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【ひなた短編文学賞・準大賞】Reincarnation / 流灯祭

23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会

全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。



【準大賞】Reincarnation / 流灯祭


振袖を手に美容室に入っていく娘の香奈は、妻にそっくりだと啓介は思った。できることなら、一目見させてやりたかった。
 妻と交際するきっかけになったのが、一枚のひざ掛けだ。気遣いの妻は冷房の効く社屋の中で、華奢な体を摩っていた。それが目に余り、啓介が営業先を二倍速で回って、近くの衣料品店で買った。どこにでもある、安っぽい白地に橙色の花柄の物だった。それでも妻はひどく喜んでくれた。
 同棲を始めた狭い二間、命の誕生を告げられた診察室、生まれた香奈と妻の布団の上、震災後の仮設住宅、ほどなく闘病中の病室。妻とひざ掛けは共にあった。
 妻の死後、啓介は車の助手席にひざ掛けを置いた。そうすると妻がすぐ隣にいてくれるような気がしたからだ。幼い香奈を男手一つで育てるのに不安な時、仕事がうまくいかず転職を繰り返していた時、全てを投げ出したくなった時、ひざ掛けに手を触れると、妻を感じて踏み止まれた。香奈も悩み事があると助手席で泣いた。
 しかし、香奈が中学二年の秋にひざ掛けが破れてしまった。男親にはわからない女子のもめごとを理解してやれなかった。啓介は無力で、妻が娘の辛苦を全身で受け止めてくれたのだと思った。
「気にするな、物はいつかダメになるもんだ」
 それ以来、香奈は助手席に座らなくなった。罪悪感を覚えたのかもしれなかった。そう感じさせまいと啓介はひざ掛けを押し入れ深くにしまった。自分への戒めでもあった。いつまでも妻に甘えていてはいけない。自分がしっかりするんだと。
 高校大学と香奈は健やかに成長し、双葉町で今日成人式を迎える。
 振袖姿の香奈が美容室から出てきた。
 香奈は後部座席ではなく、助手席に座った。手に何か乗っている。それは花柄の服を着た熊の縫いぐるみだった。服の素材を見て、啓介は言葉を失った。妻のひざ掛けだった。
「それ幸子のじゃないか」
「ごめんね、お父さん。あの時破っちゃって」
「香奈のせいじゃない。それにこれは?」
「リメイクしたの。これは今日までの感謝の気持ち。お母さんをしまい込まないで、お父さんのそばに置いてあげて」
 啓介のひざに縫いぐるみが乗せられた。
 妻は娘の成長をこの日まで見守ってくれていたのだ。香奈の思いやりを形にしてくれた。
 悲しみではなく感謝がこみ上げてくる。
 もう少しだけ、そばにいてくれるか、幸子。
「よし、行くか」
 滲む視界の中、家族三人を乗せた車はゆっくりと進み始めた。



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