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【ひなた短編文学賞・準大賞】逆メタモルフォーゼ / 辻内みさと

23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会

全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。



【準大賞】逆メタモルフォーゼ / 辻内みさと


私の手元には七色七本のマフラータオルがある。
  マフラータオルというのは首に巻きやすい細長いタオルで、ライブのグッズでよく見かける。このタオルも例に漏れず、十代の女子七人組アイドルグループ『虹セブン』の卒業ライブツアー記念グッズだ。
  私はつい先日まで、『虹セブン』の黄色担当"みくるん"だった。
  『虹セブン』はイベントやライブをやればそこそこ動員出来る人気はあったものの、テレビに取り上げられるほどの知名度はなく、三年の活動期間を経て事務所からあっさり首を切られた。解散を告げられた際、まあ仕方ないよね、とメンバー同士で苦笑いしたのを覚えている。
  結成当初こそ「武道館行くぞ!」と勇ましく情熱を燃やしていた私達だが、ステージをこなすたびに現実が見えてきたし、レッスンとライブ漬けの日々は全く自由が無く、正直苦痛だったのだ。
  三年生に進級するタイミングで普通の女子高生に戻った私は、大学受験に備え猛勉強を始めた。
  アイドルをやって痛感したのだが、世の男達――特に大人の男性は、女の子のことを「自分より頭の悪い存在」として扱う。ちやほやするのは、言うことを聞かせられると舐めているから。女の子であるという理由だけで理不尽に踏みにじられたくない。だから大学に行って、賢さを得ようと思ったのだ。
  とは言っても、希望する大学は正直今のままだと厳しい。浪人してもいいよ、と両親は励ましてくれるが、一人娘のやりたいことを全て応援してくれる優しい両親だからこそ、甘えてばかりはいられない。
  勉強に没頭できるよう、手間ひまかかるヘアアレンジとメイクをやめた。すっかり地味になった私を、親友は「逆メタモルフォーゼじゃん」と聞き慣れない言葉で評した。要は蝶が幼虫に戻ったということを言いたかったらしい。ムッとしないでもないが、これは言い得て妙ってやつだ。青虫が葉を貪るように、英単語と数学の公式を覚えまくろう。
  ある日家に帰ると、母がリビングでミシンを唸らせていた。縫われているものを見て私は目を丸くする。家使いにでもしてよ、と母に預けた七色のタオル。それがなぜか長方形に繋ぎ合わされ、『虹セブンFOREVER!』のライブロゴが輝く、虹色の旗へとメタモルフォ―ゼしていたのだ。
 「"みくるん"なら出来る! 受験頑張れ!」
  帰宅した父と共に、母は縫い上がった旗を颯爽と振って見せた。アイドル時代もライブに来て、黄色のライトを振ってくれた両親。私はちょっと涙ぐみそうになったのを笑って誤魔化し、"みくるん"の時のようにガッツポーズで答えた。
  幼虫に戻ったということは、新たな蛹になれるチャンスを得たということ。次の春には大学生として舞い上がるために、私は勉強机の前に虹色の旗を掲げた。



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