FermentationTourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜

4月26日(金)から、いよいよ

Fermentation Tourism Nippon
〜発酵から再発見する日本の旅〜

がはじまる。

会場は渋谷ヒカリエにある『d47 MUSEUM』

 キュレーターの小倉ヒラク自身が、日本全国の発酵文化から、日本の食文化の地層を紐解いていく壮大な展覧会だ。そのクリエイティブディレクターというなんだか大変な役割を、神戸で飲んでるときに、ヒラクが突然ふわっと依頼してくるもんだから、なんだかオイラもふわっと引き受けてしまった。

 ということでこの半年、タイトルを決めるところからはじまり、デザイナーさんをディレクションしたり、ちょっとした交通整理をしてみたりと、ヒラクという異端な存在を大衆化するべく、粛々と水面下な仕事をしているのだけど、しかしあらためて僕の本展における役割はクリエイティブディレクターなんて大層な肩書きに見合ったものではないなと実感している。

 だけどこれは決してネガティブな気持ちの吐露ではない。ましてや自分を卑下しているわけでもなく、ピュアにポジティブに、僕はそんな自分の使命をまっとうしているという話で、どちらかと言えば、胸を張って言ってる。

 とはいえ、いきなりなんでこんなことを書くかというと、昨日、youtubeに上がってたイチローの引退会見を見たからだ。

 イチローの言葉を以下に起こしてみる。

 アメリカでプレーするために、今とは違う形のポスティングシステムだったんですけど、自分の思いだけでは叶わないので、当然球団からの了承がないと行けないんですね。その時に、誰をこちら側、こちら側っていうと敵・味方みたいでおかしいんですけど。球団にいる誰かを口説かないといけない、説得しないといけない。その時に一番に思い浮かんだのが仰木監督ですね。その何年か前からアメリカでプレーしたいという思いは伝えていたこともあったんですけど、仰木監督だったらおいしいご飯でお酒を飲ませたら。飲ませたらっていうのはあえて飲ませたらと言ってますけど、これはうまくいくんじゃないかと思ったら、まんまとうまくいって。これがなかったら何も始まらなかったので。口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかったなと思いますね。

 オイラはまるで仰木監督だなと思った。
 そしてヒラクは言うならば、発酵界のイチローだ。

 仰木監督は素晴らしい監督だけれど、アメリカへの道筋をつくった最大の功労者は仰木監督というよりも、もちろんイチロー自身だ。しかしあのタイミングにおける監督の存在がその一助となったとするならば、仰木監督も天国で喜んでおられるに違いない。僕は今回の展示における心持ちをそこに置いた。仰木監督のそれとは比べ物にはならないのはわかってる。だけど心持ちの話だから許して。

 ヒラクには、イチローに負けぬほどに、ガチで圧倒的な存在になってほしい。スポーツ界や芸能界のような見た目きらびやかな世界ではなく、発酵研究という世界の一歩一歩の積み重ねから、少し先の未来を説得力をもって見せてくれる発酵業界のイチローになってくれと本気で思っている。実際、ヒラクはそうなってもおかしくないくらい多動だし、言動も明らかにイカレテル(これはイカシテルと同義。だからマジリスペクト)。

 話が逸れていくようだけど、イチローは僕ら世代にとって紛れもなくスーパーヒーローだ。日本中の多くの人たちが、彼の人生から様々な示唆を得てきた。だからこそ僕たちはイチローを心底尊敬してる。

 だけど、

 一時間半もあった引退会見の映像を最初から最後まで見ていて、イチローはやっぱり “いけ好かないなぁ” とも思った。イチローの存在はあまりにも絶対的だから、抜き出された言葉や、切り出された会見映像をもとに、「ほら!ここに僕らの答えがあるよ!」と言わんばかりの勢いで、たくさんの人たちがイチローを賞賛していたけれど、会見を全部見渡してみて思ったことは。あの引退会見は決していい会見ではなかったってことだ。

 実際、横で一緒に映像を見てた、娘のそら(中二)が「イチローってこんな人やったんや。そらこ、イチロー嫌いやわ〜」とつぶやいた。僕はたしかに、と思った。

 イチローの会見を通して流れていた空気は、どう贔屓目にみてもいい空気ではなかった。独特の緊張感が最後まで抜けない、あの会見場は正直とても息苦しかったように思う。それも最初のうちだけでなく、時間が経つにつれて緊張が高まっていくような、そんな会見だった。

 僕は普段インタビュアーなので、妙な質問をする記者に対して[なんでこんな馬鹿な質問するんだろ?]と思ったりする一方、[でもきっと緊張してるんだよね、わかる]とも思った。だってイチローは、まるで会見という名の打席に立っていた

 だから彼は決して甘いボールを見逃さないのだ。記者の言葉尻一つに、いちいちきちんと噛み付くイチロー。記者側の気持ちに立つといたたまれないけれど、それでもイチローの態度を僕は正しいと思うし、本当の意味で愛がある態度だと思う。だからこそ、いけ好かないようにも映る。イチロー自身が醸し出している過剰なほどの圧は、バッターボックスに立っているからなんだと思えば、あの空気も納得できるんじゃないだろうか。つまり、こちら(記者側)も真剣勝負しなきゃいけない。引退を決めて肩の荷が降りたイチローに和やかな質問をと考えていた記者たちは、会見がはじまるなり、これはやばいぞと思ったに違いない。真剣に投げたその球を見事に打ち返されようが、三振にしとめようが、その結果に大きな意味はない。打席に立つイチローを前に、プロとしての球(質問)を投げようとしたかどうかこそが大事なのだ。少なくともそこが問われるような、そんな会見だった。

 ヒラクの話に戻る。

 僕はヒラクの展覧会にクリエイティブディレクターという立場でかかわっているけれど、会場構成も公式書籍も、そのアウトプットの多くはヒラクのイメージに依るところが大きく、最早それは彼自身のクリエイティブと言ってしまってもいい。これは正直、僕にとっては間違いなくやりにくい仕事だった。しかし、僕はヒラクに真剣に立ち向かって、インコースいっぱいの豪速球を投げてみたり、変化球を投げてみたりと、一打席一打席に頭をフル回転させた。しかし彼は天才だから、それでもすっと脇を締めてスコーンと気持ちよく打ち返してきたりするし、たまにはストライクを取れたりもする。そのやりとりは、やりにくいからこそ、気持ちよかった。イチローの会見は、一見いけ好かないからこそ、気持ちいいのだ。

 ヒラクの前人未到の挑戦のその価値を伝えんと、僕は真剣に悩み、考えたけれど、それでも当人であるヒラクの考えの深さと広さには到底及ばないことが多々あった。そこで僕は失点を負うことだってあるけれど、同時にそんな自分の役割をも感じることができた。そんな半年だったように思う。ヒラクは感性の人のように思われるけれど、そうではない。ヒラクは徹底的に考える人だ。

 ここで最後にもう一つ、引退会見でのイチローの言葉を抜き出したい。

 2001年にアメリカに来てから2019年現在の野球は、まったく違うものになりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。選手も現場にいる人たちもみんな感じていることだと思うんですけど、これがどう変化していくか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど。 本来は野球というのは……、ダメだな、これを言うと問題になりそうだな。うーん。頭使わないとできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているというのがどうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから、その野球が現状そうなってきているということに危機感を持っている人っていうのがけっこういると思うんですよね。 だから日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいなと思います。アメリカのこの流れは止まらないので。せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなければいけないことを大切にしてほしいなと思います。

 微生物の営みを感じる「発酵」というカルチャーは、現代人が忘れかけている感性を取り戻してくれるけれど、それは決して人間が頭で考えることを否定するものではない。発酵に対して人々がいかに考え抜いてきたかというその歴史が『Fermentation Tourism Nippon』にはある。

 展覧会
『Fermentation Tourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜』

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 そして、その公式書籍となる
『日本発酵紀行』の事前予約がスタートした。いまこの段階でまだ原稿手直ししてるから、大丈夫だろうか? と心配だけど、手前味噌ながらRe:Sの超クレバーな編集者、竹内厚がしっかり伴走してくれているので、間違いなくいい本になる。

 これはいわば、日本で活躍する小倉ヒラクのメジャーへの挑戦だ。数十年後、ヒラクがもしなにかの引退会見をすることがあるならば、「あの時、藤本さんを神戸で飲ませて良かった」そう言ってくれるといいなと思う。

 ぜひ、展覧会見に来てほしい。


藤本智士(イチローと同い年


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