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【ひなた短編文学賞・ティーンズ賞】祖母の家 / 相原梨彩

23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会

全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。



【ティーンズ賞】祖母の家 / 相原梨彩


  祖母の家が嫌いだった。
  祖母が嫌いなわけではなかった、ただあのボロくて時代遅れの家が嫌いだった。
  エアコンのない家で風鈴の音と蝉の鳴き声が響く夏、こたつなんて意味をなさないくらい隙間風が吹く冬。
  風情があるじゃない、なんてお母さんは言うけれど風情なんて現代っ子の私には知ったこっちゃない。風情よりも快適な暮らしの方が私にとってはよっぽど重要だった。
  そんな私の考えを汲んでくれたのか祖母は私と会う時私の家に来てくれた。冷房の効いた涼しい部屋でアイスを食べたり床暖房で温まりながらテレビを見たりしていた。
  けれどそんな日々も数年前に終わりを迎えた。祖母が寝たきりになったのだ。自宅での生活を希望した祖母は祖父や母の介護で何とか生活していた。その間、私は一度たりとも祖母の家に行かなかった。
  もうここまで来ると祖母の家が嫌いだということよりも一度言ったことを撤回して祖母の家に行く事が嫌だったのだと思う。絶賛反抗期中だった私は母に余計なことを言われるのが嫌だった。
  だから私は結局祖母が亡くなり遺品の整理をしなければならないという母に無理やり連れていかれるまで祖母の家には上がらなかった。
  十年ぶりに祖母の家に上がると母にあなたは二階の掃除をして、と雑巾と掃除機を渡される。
  脳が溶けてしまいそうなほど暑い夏だったその日は十年前と変わらず風鈴の音が鳴り響いていてうるさかった。
  汗をだらだらと流しながら掃除を続ける。たまに出てくる小さい頃遊んだ記憶のあるおもちゃに一人で盛り上がりながら時間は過ぎていった。
  もうほとんど作業を終えた時だった。目の前に見覚えのない、けれどどこかで見たことのあるような枕カバーを見つけた。
  くすんだ水色の布をベースとした枕カバーはそれだけでは布が足りなかったのかいくつかの布を使い縫われていた。どう考えても素人が縫ったのであろう縫い目に祖母に裁縫の趣味はあったのだろうかと首を捻りながら枕に触れた時少し肌触りの悪い感触に記憶が蘇った。
 「気づいた?」
  いつの間にか後ろに立っていた母に声をかけられる。
 「おばあちゃん、ずっとあんたが泊まりに来たらって何年も前から作ってたんだよ」
  その枕カバーは昔の私が大好きだった洋服たちで出来ていた。サイズアウトしてしまった洋服たちは私の知らない間に生まれ変わっていた。
 「あんたが泊まりに来たら驚かせるんだって縫ってたの」
  そう寂しそうに笑う母と不器用な縫い目に目を奪われる。いつの間にかぼやけた視界の中で私は唇を噛み締めることしか出来なかった。

 

  あの時の枕カバーはあの日持ち帰り十数年が経った今も使っている。あの時からつまらない意地を張るのをやめた。後悔のないようその場その場を一生懸命に生きることに決めた私は今それなりに幸せな生活を送れていると思う。
  それも全て祖母のおかげだ。
 「ありがとう」
  枕カバーをそっと撫で呟き私は眠りについた。



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