあるのは当然だ。脳みそのメモリがいっぱいになれば何かを消去しなきゃいけない。だけど、消去するべきものがどれなのか? いちいち考えてdeleteボタンを押したり、ゴミ箱を空にしたりする必要がないのが人間の脳の素晴らしさ。だから何かを忘れるのは、必要な何かが僕の中に入ってきた証拠。これはマジでそう思ってる。

 そもそもなんでこんなことを書いているかと言うと、ちょっと一つやってみたいことがあるからで、それは、かつて自分が書いた言葉を読み直すこと。

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藤本智士(Re:S)

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Re:S note(りすノート)

2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。
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